22 怪我(sideレオナルド)

 斜面を滑り落ちて着地した時に、わき腹あたりを打ち付けた感覚があった。


 本当なら風系の魔法を発動して着地を和らげるのが良かったのかもしれないが、俺の得意魔法は火と雷の攻撃系だ。風魔法もある程度はできなくもないが、攻撃系かつ規格外の魔力量ゆえに、ソフィア嬢を守るつもりが逆に傷つける可能性もあり、今回は体を張ることにした結果がこれだ。

 

 ソフィアが仲間に助けを頼んでいる間に姿勢を変えようとした時、枯れ枝の切っ先が刺さっていることに気づいた。

 こういう時は、刺さっているものを抜かないまま、回復魔導士が来るまで待つべきなのだが、姿勢を動かしたときに抜けてしまった。途端に血が流れ出す。


 傷口を押さえながら、すぐそばの大木に寄りかかる。

 

 思ったより出血量が多いな。


 自分の怪我に気づいたソフィア嬢が回復魔法をかけてくれているが、彼女の魔力ではこの傷はふさがらない可能性がある。


 すこしまずい状況か。

 まあ、いざとなったらミールを呼び戻そう。

 精霊の加護の力をかけてもらえば、命を落とすことにはならないはずだ。



 ……なんだかソフィア嬢がフィフィに見えてきた。これは幻覚症状か。そろそろミール……


 と思ったあたりで、回復魔法の効果なのか出血が止まったような感覚がする。

 痛みも緩和され、思考回路も戻ってきた。


 えっ? ……フィフィ!?


 目の前にフィフィがいる!! 一瞬うれしくなるが、彼女の顔色が悪い。

 見ると、魔法をかけ続けているではないか。もう十分だ。


 これは魔力切れの可能性があって危険だ。止めないと。

 慌てて手をつかみ魔法を中断させるが、少し遅かった。


 フィフィが気を失い倒れていく様子が、スローモーションのように目に映る。

 慌てて腰に手を伸ばし、自分の方に引き寄せ抱きかかえる。

「フィフィ!? フィフィ!!!」


 声をかけても反応がない。


 魔力切れか、まずいな。


 魔力切れは、ただ切れただけなら休むことで回復するのだが、気を失った場合は生命を脅かす緊急事態の可能性があるのだ。


 フィフィが、自分の腕の中で力なくぐったりしている。

 どうしても最悪の事態を想像してしまう。


 やっと見つけた唯一なんだ。


 このままフィフィが目を覚まさない、なんてことがあってはならない。



 ダメだ、ダメなんだ!

 俺が助かっても君が隣にいないのなら、意味がないんだ。

 

 俺の魔力を譲渡する!

 君を助けるためだ。許せ!


 抱きかかえているフィフィの顔に自分の顔を近づけ、唇を重ねる。口移しで魔力を譲渡するのだ。

 

 キスによる魔力譲渡は、危篤状態を抜け、顔色が戻るまで続ける必要がある。

 ある程度時間もかかってしまうかもしれない。


 ……


 腕の中のフィフィの顔に色が戻ってきたところで唇を離す。

 ああ、よかった。もう大丈夫だ。


 ほっとすると同時に、ある事実に気づく。


「……ソフィア嬢は?」


 周囲を見渡すとほかに人影はないようだ。ただ、いつもソフィア嬢が身に着けていたカチューシャが落ちているのに気が付いた。


 ダンスパーティーでも着けていたな。

 このカチューシャ……


 ある一つの可能性を検証するため、腕の中にいるフィフィにカチューシャを着ける。

 すると、フィフィがみるみるソフィア嬢の容姿に、プラチナブロンドの髪もブラウンへと変化していく。


「ソフィア嬢……」


 つまり、このカチューシャは見た目を変える魔道具だったということだ。

 

 そうか。そういうことか。


 やっと、やっと突き止められた。


 嬉しさがじわじわ沁みて来る。


 フィフィ、いやソフィア・エトワール侯爵令嬢、これで君を正式に俺の妃にするため動くことができる。

 もう逃がさないよ。

 ソフィアを抱いている腕に力を込める。


 

 ふとソフィアの顔を見ると、さっきまで落ち着いていた表情が辛そうなものに変わっていた。


 ん? フィフィに与えた魔力が減っている?

