43話。魔王軍に聖王都の人々を救助させる。

(サーシャ、民たち──特に女子供を聖王都の外に一人でも多く避難させてくれ)


 俺はサーシャに念話を通して、指示を出した。


(カイ様!? すみません。人間たちが全員苦しみ出しているのですが、ど、どういった状況なのでしょうか?)

(勇者の身体を乗っ取った教皇クレメンスが、人々の生命エネルギーを吸収している。放置していれば、たぶんここは死の都になる。頼む、魔王軍の力を結集して、みんなを救うんだ!)

(……わかりました。勇者と戦っておられるのですね。そして、私たちの行動が、勇者の悪しき意図を挫き、カイ様を支援することに繋がると!)


 サーシャは多くを語らずとも理解してくれたようだ。さすがはグリゼルダの右腕として、長年仕えたことだけはある。


(必ず勇者を倒して、グリゼルダと一緒に帰る。頼んだぞサーシャ!)

(はい! ご武運を!)


 グリゼルダに視線を落すと、土気色だった顔に血色が戻ってきてきた。


「グリゼルダ、【光耐性Lv5】は俺が、ヤツに勝つために必要なスキルだ。気に病むことはない。回復に専念していてくれ」

「わ、わかったのじゃ。すぐに戦えるまでに回復して、カイ様に助太刀するのじゃ」


 グリゼルダは俺の教えた【ダーク・ヒール】を自らにかける。

 これでもう、グリゼルダは大丈夫だろう。


「……魔王軍の動きが。まさか、民たちを都市外に避難させようとしているのか?」


 教皇クレメンスは驚きの表情で、聖王都を見下ろす。

 ワイバーンやグリフォンなどの飛行型の魔獣が、苦しむ人々を背に載せて、せっせと都市外に運び出していた。

 獣人やゴブリンが女子供を背負って、城壁の外を目指して走っている。

 ひとりでも多くの人を救おうと、みんなが力を合わせてくれていた。


「そうだ。お前のスキル【生贄の制限】の効果範囲は、この聖王都内だけじゃないか?」


 俺は魔剣ティルフィングを構える。

 どんなスキルにも射程距離や効果範囲が存在する。教皇クレメンスの話から、俺は聖王都が【生贄の聖剣】の効果範囲だと当たりをつけた。


「その通りだが。くくくっ、どうやら余は、貴様を買い被っていたようだ。余の力を弱めるのが目的であれば、聖王都に放火し、民を皆殺しにすれば良いものを。まさか、本気で聖王国との和平を実現させる気なのか?」

「……ほ、本当であるか、カイ殿? 民たちを救ってくださると?」


 もはや虫の息の聖王が呼びかけてきた。


「もちろんです。俺は約束を必ず守ります」

「……あ、ありがたい。どうか、勝ってくれ。我らが真の英雄よ……」


 それだけ告げると聖王は動かなくなった。

 無論、負けるつもりは微塵もない。


「ふんッ。魔王を真の英雄などとは、笑止千万。このような愚かなる聖王家の血筋など、完全に絶えさねばならんな」

「できるものなら、やってみろ」


 その瞬間、教皇クレメンスが踏み込んで斬撃を放ってきた。

 俺は魔剣で弾くが、骨が軋むような衝撃が走る。


「この肉体はレベル800まで上昇している。どうだ、手も足も出まい!」

「くぅっ!」


 どうやら勇者のユニークスキル【自動回復・極】で、魔法薬【レベル・ブースター】の副作用は完璧に抑えらているようだ。

 相手の自滅は期待できない。


「カイ様ぁ!」


 グリゼルダが痛みを堪えながらも【黒雷(くろいかずち)】を放つ。だが、教皇クレメンスが展開した光の障壁に弾かれてしまう。


「ふっ、こんな小娘の助力を頼みにしているのだとすれば、ガッカリであるぞ、魔王? しょせん、ゴミはゴミであったな」


 教皇クレメンスは嵩に懸かって攻めてきた。

 光の聖剣と打ち合う魔剣に、亀裂が入る。闇属性は光属性に弱い。

 もし俺が【光耐性Lv5】を修得していなかったら、最初の一撃で、魔剣は圧し折れていたかも知れない。


「幕引きだ!」


 俺がバランスを崩したのを見て、教皇クレメンスは、大きく聖剣を振りかぶる。


「【毒沼(ポイズン・レイク)】!」


 その瞬間を狙って、俺は教皇クレメンスの足元を毒の沼地に変えた。

 新たに修得したスキル【高速詠唱】のおかげで、地形操作魔法を一瞬で発動できたのだ。


 俺を侮っていた教皇クレメンスとってこれは、完全に予想外だったようだ。


「ぬぅッ!?」


 ヤツは足を取られて転倒しそうになるのを堪える。

 そこに、さらにグリゼルダから【黒雷(くろいかずち)】が飛んだ。


「わらわは魔王カイ様の右腕、いついかなる時も、カイ様をお守りするのじゃ!」

「おのれ!」

「【瞬間移動】!」


 俺は教皇クレメンスの頭上に瞬間移動しつつ、魔剣を振り下ろした。

 その一撃は、教皇クレメンスの展開した光の魔法障壁を砕いて、ヤツの肩を斬り裂いた。


「がっ!? バカなぁ!?」

「やった! さすがはカイ様なのじゃ!」


 グリゼルダが歓声を上げた。

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