第06話

 長距離移動にブツブツ文句を漏らす小林さんと、自宅から歩くこと約三十分。駅に直結している、デパートになるんだろうか――大型商業施設にやってきた。

 この街は他のオフィス街に比べて、汚いというか古臭いというか、どんよりとしたイメージが私の中にある。最近は近くの埋立地をオシャレな感じに再開発しているが、元が倉庫街なだけあってダサい。ていうか、そこは地名の響きの時点でダサい。電車の乗り換えも不便で、とにかくスベり倒している。大丈夫か?

 駅周辺は『効率よくエネルギーを補給する』ことに長けた飲食店が多く、華やかさが迷子になってる雰囲気だ。その中で、まだかろうじてマシな施設だった。他のショッピングモールが軒並み死んでることもある。


「ここに来るの、いつ以来だろ……」

「わたし、仕事帰りにたまに寄りますよ」


 駅が近いから、人も多い。その中で、妙に視線を浴びる気がするのは、小林さんのイタい服装のせいだろう。

 服装の他、念入りに巻いた髪は、黒いフリルリボンでハーフアップにしてるし……。ガーリースタイルが最近流行ってると聞いたことがあるが、それでも浮きまくってると思う。

 そして、ひし形模様が印象的な、ピンクのリュックを背負っていた。若い子の間で流行ってるのか、他にも背負ってる子を見たことがある。

 小林さん本人は恥じるどころか、動じる気配すら無かった。この子の頭の中は一体どうなってるんだろう。

 ていうか、一緒に居る私も同類だって思われてるんだろうな。スーツ姿だから、下手したら保護者か? 一緒に歩きたくない。ああ、死にたい……。


「レディースは四階か五階です」


 エスカレーターに乗る際に案内板を横目で見ると、地下一階、地上八階建てのようだ。よく知ってるな。

 四階で下りた。確かに、それらしき店がいくつか並んでいた。


「ほら。秋物のセールやってますよ」


 小林さんから腕を引かれ、適当な店に入った。スーツ専門店以外の服屋に入ったの、マジで何年ぶりだろう。めっちゃ懐かしい。

 だが、イタい部下に振り回されて、目が死んでるのが自分でもわかった。テンションが上がるわけがない。セールなんて本当にどうでもいい。


「もう適当なやつでいいから、早く買って帰ろう……」

「何言ってるんですか! カリスマファッションリーダーのわたしが選んであげます!」


 たぶん、カリスマファッションリーダーはそんな格好しないと思う。この子に任せて大丈夫なんだろうか? 不安しかないぞ。


「沙緒里さんは、明るい感じの服を着ましょうよ」

「……私が根暗だからか? 否定はしないが」

「はい。そうです」


 いや、知ってたけど……即答されると何気に傷つく。もうちょっとオブラートに包んで欲しい。


「とりあえず、これ着てみてください」


 小林さんから渡されたものを持って、仕方なく試着室へと入った。

 白の前閉じシャツワンピースと、黒のジョガーパンツだった。

 シャツワンピースなんて、初めて着た。ボトムスを履かなければワンピース感があるんだろうが、前閉じのシャツ感もあってボトムスが欲しくなる。つまり――


「ダボッとした感じが、なんか嫌だ」

「わぁ! 背が高くて大人ボブだから、超似合ってますね!」


 試着室のカーテンを開けるや否や、小林さんが目を輝かせながら、スマホで写真を撮った。勝手に私のこと撮るなよ。

 さらに、私に近づいて私が入るように自撮りもした。……私はただの背景か? 背後から見ても、ピースポーズが既にウザい。


「おい。人の話を聞け」

「えー。似合ってるんですけどねー」


 小林さんはやれやれといった感じに、次はライトブルーのコットンシャツを持ってきた。シャツワンピースを脱いで、代わりに着た。

 似合ってるかどうかはともかく……普段のスーツスタイルをカジュアルにした感じで、着心地は近い。あまり違和感が無い。


「まあ、ここらが落とし所じゃないか?」

「おー。良い感じじゃないですか。でも……いつものバリキャリ感があって、あんまりオフな感じはしませんね。来週からそれ着て仕事行ったらどうですか?」


