32話。傭兵団【赤いサソリ】を味方につけ聖王国を攻撃する

「あんたが、魔王カイか? 人間とは聞いていたが、聖王国に喧嘩を売るにしては随分と若いな」


 傭兵団【赤いサソリ】の団長ガイルは、俺を見てニヤリと笑った。

 魔族の血が入っていると聞いていたが、並外れた巨漢だ。その右手には俺と同じ【暗黒の紋章】があった。


「たが、その目……相当な修羅場をくぐった男の目だ。いったいどんな人生をたどれば、15かそこらで、そんな目ができるようになんるだ?」


 ここはガイルに指定された聖王国との国境近くにある山小屋だ。

 巧妙に隠してはいるが、小屋の周囲は武装したガイルの部下たちに包囲されている。用心深いことだ。


「【赤いサソリ】の噂は聞いている。金さえ積めば、どんな国や領主が相手でも、戦争を請け負ってくれると……」


 3日前、俺は聖王に向けて使者を送った。


『俺の婚約者である聖女コレットを返して欲しい。受け入れてもらえるのなら、聖王国との和平を約束する』


 という書状を持たせたのだが、使者は死体となって戻ってきた。

 和平の使者を斬るとは、聖王国からのこれ以上ない宣戦布告だ。


 魔族たちはいきり立ち、聖王国を攻めろの大合唱になっている。

 使者には悪いが、急造の魔王軍の団結を高めるのに役立ってくれたと思う。


 だが、俺が今動かせるのは、せいぜい6000程の魔族とモンスターの混成部隊だ。

 この数で聖王都を落とすには、傭兵を雇う必要があった。


「そりゃまあ、それが売りだからな。俺は人間と魔族の子で【暗黒の紋章】持ちだ。仕事を選んじゃいられねぇのさ」


 ガイルは鼻を鳴らした。


「だが、魔王に味方したとなれば、さすがにもう商売はできねぇ。報酬は相場の50倍の1億ゴールド。びた一文まけられねぇが、どうだ?」

「ご、50倍じゃと……いくらなんでも吹っ掛け過ぎではないか?」


 俺に同行していたグリゼルダが目を見張った。

 エリザから没収した財産をすべて合わせて、ようやく賄えるだけの金額だな。


「部下を説得するにも金は必要だ。なにしろ、人間を裏切る訳だからな」


 ガイルの部下のほとんどは、【暗黒の紋章】持ちだ。いわば、世間からの鼻摘み者集団だった。

 それでも、魔王に味方して聖王国に剣を向けるとなれば、ためらう者が多いだろう。

 

「わかった。前金で半額払おう」

「ほうっ。こいつは驚いた。豪胆だな」

「その代わり、仕事はキッチリこなしてくれよ」

「そりゃ、無論だ。それで、そこの吸血鬼の嬢ちゃんは、あんたの女か?」

「なっ、ななななにを言うのじゃ!?」


 グリゼルダが顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「グリゼルダは、俺の右腕だ。そういう関係じゃない」

「なるほど。その嬢ちゃんは、また別の感情があるようだが……まあいい、仕事を受けてやる。聖王国の連中に一矢報いたいのは、俺も同じだからな。で、具体的に何をすれば良い?」


 ガイルが顎をしゃくった。


「聖王国とバルデア帝国との国境近くにある砦を、帝国軍に扮して襲って欲しいんだ。そうすれば、聖王国軍の何割かは、出撃せざるを得ない。その隙に、俺たち聖王都を攻撃する」


 おそらく、俺たちが聖王都を襲うタイミングは【預言】スキルを持つ聖者ヨハンにはバレているだろう。

 だが、敵国が攻めてきたとなれば、軍勢をそちらに割かない訳にはいかないハズだ。


「ほぅ。バルデア帝国はたびたび、聖王国に侵攻して略奪を繰り返している……大規模な侵攻が始まったと、錯覚させれば良いのか?」


 さすが、ガイルは国際情勢に通じていて話が早かった。


「そうだ。聖王国軍を引き付けてもらえれば大丈夫だ」

「こいつは、ありがたい。それなら、俺たちの正体がバレても、魔王に協力したと後ろ指を指されるリスクは低いな。バルデア帝国の貴族を名乗る者から金を渡されたことにすりゃイイ」


 俺の策を聞くと、ガイルは胸のつかえが下りたようで、豪快に笑った。


「だが、聖王国軍を引き付けていられる時間は少ねぇぞ。奴らもバカじゃない。帝国にも照会が行くだろう……長く見積もって、せいぜい5日が限度だ」

「それで大丈夫だ。俺は3日で、王城を落としてコレットを奪い返すつもりだ」


 数の少ない俺たちには、短期決戦しか道はない。


「コレット? 噂の聖女様か?」

「コレットはカイ様の婚約者なのじゃ……」


 グリゼルダがなぜか沈んだ面持ちで告げた。


「へぇ。魔王が聖王国に喧嘩を売るのは、女のためか?」

「そうだ。何か、問題あるか?」

「いや、いい。ハハハハッ、正直な奴だ! そうか、女のためか! おもしれぇ!」


 俺の目的については、聖王都攻めに参加する魔族たちにも正直に話してある。

 例え王城を落として聖者ヨハンを倒しても、コレットを奪い返せなかったら、何の意味もないからだ。


 無論、成功したあかつきには、俺は魔族たちを庇護し、コレットと共に魔族領に理想の国を作るつもりだ。


「気に入った! 正義を謳いながら、自分の欲望を満たすことしか考えていない聖王国の連中よりも、あんたの方がよっぽど信頼できる。よろしく頼むぜ」


 ガイルは右手を差し出してきた。俺はそれを握り返す。

 これで聖王都攻めの準備は整った。

 コレット、いよいよだ。待っていてくれよ……!

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