41話。平和の訪れ。聖女との結婚を発表し、人々から祝福される。

「カイ!」


 コレットが感極まった様子で、俺に抱擁してきた。

 俺も彼女を抱き締める。

 ヨハンが滅びた今、コレットを縛る【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】の呪いも消滅していた。

 もはや俺たちの仲を阻む物は何も無い。


「……ごめんコレット。迎えに来るのが遅くなった」


 思えばここに至るまでには、5年以上の歳月がかかっていた。


「ううん。でも、これからはずっと一緒に居られるのよね……!」


 疎まれ、除け者扱いされ続けてきた俺を、この世で唯一、愛し救ってくれた人間がコレットだった。

 例え、幾万の人間を犠牲にしても、彼女ひとりが救えるのなら、俺は本望だった。


 それが叶った今、無益な戦争は終わりにしなければならない。

 コレットもそれを望んでいるだろう。


「聖王陛下。俺と共に停戦宣言をお願いできますか?」

「おおっ、もちろんだとも。すぐにでも頼みたい」


 聖王は頷いた。


「俺は聖王国との永続的な平和を望んでいます。その象徴として、魔王である俺と聖女であるコレットの結婚も同時に発表したのですが、いかかでしょうか?」

「……カ、カイ!」


 コレットは顔を真っ赤に染めた。


「俺の願いは、コレットと共に歩む穏やか未来です。それが叶うなら、人間との争いになど興味はありません」

「おぬしが魔族どもを束ね、聖王国との平和を約束してくれるというなら、ワシと民たちにとって、これ以上の幸せはない。何の異論があろうか!」


 聖王が俺の手を握った。


「外交の使者を斬り殺すという無礼を働いてしまった以上、ワシは本来なら殺されても文句が言えぬ立場だ。それを許してくれるとは……おぬしこそ、まさに真の英雄と呼ぶにふさわしき器の持ち主だ」

「……英雄? いえ、俺はもっと俗っぽい存在です」

「いや。おぬしの心は、怒りに満ちても高潔さを失わなかった。それこそ、ヨハンのようにアンジェリカを人質に取って、ワシを脅迫することもできたであろう?」

「はい。カイの心は例え、【暗黒の紋章】を授かろうとも変わりませんでしたわ、お父様」


 アンジェリカ王女も俺を尊敬の眼差しで見つめる。


「カイ様、【時のミサンガ】じゃ。これは大事なモノであろう?」


 グリゼルダがヨハンが投げ捨てた【時のミサンガ】を拾ってきてくれた。グリゼルダの目尻には、嬉しさのためか涙が浮かんでいる。

 聖王国と対等な同盟を結べば、もう力の弱い魔族が奴隷にされるようなこともない。グリゼルダも喜んでくれているようだった。


「陛下。停戦宣言のための投影魔法の準備が整いました! バルコニーにお越しください」

「うむ」


 俺はバルコニーに移動しながら、【従魔の契約】で繋がっているサーシャに呼びかけた。


(サーシャ、現在の戦況はどうだ……?)

(はっ、カイ様。勇者アレスが攻めかかってきましたが、エルザが撃退してくれました。勇者は例の【レベル・ブースター】を使っていたらしく、長くは戦えなかったようです。戦況は我々に有利に傾いています)


 アレスが戦闘に加わっていたのには、いささか驚いたが……


 俺たちが優勢なら、聖王国側に停戦に反対するような者はいないだろう。

 なにより、王城に俺の侵入を許した時点で聖王国側は詰んでいる。


(俺の命令に従って、兵士以外の民を殺したりはしていないよな?)

(もちろんで、ございます。カイ様のご命令に背くような愚か者は、魔将軍サーシャの名にかけて成敗しました)


 それなら問題無いだろう。


(……サーシャ、俺はこれから停戦を宣言。その後、聖王との和平交渉に入る。勝者として、なるべく有利な条件を引き出すつもりだ。もし魔王軍の中で、俺の決定に異を唱える者がいたら、エリザと共に抑えてくれ)

(はっ! 御心のままに)


 魔族は俺の配下になって日が浅い者ばかりだ。和平交渉を台無しにされないように釘をさしておく必要があった。


「うむ。では、カイ……いや、魔王カイ殿よ。お頼み申す」

「はい」


 バルコニーに立った俺と聖王の姿が、聖王都上空に大きく映し出された。


「聞け! 勇壮なる兵士たちよ。ワシは聖王ラムサスなり! ワシは、魔王カイ殿の要求を受け入れ、和平を結ぶこととなった。戦は終わりだ!」

「その通りだ。魔王軍も攻撃を中止しろ!」


 俺たちの呼びかけに、両軍のみならず聖王都の民たちも唖然としているようだった。

 どよめきが伝わってくる。


「俺が魔王カイ・オースティンだ。殺すか殺されるか。奴隷にするかされるかが、人間と魔族の関係であって、和平などみんな考えもしなかったかも知れない。だが、人間である俺が魔王になったのなら、話は別だ!」

「その通り! ワシは聖者ヨハンに踊らされ、聖王国との和平を申し出てくれたカイ殿と争うという愚を冒した。だが、これからはカイ殿と手を携えて行きたいと思う!」

「ま、魔王と……魔族どもと和平など、本当にできるのですかぁ!?」


 王城に詰め掛けた群衆の一部から、動揺と反発が上がった。


「もちろんできる。なぜなら、俺はオースティン侯爵家の嫡男──勇者候補として育てられた人間だからだ! 今回の侵攻では、魔王軍には兵士以外の人間を殺さないよう軍律を徹底した。魔族は野獣ではなく、知性ある友人だ! そしてなにより、俺は聖女コレットの婚約者だ!」


 俺の隣にコレットが立った。


「私が架け橋になって、聖王国と魔族の間に平和を築きます。もうみなさんは、魔族に怯えて暮らさなくても済むんです!」

「俺と聖女コレットの結婚、これこそ融和の証だ!」


 大きなどよめきが、聖王都に轟いた。


「だが、無論、戦の勝者である俺には要求がある。今後、魔族を奴隷にしたり、虐待するようなことは、一切しないでもらいたい。魔族を対等な友として扱ってもらいたい。これさえ守ってもらえれば、魔王の名にかけて、聖王国との平和を誓おう!」


 しばらくの静寂の後、爆発的な歓声が起きた。

 元々、魔族を奴隷にしていたのは、貴族などの特権階級だけだ。民たちにとって、俺の言葉を受け入れるのは何の抵抗も無いハズだった。


 そして、魔族への恐怖が無くなっていけば、魔族に近いと不当な偏見にされされてきた【暗黒の紋章】持ちの者たちも、幸せに生きていけるようになるだろう。

 かつての俺のような不幸な人間は、もういなくなるのだ。


 俺とコレットはお互いに視線を交わして微笑み合った。

 この瞬間を、俺はずっと夢見てきた。


「みなカイを讃えよ! カイが魔王として君臨する限り、我が国は、永久に繁栄するであろう!」


 聖王の言葉に、民たちは俺を万雷の拍手と共に讃える。

 俺の長い長い旅が、今、ようやく終わりを迎えようとしていた。

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