第03章『わたしの妹が同棲生活を壊そうとしてる』

第07話

 十月二十日、木曜日。

 わたしは、仕事を終えると実家の方に帰宅した。

 実家に帰る頻度は、週に一回か二回。特にルールは無い。何かを取りに戻る時、もしくは米倉課長――沙緒里さんの帰宅が遅くなるのが事前に分かっている時だ。

 今日は後者だった。夕飯が遅くなるなんて、わたしはヤダ。ていうか、料理できないから、作って待つことも出来ないし……。愛しの沙緒里さんには残念だけど、今夜は外食、もしくはスーパーの惣菜で我慢して貰おう。


 沙緒里さんはまだ懲りずに、わたしを追い出そうとしている。わたしも一応、かたちだけでも部屋を探す振りをしている。

 とはいっても、別に焦ってはない。なんやかんやで沙緒里さんの部屋に居着くことが出来ると思う。そのためにも、曖昧な関係じゃなくて、きっちりとした恋人として同棲する――完璧に落とさないと!


 まあ、そっちは追々……。それよりも問題なのが、趣味のライブ配信の方だ。

 当然ながら、沙緒里さんはあの部屋での配信を許してくれない。沙緒里さんはともかく、アミちゃんも紹介させてくれないなんて、ひどくない? まあ、SNSではアミちゃんの写真をこっそりアップしてるんですけどね。

 沙緒里さんもアミちゃんも配信の餌に使ったら、もっと伸びるんだけどなぁ。いつか、絶対に使ってやるんだから!

 そんな野望を持ちつつも、午後九時に可愛い自室で配信を行っていた。スマホじゃなくて、テーブルに置いたパソコンと、配信用カメラとマイクを使ってる。


「やっほー、みうみうでーす!」


 メンヘラキャラ作りを意識してるけど、今日はテンション高めだ。

 沙緒里さんとの半同棲を始めてから、ウキウキしてるのは確か。それもあるし、ここ最近感動したことがあって、その紹介という主旨だから間違ってないでしょ。


「話題になってたからようやく使ってみたんだけど、このマスカラ超凄いの! みうみうの、今年のベストコスメになりそう!」


 わたしは、アッシュのスティックを手に取ると、カメラに見せた。

 つい最近、ネット通販で手に入れたものだ。このブランドは、リップのイメージが強かった。そのくせマスカラの評判良いから冷やかしで使ってみたけど、マジで凄かった!

 ブラシが小さいから使いやすいのに、下地が無くても一回上げたらあり得ないぐらい超キープしてくれる。そして、ウォータープルーフだからパンダにならない……逆に、落ちにくいんだけどね。

 それでいて千三百円で買えたから、優秀なプチプラだと思う。


「みうみうはブルベさんだから、ナチュラルアッシュ使ってるよ」


 パーソナルカラー診断はちゃんと受けたことが無いけど、わたしは美人だから、たぶん青寄りだと思う。ていうか、この絶妙な色が超自然にすっごい馴染むから、マジで好き。


『お前どう見てもイエベやんw』

『そんなことより、あのスタイルの良いお姉さん誰?』

『彼女いたんですね。失望しましたみうみうのファンやめます』


 人がせっかく熱弁してるのに、こいつら全然聞かないな。気になるのはわかるけどさ、もうちょっと空気読もうよ?

 けど、まあ……思わせぶりな写真上げたわたしも悪いか。

 沙緒里さんと服を買いに行った日、試着室で沙緒里さんを巻き込んだ自撮りが、唯一のツーショットだった。あれは結局、一万人のフォロワーに対して六千イイネと、わたしの中で割とバズった。思ってた通り、沙緒里さん効果凄い!

 今もわたしのことそっちのけで興味を示すのは、わからなくもない。ていうか、リスナーの態度にだいぶ萎えてきたから、ちょっとだけイキることにした。


「んー……。年上で、バリキャリで、サバサバしてる感じかなぁ」


 うっとりと、それだけを言った。……最後のは、ちょっと違うかもしれないけど。わたしのステータスのためにも、彼女ちゃんがガチメンヘラだなんて口が裂けても言えない。


『みうみうなんかに勿体なくない?』

『みうみうと違って超有能なんだね』

『うぜぇ、死ねよ小林みかみかw』


 はー……こいつらホンマ……。人の幸せを祝福する気持ちが一ミリもないわけ? たぶん、ろくな死に方しないよ?

