33話。勇者アレス、利用されて廃人となる運命をたどる

【聖者ヨハン視点】


「勇者を名乗る男が、犯罪者として捕まっていると……? 容疑は、詐欺に強盗に、し、下着ドロボー?」

「ハッ! その者がオースティン侯爵家のご子息であること、確認が取れております! ギース・オースティン聖騎士団長からは、『もういいから、さっさと処刑してくれ』とのことです」


 衛兵からの報告に、私は頭痛を覚えました。

 オースティン侯爵家と言えば、何人もの勇者を輩出してきた名門貴族です。

 それの子息が、まさか闇属性クラスを授かったとはいえ、ここまで身を持ち崩すとは……


「し、しかし、私の【預言】では、『勇者が王都の地下牢に囚われている』と出ていてます。他の囚人も含めて、念のためアレスとかいう男に会いましょう。用意しなさい」


 私は魔王カイに対抗するための勇者を探していましたが、一向に見つかりませんでした。

 勇者が出現するという私の【預言】は絶対。勇者は確実に、存在しているハズなのです。


 魔王カイは、私の放った刺客や軍をことごとく返り討ちにしてしまいました。その上、魔族領を魔法剣士エルザから奪い取った恐るべき相手です。


 【預言】では『魔王は明日、聖王都に向けて進軍する』と出ています。

 聖女コレットの大結界が破られることはないでしょうが……勇者という最高のカードを用意しておかねば、枕を高くして眠れませんからね。


「俺様は、勇者だぞぉおおお! こんな臭い飯が喰えるかぁああああ!」


 地下牢に降りると、下品な絶叫が聞こえてきました。

 な、なんですか、これは……?


「俺様好みのバスト95センチ以上の巨乳美少女を100人以上集めろ! 部屋は王室御用達のロイヤルスイートだ! 最高級ワインを用意して聖女コレットに酌をさせろぉおおおお!」

「何様のつもりなんですか、この男は……?」


 声の主は、元はそれなりに身なりが良かったであろう若者でした。


「この城には、聖女コレットがいるんだろう!? 俺様は勇者! 聖女にふさわしいのはこの俺様だぁ! 今すぐ、コレットを俺様の婚約者にしろ! ぐへへへっ!」


 男は下卑た態度で、看守たちにメチャクチャな要求をしています。

 こんなエラソーな囚人は、見たことがないです。

 自分が聖女にふさわしいとは……本気で言っているんですかね?


「ハッ! この男が勇者を名乗っているアレス・オースティンです」

「そ、それはもはや、勇者に対する冒涜以外の何ものでもありませんね……」


 看守たちもウンザリした様子でした。

 

「なんだと!? 勇者であるこの俺様をバカにするつもりか!? 俺様はな、この世で1番偉いんだ! この栄光なる【光の紋章】が目に入らねぇか!? あっ、あーん!? 」

「なっ……そ、その紋章は!?」


 アレスが掲げた右手に光っているのは、紛れもなく勇者の証たる【光の紋章】です。

 その聖なる輝きに、私の目は釘付けになりました。


「聖者ヨハン様、真に受けてはなりません。コイツの【光の紋章】は偽物ですよ? 父親のギース聖騎士団長を含めて、犯罪被害者たちに確認しました。コイツが本当は【暗黒の紋章】持ちであると! さらに、決定的な証拠があります。コイツは聖剣を喚び出すことができません」


 心底蔑んだ目で、看守がアレスを指差しました。


「こんなヤツは、一刻も早く死刑にすべきです」

「だから、違うんだってばよぉおお! 聖剣は、兄貴にぶっ壊されたんだぁ! 喚んでも柄の部分しか出てこないんだ!」

「黙れ! そんなことがあるものか!? 光の聖剣が、闇の魔剣に敗れるなど、絶対にありえん!」

「ここまで勇者様と聖剣を侮辱しまくるとは!? もう許せん、薄汚い詐欺め! 思い知らせてやるぅうう!」

「ぶげぇええええッ!?」


 怒りを滾らせた看守に殴られて、アレスは悲鳴を上げました。

 とても勇者とは思えぬ情けない姿です。

 しかし、聖者の私の目には、この低俗か犯罪者から立ち昇る聖なる波動が見えていました。


「こ、この男は……まさか本当に勇者?」


 信じがたい。信じたくない。神の正気を疑いたくなるような事実です。

 私は深呼吸して、心を落ち着かせました。


 冷静に考えましょう。勇者が人格者である必要はありません。

 魔王カイを倒せる戦力として、機能しさえすれば良いのです。


 禁断の魔法薬【レベル・ブースター】を投与して、無理やりレベル800にまで引き上げれば……

 その後、この男が副作用で死のうが、私には一切関係ありませんからね。


「……あなたは、魔王カイを倒したいという気持ちはありますか? 私はそのお手伝いをして差し上げることができますよ?」

「なにぃ!? 本当かぁ!?」


 アレスは目を輝かせました。

 どうやら、兄である魔王カイへの憎しみは相当なもののようです。

 ほう。これなら……

 私はダメ押しをしました。


「魔王を倒せば、誰もがあなたを真の勇者だと認めるでしょう。聖女コレット様の心もあなたのモノになるでしょうね?」

「ヒャッハー! ソイツは、いいぜぇ! お前、なかなか話がわかるじゃねぇか!? クラスはもしかして【聖者】か? 気に入った! よし、お前を俺様の栄光なる勇者パーティの一員にしてやるぜぇええ!」


 勇者アレスは諸手を挙げて、大喜びしました。

 馬鹿丸出しです。

 くくくっ、例え魔王カイに勝てても、あなたは魔法薬の副作用で廃人となる運命ですがね。

 【レベル・ブースター】以外の魔法薬も併用して、徹底的に強化した捨て駒にしましょう。


「ええっ、よろしくお願しますよ」


 私は勇者アレスに右手を差し伸べました。

 まあ、せいぜい利用してやるとしましょう。

 その時、驚きの知らせが飛び込んできました。


「聖者ヨハン様、大変です! 帝国軍が国境を侵し、砦を攻撃しているとのことです!」

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