23 療養
「「ソフィー!!」」
ソフィアの父ブライアンと兄マクシミリアンが、大慌てでソフィアが寝ている病室に飛び込んできた。
すぐにベッド脇まで行きたかったが、付き添い椅子に座っている男の姿をみて、二人とも姿勢を正す。
「ここは公の場ではないので、いつも通りでかまわない」
「皇太子殿下、ありがとうございます」
「できれば、あなた方にはレオナルドと名前で呼んでもらいたいものだ」
「それは……どういうことでしょうか?」
ベッドの方を見ると、プラチナブロンドの髪が見えた。
カチューシャは外されていて、サイドテーブルに置かれている。
ああ、この男にとうとう突き止められてしまったか。
目線に気づいたレオナルドが伝える。
「魔力に影響があるものは外させてもらったよ」
「そうですか、このことはいつからご存じで?」
「残念ながら今回のことがなければまだ知らずにいただろうな。……最初に出会ってから、かなり全力で探したんだが見つからなくてね。まったく上手く隠したものだと感心していたところだ」
「お尋ねしますが、殿下は、娘のことをどうされるおつもりで?」
「帝国の王族の精霊の話は聞いたことがあると思うが、私の精霊がソフィア嬢に引き合わせてくれたんだ。間違いなく、この世でたった一人の、私の妃になるべき令嬢がソフィア嬢だ。だが、それを理由に無理やり帝国に連れていくことはしたくない。ソフィア嬢が振り向いてくれるまで、留学期間を延ばしてでもアプローチをしていこうと思っている」
「左様でございますか。私も親として娘の幸せを一番に望んでおります。もし誰かが娘の望まないことを強いるのであれば、その時は相手と刺し違えてでも娘を守るつもりで生きてきました。私の妻ジュリアの美しさを受け継いだ娘には、いろいろな男が強引に迫り、奪おうとすることもあるでしょう。それを未然に防ぎ、かつ娘を守りきるだけの力を持つ男でなければ娘の夫にふさわしくないと思っています」
「もっともだ。その言葉、心に刻んでおく」
「改めましてこの度は、殿下が娘に魔力を譲渡してくださったおかげで助かりました。父親としてお礼申し上げます」
「いや、元はといえば、私の怪我が原因だからね。ソフィア嬢に助けられたのは私の方だ」
「ですが、その怪我も急斜面に落ちた娘を庇ってのこと。本当に感謝しております」
父ブライアンの口調が急降下する。
「問題は、娘がなぜ……落ちることになったのか……ということです」
「その件については、私の方も放置する気はない」
「こちらもです」
ようやく父と兄はソフィアのベッド脇に立つことができた。父は眠っているソフィアの手を取る。
「高いところから落ちるなど、怖かっただろう。かわいそうに」
しかし、この男は魔力の譲渡と言いながら、ソフィーのこの手を握り、さらには病院まで抱きかかえて運んだとか。
まだ許可してない! 認めんぞ!! ……助けたことは評価するが……。
ジェラシー全開の父ブライアンだった。
ごめんなさい。レオナルドもっといろいろしちゃってます。
誰かの心の声を代弁しておこう。
兄マクシミリアンが病室に入って初めて口を開く。
「ところで殿下の精霊様はどのようなお姿でしょうか?」
「小さい黒猫だ」
「やはりそうでしたか。ソフィーも『ちっちゃくてかわいくて、黒猫様にばかり目が行ってしまいますの』って言っておりましたので」
「ミールにばかり? ……俺は」
この小さなつぶやきは誰にも聞こえなかったが、先ほどまでの威厳がどこかへ飛んでしまい、しゅんとなるレオナルドを見て、妹を取られた気分だった兄マクシミリアンはしてやったりの表情を浮かべたのだった。
ちょっと落ち込んだワンコみたいでかわいい奴だなとも思いつつ。
ソフィアが目覚めたのは、侯爵家のタウンハウスの自分の部屋だった。
父と兄が、病院では素顔のソフィアの安全が守れないと連れ帰ったのだ。
レオナルドもソフィアにとってはある意味危険人物なので、そこから引き離すのも目的だ。
侍女がソフィアの目が覚めたことを伝えに行き、父と兄が駆け込んできた。
「ソフィー、大丈夫か? 気分はどうだ?」