 せっかくテンション高めだったのに、わたしのメンヘラゲージがグイグイ上昇した。配信終了のボタンにマウスポインタが伸びる――


「美香ねえ、帰ってたんだ!」


 その時、部屋の扉がいきなり開いて、わたしは反射的にクリックしてしまった。悲しいかな、これまで何度もあった家族フラグで、躊躇なく切ることに慣れてる。

 今回も、この対応はたぶん正解だろう……乱入者的に。


「ちょっと。ノックしろって、言ってるじゃん」

「え……ごめん」


 わたしはマスクを外して不機嫌そうに扉を見ると、きょとんとした黒髪ロングの女の子が立っていた。

 十七歳の高校二年生の妹、美結みゆだ。リボンタイのブラウスと、チェック柄のスカート――制服姿だから、予備校から帰ってきたところだろう。こんな時間まで、よく頑張るな。


「美香ねえ、おかえり! 寂しかったでしょ?」


 わたしは一旦テーブルから立ち上がってベッドに腰掛けると、美結が勢いよく抱きついてきた。


「別に、全然寂しくないよ。暑苦しいから、離れて」

「またまたー。あたしが居なくて寂しくなったから、帰ってきたんでしょ?」


 スリスリしてくる美結を押し返しても、なかなか離れてくれない。

 そりゃ、確かに久しぶりだけどさ……ここまで再会を喜ばれると、ちょっとウザい。

 ついこの間まで、わたしが実家暮らしだった時は、親以上にわたしの面倒を見てくれていて重宝した。メンヘラ演技を信じてる、バカな子だ。その延長なのか、シスコンも入ってる。


「わたし、カノジョと同棲してるんだよ? 寂しいわけないじゃん。すっごい愛されてるんだから」


 でも、今の世話係大臣は沙緒里さんだ。ここは姉として、ビシッと言わないと。


「ママから聞いたけど……同棲って本当なの?」

「嘘ついてどうすんのよ? 現に、最近ほとんど帰ってきてないじゃん」

「え? ネカフェで寝泊まりしてるんじゃないの?」


 その発想は無かった……。

 ていうか、妹の中でわたしは、そんなしょうもない見栄を張るような姉だと思われてたの?


「うーん……。なんか信じられないなぁ。美香ねえのことだから、騙されてない? お相手は、どんな人なの?」


 どっちかというと騙してるのはわたしだから、心配は無用なんだけど。


「年上で、バリキャリで、サバサバしてる感じかなぁ」


 理想の沙緒里さん像を挙げた。あれ? なんかさっきも同じこと言った気が……。


「ふーん……。そんな人、本当に実在するの?」


 なんか、妙に突っかかってくるなぁ。そんなに信じられない?

 もしかして、わたしがイマジナリー恋人と交際してるとでも思ってる? そうなら、心外ってレベルじゃない。姉の威厳なんて無いじゃん。


「ちゃんと実在するよ。あんまり大きな声で言えないけど……わたしの課長だから」

「え? それって不倫じゃん!?」


 ちょっと待って……。どうしてそうなるの? 課長イコール不倫なの? JKの先入観こっわ。


「ちゃんと独身だから……不倫でも寝取りでもないから、安心して」


 まあ、わたしのやってることはそれに近い感じはするけど、この子が知る必要は無い。大人な恋愛事情に、おこちゃまが首を突っ込むんじゃない。


「そこまで言うなら、あたしに会わせてよ」

「だから、首を突っ込まないでって言ってんじゃん!」


 わたしはちょっとキレ気味に言うが、美結はポカンと首を傾げた。

 だけど、それも束の間。美結は不安げな瞳を向けてきた。


「あたしは、美香ねえが騙されてないか心配なんだよ? やましいこと無いなら、あたしに会わせられるよね? 美香ねえに相応しい人か、あたしが確認するよみるよ!」


 むしろ、高スペックの沙緒里さんには、わたしの方が余裕で相応しくないんだけど……。

 うーん……。適当にあしらうつもりが、予想外に面倒なことになってきた。

 美結に話してることは嘘では無いにしろ、沙緒里さんと口裏を合わせないといけないものもある。

 というか、そもそも沙緒里さんがわたしの家族と会ってくれるんだろうか? 一番の問題はそこだ。


「わかったよ。わたしに嫉妬するぐらい良い人だから、ビックリしないでよ?」

「え? その人にじゃなくて?」


 いったい何を言ってるんだ、我が妹よ。

 まあ、会わせるぐらい、何とかなるでしょ。沙緒里さんのことだから、話せば何とかなりそう。

 むしろ、家族と絡ませて外堀を埋めるチャンスじゃん! プラス方向に考えないと!


「ていうか、あんたの受験勉強の邪魔だからって、ママから実家ここ追い出されたんだからね?」


 そもそも、事の発端はそれだ。美結に責任があるわけじゃないけど、訴えるように言った。

 普通、妹の教育のために姉を切り捨てる? これって、親ガチャはずれの末路じゃん。ああ、なんて可愛そうなわたし……。


「あたしがママを説得して、ちゃんと帰ってこれるようにするから、安心して。そのためにも、美香ねえが騙されて被害者になってることを把握しないと」


 いやいやいや。結果的には沙緒里さんとの生活に超満足してるんだから、邪魔しないでくれる?


「美香ねえは、あたしが居ないとダメだから……」


 あれ? マジで心配してる感じ?

 ここまでくると、姉想いの妹でもないよね? わたしのこと、ナチュラルに見下してるよね?

 出来の良い妹だとは思ってたけど、ちゃんとお姉ちゃんのことは敬わないとダメだよ?


「大丈夫だから……。あんたの誤解を解いてみせるよ……」


 わたしは死んだ目で、ぽつりと漏らした。

 姉として、格の違いをわからせよう。あんな立派な人と付き合ってるんだと、姉の凄さを見せつけよう。

 この時、そう決心した。

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