 うちは営業部だからといって、スーツ着用義務は無い。キレイめなら私服で全然構わない。というか、毎日スーツ着てるのは私ぐらいだ。


「断る。着回しだのコーデだの面倒だから、スーツが一番ラクだ」


 それもまた、私服を断捨離した理由のひとつだ。というか、最悪スーツさえがあればそれでいいんだ。美容室にだってスーツで行けるんだから、マジで万能だと思う。


「えー。勿体ないですよ。せっかく美人なんだから、これを機会に女子力上げていきましょうよ」

「料理も洗濯もできないキミが、それを言うな」


 おっと。それらを女子力の基準にするのは、昨今のジェンダー社会ではいけないな。特に、昨今の若い子に対しては。

 いや、そもそも女子力って単語自体が……。


「うーん……。やっぱり、スカートですかねぇ」


 小林さんが悩みながら、試着室から離れようとした。

 私はその隙に、レジまで歩いた。

 別に、スカートを履きたくないわけじゃない。これ以上はグダるのが目に見えていたからだ。


「すいません。これください」


 試着からダイレクトに会計したのは初めてだった。ショップ店員も苦笑しながら、スーツをショップバッグに仕舞ってくれた。絶対にシワになってるから、帰ったらすぐにクリーニングに出そう。

 けど、まあ……私の私服を買うという目的は達成したんだから、これで小林さんは文句を言わないだろ。

 それに、結果論ではあるが、私服の一着ぐらい持っていても損は無いと前向きに思うことにした。


「あー! わたしのも一緒に買って貰おうと思ってたのに」

「いや……。それは自分で出せよ」


 どうして私が、小林さんの分まで買わないといけないんだ。

 結局のところ、店に入って十五分ぐらいだろうか。早く切り上げて、正解だったな。


「わかりましたよ。自分で出しますんで、次はわたしのショッピングに付き合ってください」

「それなら構わないが……。早く済ませて、早く帰ろう」

「急いでます? 何か予定あるんですか?」

「いや、特に無い」


 休日はなるべく部屋に引きこもっていたいだけだ。趣味なんて無いから、海外ドラマを観るか、自己啓発本を読んで過ごすことが多い。

 小林さんは半眼でジーッと私を見ると、私の手を取って店を出た。


「それじゃあ、とことん付き合って貰いますからね!」


 その後、小林さんに連れられて、ファッションショップをハシゴした。

 小林さんは可愛いから、普通の服を着るとどれも似合う。……逆に、そういうイタい服はどこで買ってるんだろうな。

 ほとんど買うことはなかったが、試着して……スマホで私に写真を撮らせて、小林さんは楽しそうだった。

 ウィンドウショッピングとでも言うんだろうか。私としても、慣れないことをして疲れたが、本当にちょっとだけ楽しかった。


 商業施設中を回り、午後一時過ぎ、ようやくランチになった。

 施設内に飲食店はあるが、一度出て五分ほど歩いた。


「前から来たかったんですよね、ここ」

「まあ、いいんじゃないか」


 向かった先は、とあるビルの一階に入っているカジュアルな感じのレストランだった。


「テラス席空いてるなら、お願いします」


 店内はそこそこ混んでいるように見えた。だが、どうやらテラス席は空いているようで、小林さんの希望は叶い、通された。

 ウッドデッキのテラス席は日当たりは良く、開放感があった。十月の暑くも寒くもない丁度いい感じが、気持ちいい。

 そして、植物の遮蔽があるとはいえ、外を歩く通行人が見えた。つまり、通行人からもこっちが見えるんだろう。なんだかヤダな。

 私は道路に背中が向く席に――私の正面に小林さんが座った。


「わたしは、鯛とズッキーニのトマトパスタで」

「じゃあ、私は黒トリュフと野菜のリゾットにしよう」


 それぞれ、前菜と食後のデザートとコーヒーまで付いたランチコースだ。値段も二千円と、リーズナブルだと思う。

 体力的に疲れたわけじゃないが、ようやく一息つくことが出来た。

 小林さんはニコニコと、上機嫌だった。視線は私の後ろ――通行人を眺めているようだった。いや、むしろ自分を見せているのか? この子はやっぱり、恥ずかしさという概念が無いんだろうな。