 魔道具がフィフィの魔力を使っているのか。

 魔力切れを起こしたフィフィには負担になるから、今は外しておいた方がいいだろう。

 取られてしまった魔力をもう一度補わないと。


 レオナルドは、ソフィアからカチューシャを取ると、髪を手ぐしで直し、もう一度唇を重ねる。


 魔力の補充だからね。


 でも、ああ、柔らかい。ずっとこうしていたい。

 髪もシルクのように滑らかで手触りがいい。一晩中でも撫でていられる。




 フィフィはソフィア嬢だった。

 魔道具で素顔を隠していた。

 この二つのピースが揃うことで、今までの疑問がすべて解決していく。


 最初のゲームで負けた理由。

 どんなに探しても見つからない理由。

 マクシミリアン卿――いや義兄上あにうえと呼ばせてもらおう――がフィフィにそっくりな理由。

 小さい頃の髪の色、自己評価が低いこと、今までの違和感もすべて解消だ。


「フィフィ、君は俺のものだ」


 ミールに導かれて出会った俺の唯一。残念ながら自分も歴代の皇帝たちと同じで一目ぼれだった。

 フィフィは、美しいのは言うまでもなく、学力・魔力も高い。高位貴族ゆえ身分もふさわしい。なんなら王子妃教育もほぼ終わっていてあとは帝国の皇太子妃としての教育を追加するだけ。ダンスに至っては帝国の振付も完璧で、誰よりも踊りやすい。

 ああ、君はもう俺のために存在しているとしか思えない。

 さらにミールに触れることから魔力の相性がいい。つまりは夜も……。

 こんなに恵まれていていいのだろうか。


 そしてフィフィから感じるいい香り。首筋あたりが強めに感じる。

 そういえば最初にソフィア嬢とダンスをした時にも、ほのかだったがこんな香りだったと思う。魔道具のせいで匂いが薄まっていたということか?

 ずっと嗅いでいたいが、これは危険な香りだからもうやめておこう。


 しかし、このカチューシャは体型まで変えてしまうのか。恐ろしい魔道具だ。

 フィフィの細い腰に手をまわしながら、ちらっと胸元に目線が行ってしまう。

 カチューシャをつけたソフィア嬢はこれから成長するタイプ? に見えていたが、フィフィは女性らしい色気もあってプロポーションも俺好み……。


 と思ったところで目を逸らす。これ以上見ていてはいろいろ限界だ。

 ああ、フィフィのすべてを手に入れる日が待ち遠しいな。

 そう心から、心から切に思うレオナルドだった。



 どのくらい時間がたったのか、ガヤガヤ人の声が近づいてきた。

 上からではなく、横からだ。おそらく一番安全なルートを使って救助が来たようだ。


 急いでフィフィにカチューシャをつける。

 俺のフィフィをほかの男たちの目に触れさせるわけにはいかないからな。


 レオナルドは救助隊に向かって声を出し、居場所を伝える。



 レオナルドの遭難を聞いて急遽救助隊に同行することになった側近のルイスは、レオナルドの無事がわかりほっとするが、木の幹にもたれるレオナルドの姿を見て表情が凍り付いた。


 レオナルドが、気を失ったソフィア嬢をまるで宝物を包むかのように抱きかかえていたからだ。


 えっ? それソフィア嬢でしょ?


 しかも髪の毛をなで、頭にキスしたりしている。


 は? レオ様に似た別人?


 さらにはソフィア嬢をだれにも触らせず、自分が病院まで抱きかかえていくと我儘を言う。

 

 あんたも運ばれる側!



 結局、救助隊に同行していた回復魔導士にその場で回復済みのお墨付きをもらい、レオナルド自身がソフィアを病院に連れて行くこととなった。



 その後、フィフィの正体がソフィア嬢だったということ、そして、今回の一部始終を無理やり聞き出したルイスは、ジト目でレオナルドに言った。


「魔力の譲渡は、手をつなぐだけでできますよね?」

「……」

 レオナルドは目を逸らした。


 確信犯か。


 レオナルドの名誉のために補足しておくが、この世界では、緊急時は口移しの方が効果的かもというもあるにはあるらしい。

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