3章。魔王の領地奪還作戦

17話。エルザの手下をぶちのめす

 俺たちは聖王国の南に位置する魔族領を目指して、旅した。

 情報収集のために立ち寄った酒場で、気になる噂を聞く。


「おい。あの【魔族狩りのエルザ】が、魔族領を切り取った功績から、その土地の支配権と男爵の地位を授けられるらしいぞ」

「はぁ〜ッ! 若いのに腕っぷし一本で、そこまで上りつめるたぁ、すげぇよな。俺もエルザ一党に加えてもらうべきだったぜ」

「な、なんじゃと、あの盗っ人めが……ッ!」


 隣のテーブルから聞こえてきた会話に、グリゼルダが怒気を発する。

 エルザが爵位を得るというのは、1周目の世界では無かったことだ。魔王となったグリゼルダが、すぐさま自分の領地を奪還してしまったからだ。


「大丈夫だ、グリゼルダ。ヤツの栄華も、しょせんは今だけだ。すぐに俺が叩き潰してやる」

「う、うむ。ありがたいのじゃ、カイ様……」


 グリゼルダはやるせなさから、肩を震わせている。


「カイ様、グラスが空になっていますね。おつぎします」


 メイド服姿のサーシャが完璧な礼節で、酌をしてくれた。彼女のおかげで、ここだけ宮廷のような場違い感があった。

 サーシャの美貌と豊満な身体は注目を集めており、荒くれ男たちがチラチラ視線を投げてくる。


「ありがとう……サーシャとグリゼルダの服は、このあたりで新調した方が良いかもな。ちょっと、悪目立ちしているぞ」


 なにしろ、ふたりともメイド服だ。

 俺もクラス授与式に出るための略礼装なので、どこぞの貴族がお忍びでやって来ていると思われているらしかった。


 目立つのは得策ではないけど。問題は、手持ちの金があまり無いことだ。


「おい、姉ちゃん。そんな優男じゃなくて、俺に酌をしろ!」


 筋骨隆々とした大男が突然、絡んできた。

 ふつうは貴族に絡むようなことは避けるものだが……顔が赤く酔っているらしい。


「申し訳ありませんが、お断りいたします」

「はっ? 俺は【魔族狩りのエルザ】一党だせ? そんな貴族のボンボンより、俺の方が、ここじゃ偉いんだ!」


 大男は乱暴にテーブルを殴りつけた。

 テーブルが砕け散って、料理が床にぶちまけられる。


「わ、わらわのオムライスがぁ!?」


 グリゼルダが涙目になった。


「おのれ、わらわの大切な物を何もかも奪いおって、許せんのじゃあ!」

「はぁ? なんだこのガキ、死にてぇのか!?」


 威圧的に叫んで、男が拳を握る。

 剣呑な雰囲気に、周りから悲鳴があがった。

 俺は密かにほくそ笑む。


 好都合だ。貴重な情報源が向こうからやって来てくれた。

 エルザの手下というだけで、腸が煮えくり返る気分だが、冷静さを失わないように注意する。


「おい、よくも料理を台無しにしてくたな。ここじゃ店の迷惑になる。表に出ろ」

「なにぃ? ぶはっ! 貴族のボンボンかと思ったら、【黒魔術師】かよ。おおかた、闇属性クラスを得て貴族家から追放されたってところか? なら殺っても、どこからも文句は出ねぇよな?」


 大男は下卑た笑いを浮かべた。


「カイ様! コヤツはわらわに成敗させて欲しいのじゃ!」

「いや、俺がやる」


 グリゼルダは頭に血が上っており、やり過ぎてしまう恐れがあった。


「ヒャハハハハハッ! お前ら世間知らずもいいところだぜ。エルザ一党の切り込み隊長であるこの俺にケンカを売るたぁな! 一方的にぶちのめしてやるぜ」


 俺はウエイトレスに代金を渡すと、席を立って店を出た。


 大男は俺の側面にピッタリと張り付く。拳が届く距離だ。

 俺に魔法を使わせる隙を、与えないつもりだろう。用心深いというか、ケンカ慣れしている感じだな。


「どこで始める黒魔術師? 俺は、どこでもイイゼ? お前を殺ったら、あの姉ちゃんともヤルつもりだからな? とっととおっ始めようぜ」

「そうだな。このあたりで良いか。誰にも見られない」


 俺は人気の無い裏路地に大男を誘い込んだ。


「シャッアアア!」


 その瞬間、大男が拳を撃ち込んでくる。拳にはメリケンサックがはめられ、殺意に満ちていた。

 俺は悠然とかわすと、大男の腹に拳を叩き込む。


「ぐぼぅ!?」


 大男は腹を抱えてうずくまった。


「俺はレベル999だからな。並の前衛職よりも、腕力があるんだ」

「はぁッ? な、何を……」


 困惑する男の左足を、容赦なく踏み砕いた。ベキッと枯れ木が割れるような音を立てて、骨が折れた。


「ギャアアアアアッ!?」


 コイツは俺から奪おうとした。なら、何をされても文句は言えないだろう。


「エルザ一党について知りたい。素直に教えればこれ以上、痛い目に合わなくて済むが、どうする?」

「ひゃっ!? お、俺にエルザの姉御を売れってか……? そんなことをすれば、俺は、ぶ、ぶっ殺される……!」

「ここで、俺にぶっ殺されるよりは、マシじゃないか?」

「て、てめぇ、何者だ……?」

「質問しているのは、俺だ。次に余計なことをしゃべったら、腕をへし折る」

「はひぃ! い、言います。言います!」


 男は従順になって、実にペラペラとよくしゃべってくれた。

 おかげで、エルザ一党をどう攻略するかの筋道が見えた。


 最後に、俺は男に【忘却】の魔法をかける。

 ここ数時間の記憶を忘れさせる闇魔法だ。男は気絶して地面に転がった。


「フンッ! わらわたちの恨み、思い知ったか!?」


 グリゼルダがドヤっていた。

 

「殺すのかと思いましたが、カイ様はおやさしいのですね……」


 サーシャが氷のような目で、男を見下ろす。

 男がエルザの手下とわかった瞬間から、サーシャは静かな殺意を放っていた。


「殺してしまったら、エルザに警戒心を抱かせるからな。だけどこれなら『酔った上でのケンカで記憶を失った』で済む。そっちの方が、俺たちにとっては得策だろ?」


 エルザは、勇者アレスのようなクラス能力にだけ頼ったバカではない。危険を察知する嗅覚に優れていた。


「はっ……なるほど。浅慮でございました。さすがはカイ様」


 サーシャが腰を折った。

 そう見せかけるためにも、男の懐から財布を抜き取った。

 さすが羽振りの良いエルザの手下だけあって、ズッシリと重い財布だった。それをサーシャに手渡す。

 グリゼルダの領地を奪って儲けた金だ。本来の持ち主に返すのが、筋というものだろう。


「これで、当面の旅費も手に入った。俺たちの新しい服を買おうか」

「おおっ、やったのじゃ! わらわも戦闘向きの動きやすい服が欲しかったのじゃ!」


 グリゼルダが手を叩いて喜んだ。

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