 前菜の盛り合わせは、すぐに出てきた。


「ほら。沙緒里さん、見てください。もう千イイネつきましたよ!」


 前菜をフォークで突いていると、小林さんがスマホを見せてきた。

 私も利用しているSNSの画面だった。そこには、あろうことか……私が試着していた時の自撮りが載っていた。

 というか、晒された気分だった。

 小林さんは自分の口元をハートのスタンプで、私の顔をニッコリマークのスタンプで隠していた。いやいや、ギリギリではあるが、隠せばいいという問題ではない。

 というか、あの時の私は死んだ目をしていて笑顔じゃなかった。捏造するんじゃない。


「今すぐ消せ!」


 なーにが『カノジョの服を選んであげましたハートマーク』だ! ネットで何を主張してるんだ、この子は。


「えー。みんな、沙緒里さんに興味津々ですよ? ていうか、大いに祝福されちゃってますよ?」

「そうやって既成事実を作るな!」

「いやいや……。既成事実も何も、わたし達付き合ってるじゃないですか? ヤることヤッちゃってるわけですし……」


 小林さんが、にんまりと笑った。

 そう言われると、ぐうの音も出ない。


「今日のデートだって、楽しかったでしょ?」

「まあ、一ミリぐらいは……」

「それなら、いいじゃないですか。わたし達、立派な恋人ですね。 あっ、ソウルなんちゃらでしたっけ?」


 この子には、私なんかが勿体ないと思っていた。

 だが――打ち明けられない私が悪いが――打ち明けたところで、小林さんは私の悩みなんて一蹴しそうだった。

 というか、この子にとって私は何なのか、別の悩みも浮かんできた。恥ずかしさも相まって、頭の中がパンクしそうだった。


「わたしは沙緒里さんと、イチャイチャ配信したいなぁ。こんなに美人な彼女ちゃんを、早く紹介したいです。あっ、いっそ今からやっちゃいますか?」

「やりません!」


 あれ? ひょっとして、私は客寄せパンダみたいなものなのか?


「そういうのは、小林さんひとりでどうぞ!」

「それですよ、それ。前から言おうと思ってましたけど、美香っていうそこそこ可愛らしい名前があるんですから、そっちで呼んでください」

「うっ」


 敢えて避けてたのに、不満そうな表情で突きつけられた。

 確かに、一度は口にしたことがあるが、あれはアルコールが入っていたからであって……。


「無理! そういうのは、もっと仲良くなってからだな……」


 名前呼びはやっぱり恋人を意識してしまって、めっちゃ恥ずかしい。


「しょうがないですねぇ……。まあ、これからは同じ屋根の下で、じっくり仲を深めていきましょう」

「あっ。次こそは、不動産屋に連れていくからな!」

「そ、そうですね。それも追々考えていきましょう……」


 追い詰められた小林さんが苦笑したところで、メイン料理がやってきた。

 百歩譲って、小林さんと恋人関係だとしても――この子を理解して歩み寄るには、時間がかかりそうだった。私としては、ただの部下という印象は少し拭えたが、まだ何とも言えない関係だ。

 それに至るのと、部屋から追い出すの、どっちが先なんだろうか。


 ただ、まあ……十月の昼下がり、シャレた店のテラス席で可愛い女の子とのランチは、悪くないと思った。

 着心地は似ているがスーツ以外の服を着て、ラクな格好をしていることも、きっと関係あるだろう。



(第02章『不動産屋に着ていく服を私は持っていない』 完)


次回 第03章『わたしの妹が同棲生活を壊そうとしてる』

美香は妹を沙緒里に会わせることになる。

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