第7話 【美と出会える教会】


 私はその日の散歩の折に、あのステンドグラスの美しい教会の前を通り過ぎようとして、立ち止まった。今日は平日だというのに開いているらしかった。その教会は日曜日の集会の時にしか開いていないということを村人たちから聞いていたので、私にはそれが、意外に思われた。


 さっそく、私は解放された扉に近づいて行った。上には蒼空に突き出た大きな緑の屋根が見える。その三角の屋根の端には、丁度入口の頭上に、真っ白な、幼児ぐらいの背丈の十字架が建っている。


 私はそれらを眺めながらゆっくりと入口の扉の前に立った。そうして教会の中を覗き込むようにして見た。中では小使いが一人、熱心に床を掃いていた。どこまでも長椅子が並べられた教会の内部は、日曜日になると多くの信者が集まるだろうことを私に予想させた。


 そんな中に、一人の赤毛のアンのような少女が熱心に神父様の説教に耳を傾けながら、しかし心の裡では知らず識(し)らずのうちに、この村の美しい景色の見渡せる高台だの、それから松ぼっくりの転がる松並木の道だの、ブーゲンビレアやハイビスカスの咲き乱れる好い匂いのする病院の庭園などに、夢見るような名前をつけ出している、そんないかにも物語の主人公のような純粋な少女を私はいつの間にか心に描いていた。


 そのうちに、私はそんなロマンめいたものでいつも自らの心を満たしている自分自身に気がついた。次にはそれに苦笑せずにはいられない乾いた自分自身を見つけたりした。


 夢から醒めたように、私は教会の中に入って行った。そうしてその小使いらしい、熱心に掃除をしている青年を呼び止めた。

 

 「ちょっとステンドグラスを見せて頂きたいのですが……」


 その小使いらしい青年は快く承諾した。

 私はその青年に案内されるがままに、一段高くなった神父用の教壇の背後にある、別室へと入って行った。そこへ入ると、一足先に入って行った青年が私を振り向きながら、上方の或る一面を指して示した。


 私は上方を見上げた。

 目の当たりに映されたステンドグラスは、やはりどの村人でも口を合わせて言うように、美しかった。そのステンドグラスは大きなひし形の窓枠にはめ込まれて、今、私の真上に壁からひょっくり浮いたように、認められる。その中に二三人のこの村の先祖たちが、見やすいように等身大で近景として描かれていて、その背後には、大きな湖とその岸辺の縁と、それから高天の空が、遠景として描かれている。


 とりわけ大湖の水の色が不思議な青さで描かれているために、それが一層、そのステンドグラス全体の美しさを引き立たせていた。それは澄明な、研ぎ澄まされた、深い色合いをしている。そうして暫くそれにじっと見入っていた私の目に、その色調が次第にこの世に存在しないような、何だか怖いくらいの美しさに見えだした。しかもまだそれはかなり異なった見え方に移り変わり、私を驚愕させた。


 おそらく私は、どんな人でも美しいものを見た時するような、目の見張り方をしていたのだろう。そんな私の顔つきは、私の横で一しょにそれを見上げていた青年にさえ、喜びを与えたらしかった。私の方を横から見やって、青年は微笑さえし出した。……


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