16話。聖教会に内通者を送り込む

 その時、俺は強烈な殺気が向けられていることに気づいた。

 闇の中から、短剣を構えた集団が幽鬼のように現れる。数は5人。


「見つけたぞ。魔王を目指すという愚か者」

「我らは聖教会の剣【粛清者(パージィス)】」

「死して己の罪を悔い改めよ。カイ・オースティン」


 グリゼルダたちは、彼らの異様な殺気に戦慄していた。

 魔族よりも、怪物じみた連中だな。


「なんじゃ、コヤツらは!?」

「ひっ!?」

「こいつらは【粛清者(パージィス)】。聖教会にとって不都合な者を消す凄腕の暗殺集団だ。早くも、こいつらが派遣されてきたのか」


 【粛清者(パージィス)】とは、1周目の世界でも戦ったことがある。俺の勇者パーティ入りに反対した聖教会の幹部が、俺を消そうと送り込んできたのだ。

 あの時は、苦戦した。一歩間違えれば、殺されていただろう。


 だが、そのおかげで攻略法は、すでに掴んでいる。【粛清者(パージィス)】の戦法は、初見殺しだ。


「グリゼルダ。さっき教えた森ウサギの習性を思い出すんだ」


 俺は小声でグリゼルダに伝えた。


「森ウサギの習性とな!? あっ、気配を殺して隠れる……! サーシャ、伏せよ!」


 グリゼルダの瞳に理解の色が光った。

 同時に、短剣を構えた粛清者(パージィス)たちが疾風のような速さで迫ってくる。


「【黒雷(くろいかずち)】!」


 俺は360度、全方位に放射される雷撃を放った。

 闇属性の黒い雷光が、暗闇に跳ねる。


「……ッ!?」


 粛清者(パージィス)たちは、事前に詠唱していた魔法障壁を展開した。おかげで彼らはノーダメージだった、その顔には動揺があった。


 俺の後頭部を狙って飛来した吹き矢が、【黒雷(くろいかずち)】に叩き落されたからだ。

 背後から、わずかな呻き声が聞こえた。


「ああっ! まさか、本命は私たちの背後に潜んでいたのですか!?」


 グリゼルダと一緒に地面に伏せたサーシャが、叫んだ。


「そうだ。暗殺集団である粛清者(パージィス)が、わざわざ姿を現して俺たちを威圧したのは、死角からの攻撃を成功させるためだ」

「なぜ、ソレを……!?」


 粛清者(パージィス)たちは、そのまま俺に向かって突っ込んで来る。


「グリゼルダ、背後の敵を頼む!」

「了解なのじゃ! 木の根元じゃな」


 グリゼルダは先程の俺の話を、よく聞いてくれていたようだ。

 敵は木の陰に隠れていた。


「ひるむな! 相手は【黒魔術師】だ。懐に入れば脆い!」


 俺の【暗黒の紋章】は黒魔術師のソレだ。だから、ヤツラはすっかり勘違いしていた。


「来い、魔剣ティルフィング!」


 俺は魔剣を喚び出して、粛清者(パージィス)たちを薙ぎ払う。


「なにぃいいい!?」


 黒炎に巻かれて、ヤツラは絶叫を上げた。

 手加減したとはいえ、五体満足とは……かなりの防御力だ。

 さすがは聖教会の暗部を担う暗殺集団だな。


「なっ、なんだその剣はッ!? お前は【黒魔術師】ではないのか?」


 おそらくコイツらを差し向けたのは、オースティン侯爵家だな。

 俺が2週目限定の隠しクラスを得ているとは、思ってもいないようだった。


「命が惜しいなら、逃げて良いぞ。俺は追わない」

「なにッ!? 我らを愚弄する気か。邪悪な黒魔術師めが!」


 粛清者(パージィス)たちは、怒りをあらわにするが、ひとりだけ逃げ腰になったのを俺は見逃さなかった。


「サーシャ。その一番端の男を確保してくれ。他は全員、始末する」

「はい。かしこまりました、魔王様」


 サーシャはうやうやしく返事する。

 俺が指名したのは、逃げ出そうとした男だった。


「お、おのれぇええええ!」


 粛清者(パージィス)たちが、魔法を詠唱する。

 だが、俺の魔剣の一撃の方が早い。

 魔剣からほとばしる黒炎に呑まれて、暗殺集団はひとりを除いて消し炭になった。先ほどとは異なる本気の攻撃だ。


「カイ様! こちらも仕留めたのじゃ!」


 グリゼルダが歓声を上げている。まるで主人に褒めてもらいたくてたまらない子犬のようだった。


「はひぃ、はひぃいいい!」


