第6話 【死の代償】


あくる朝、朝食の後に、私が何気なくバルコンまで出ていくと、眩しいほどの陽の光を浴びたバルコンの床の上に、胸毛がふさふさして白く際立った、しかし背中から尾にかけて黒ずくめの、二羽の尾の長い小鳥たちが来ていた。小鳥たちはそこから欄干の上に舞い上がったり、また再びバルコンの床へ舞い降りたりしている。


 私はそんな小鳥たちをよく見たいがために、バルコンの隅に置いてある木造りのベンチに静かに腰を下ろした。小鳥たちはそんな私をよそにして、気ままにバルコンの上を行ったり来たりしている。


 が、不意にそのうちに、二羽の小鳥は、バルコンの中央の床板の上に何かを見つけ出しでもしたかのように、そこいらをぐるぐると、いかにも気の落ち着かなそうに廻(まわ)りはじめた。やがてそんな円周がだんだんと小さくなり始めると、二羽の小鳥たちはいかにも確信したような態度で、ひたりとその円周の中心を向いて立ち止まった。そうしてそこの床板の上に、くちばしを打ちつけるようにして、何度も突っつきだした。それはまるでキツツキのあの音をもっと可愛らしくした、小鳥たちの打楽器演奏のようだ。


 「テッテンテンテンテン……」


 という音が、バルコン中に響いた。

 何だか愉しそうだなと思っているうち、私ははじめてそれに気がついた。私はついとその小鳥たちの上方を見上げた。

 

 「そうだったのか……こ奴らは、ここでいつも朝食を食べるのだなあ……」


 私はバルコンの上の庇(ひさし)から、ぽつりと垂れ下がっている裸電球を見上げながら、昨晩、そこに沢山の羽虫がたかっていたのを思い出した。近くの草むらからは、時々、飛蝗(ばった)さえもその灯に向けて、飛び上がってきた。


 蛾は狂おしいほど、その灯に憑かれたようになって、無意味な羽ばたきを続けていた。……そんな私の見慣れない小蟲(こむし)や羽虫たちがその灯のまわりでひっきりなしにひらめき飛ぶ様は、私の目には、まるで万華鏡の中での世界のような不思議さで映るのだった。


 小鳥たちがいま嘴(くちばし)をしきりに叩きながら啄ばんでいるものは、そんな昨晩の虫たちの死骸であるらしかった。それを見ながら私は、昨晩あんなに浮かれて灯のまわりを飛び回っていた虫たちのことを少し哀れに思わずにはいられなかった。


 「なんだってあ奴らはあんなことを死の代償にして死んでいったのかしら?」


 そう私は訝(いぶか)しがりながら呟いた。

 小鳥たちはようやく、そんな朝食を済ませたらしかった。その一羽が、又、欄干の上に舞い上がった。私はそれを良い機会にして、朝の散歩に出向くために帽子を取りに部屋の中へ戻って行った。


 目の当たりの湖は、太陽に石でも投じられたかのように、中央からその金色の波紋を、徐々に拡げ出しつつあった。……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る