「ソフィー、丸一日眠ったままだったんだ。主治医を呼んだから診てもらおう?」
「お父さま、マックス兄さま、私……レオナルド殿下に回復魔法をかけて、その後どうなったのかしら?」
「魔力切れを起こしたんだ。倒れてしまったソフィーの横で、レオナルド殿下が応急処置としてその場で魔力を譲渡してくれたそうだ。こちらからもお礼は伝えてある」
「そう……だったのですね。心配かけてごめんなさい。私たぶん殿下にいろいろばれてしまったと思うの」
「そのようだな。だが、しっかり釘は刺してある。殿下もソフィーを今すぐに無理やりどうこうしようとはしないはずだ。まあ、もし、しつこくて面倒くさいと感じるようならすぐに知らせるんだぞ」
「はい。お父さま」
主治医には大丈夫だと診断してもらった。
侍女が持ってきてくれた食事を軽くとって、その後お風呂に入る。
湯上りの水分補給をしてリフレッシュしたところで、来客の知らせが届いた。
「えっ、レオナルド殿下がお見舞いに? 今? 私の部屋に来られるの?」
「すまないソフィー、どうしても断れなくてね」
「ですがマックス兄さま、私、お風呂上がりのこんな格好でとてもお迎えできませんわ」
「病み上がりなので許容範囲だよ。いいからベッドに入って。僕も同席するから、ね!」
「ね! ではございませんわ。私恥ずかしいわ」
その時、部屋の入口に大きな人影を認識した。
「レオナルド殿下……お目汚しを」
「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。どうしても君の様子を確認したくてね。まだ無理しないでベッドに横になっていて。そうだ、私がベッドに運ぼうか」
「っ……結構です」
「殿下、そこまでお気遣いなく。妹は私が支えますので」
「マックス兄さまも! 私、ソファーで大丈夫ですわ」
侍女が気を利かせて、厚手のガウンをかけてくれた。
お風呂上がりのソフィアの頬はほんのりピンクで、いい匂いが部屋中に広がっていた。
薄着のソフィアの姿を見てしまったことと、この匂いを感じてしまったことを、レオナルドは少しだけ後悔していた。
今夜は普通に眠れないかもしれない。
でも嬉しさの方が断然勝っていたけど。
結局ソフィアの隣に兄マクシミリアンが座り、向かい側にレオナルドが座る形となった。
「フィフィ、無事でよかった。どんなに医者が大丈夫と言っても、目が覚めた君を見るまでは生きた心地がしなかったよ」
「レオナルド様、私を助けてくださりありがとうございました。そ、そのぉ、手を……」
「手を?」
「いえ、横たわっている私の隣に座って、魔力の補充をしてくださったと聞いておりますので」
「……魔力の補充とはいえ、それなりの時間、君に触れてしまったことを許してほしい」
「とんでもございません。助けていただき、感謝しかございませんわ」
その時、ミールがレオナルドの肩からひょいっと飛び降り、ソフィアの膝の上にぴょーんと飛び乗った。
「ミールちゃん! あなたも心配してくれたの?」
ソフィアはいつものようにモフモフを堪能し始めた。
その時、マクシミリアンがつぶやく。
「小さい黒猫だ……たしかにかわいいな」
「お兄さま、ミールちゃんが見えますの?」
「ああ、急にソフィーの膝の上に現れた」
「どういうことかしら」
ソフィアはミールを膝からソファーの上に降ろしてみた。
「見えなくなった! この精霊はソフィーが触っている時だけ可視化しているということか? レオナルド殿下、帝国の精霊とはこういう存在なのでしょうか?」
「大体そんな感じだ。主とその者の魔力の相性が良いと精霊を触ることができるし、触っている間はほかの人間にも見えることもあるんだ」
「ま、魔力の相性ですか?」
「そうだ、フィフィ。俺とフィフィは魔力の相性も良いということだ」
なんか恥ずかしいから話題逸らしちゃおう。
「まあ、ミールちゃんは相性も見分けられるお利口さんなのね」
ミールが主役であることが、ちょっと面白くないレオナルドだった。
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