 ひとり生き残った男は後退しようとするが、サーシャに羽交い締めにされた。

 男は必死に振りほどこうとするが、【魔将軍】のクラスを持つサーシャの腕力の方が、圧倒的に上だった。


「この男、いかがいたしましょうか?」

「さっき話した内通者に仕立て上げようと思う。己の身がかわいい男が適任なんだ」


 粛清者(パージィス)は、訓練によって任務の妨げになる人間性を徹底的に排除されるが、生存本能を消すのはかなり難しい。中には、このように己の命を惜しむ者もいる。


「あんた、名前は? 俺と今から【従魔の契約】を結んでもらう」

「何? 【従魔の契約】だと……!? そ、それでは、お前は本物の魔王なのか?」


 男は目を見開いた。


「【従魔の契約】について知っているなら、話は早い。あんたには、【魔王軍の幹部】になってもらう。拒否するなら、サーシャに血を吸わせる。吸血鬼に血を吸われて死んだ者は、アンデッドになるんだ。よく知っているだろう?」

「なっ、なななんだと?」


 これはスキル検証の一環でもある。

 【従魔の契約】は人間とは結べないとは、解説テキストには書いてなかった。


 もし、この男と【従魔の契約】を結ぶことが可能なら、『主に反逆しようとした者には、死がもたらされる』というルールによって、相手の行動を強く縛ることができる。

 極めて忠実な内通者になってくれるだろう。

 

「さあ、選べ。【魔王軍の幹部】として栄華を極めるか? アンデッドになって、終わりのない苦痛を味わうか? どちらも魔族の仲間になることには変わりないが、待遇は天と地ほどの差だぞ。死にたくはないんだろう? 5秒以内に答えろ」


 俺が指を鳴らすと、サーシャが男の首筋に牙をあてた。

 

「……わっ、わわわわかった! 俺の名はマテオだ。お前……い、いや、あなた様と契約いたします!」


 マテオは恥も外聞もなく、叫んだ。

 人間は窮地に追い込まれれば本性が出る。

 栄華を極めさせてやるとは言ったが、裏切者を重用するのは危険だ。マテオは捨て駒として扱うのが正解だな。


「許す。マテオには【魔王の幹部】のクラスを与える。もし俺を裏切ろうとしたら、その瞬間、死ぬことになるから覚悟するんだな」

「はっ! 肝に命じます!」


 契約は成立した。

 マテオの右手の甲には、光属性クラス【司祭】であることを示す【光の紋章】が、相変わらずあった。

 闇属性クラス【魔王の幹部】を与えられても、紋章に変化はない。


 おそらく後から新しいクラスを与えられても、紋章に変化しないのだろう。

 だとしたら、やはりこの手は有効だ。

 マテオが【魔王の幹部】であると悟らせないまま聖教会や王城に出入りさせることができるぞ。


「よし、マテオ。最初の任務だ。戻って聖者ヨハンに、こう告げるんだ。『カイは2週目の世界に入ることのできるアイテムを持っている。奴らは南に向かった』とな。会話を盗み聞いたとでも言えば、大丈夫だろう」

「はっ、ははははい!」

「カイ様、なぜそのようなことをするのじゃ?」


 グリゼルダが訝しげに尋ねた。


「ヨハンの目的は、2週目の世界に行くことだ。そのためのアイテムを俺が持っていると知れば、確実にそれを狙って手下を派遣してくるだろう。ソイツらを今回みたいに返り討ちにして、【魔王軍の幹部】にして、聖教会や王城に潜り込ませるんだ」

「なっ、なるほどなのじゃ。カイ様の知謀は、わらわの想像の域を越えているのじゃ!」


 グリゼルダは目を白黒させていた。


「【従魔の契約】をそのように応用されるなんて……歴代魔王様の誰も思いつかなかったことです! カイ様はまさに史上最強の魔王ですね!」

「そんな大袈裟だな」


 目をキラキラさせるふたりの少女に、俺は戸惑ってしまう。


 俺の目的は、コレットを取り戻すことだが、グリゼルダたちの望みも叶えてやりたいと思う。

 もし俺の考えがうまくハマれば……グリゼルダの領地奪還のための貴重な兵力も手に入るハズだ。


『【粛清者(パージィス)】を返り討ちにし、ひとりを内通者にしました。おめでとうございます。【イヴィル・ポイント】300を獲得しました!』

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