11 ダンスパーティー

 音楽祭の後、ダンスパーティーの時間になり、ドレスに着替えたソフィアは兄マクシミリアンのエスコートを受けて入場した。

 カチューシャはいつものあれだったが、ヘアアレンジで目立たなくしている。


 兄マクシミリアンが現れた時点で、会場中の令嬢から黄色い悲鳴が上がった。学生の立場ではなかなかお目にかかることができないマクシミリアンに注目が集まる。


「あれが噂のマクシミリアン様ね」

「まぶしい! キラキラしていてまぶしいですわ」

「う、美しすぎますわ」

「「「眼福ですわ~~~」」」


 さすが、マックス兄さま。注目度が高いわ。の私とは大違いね。


 エリザベスとマリアベルとも無事合流したところで、3人は疑問に思った。

 だれもダミアンのエスコートを受けていないのだ。


「あれ、今日はマリィがダミアン殿下のエスコートを受けているものと……」

「まさか……まさかよね」


 にわかに入り口付近が騒がしくなった。

 ダミアンがリリアーヌをエスコートして入場したのだ。リリアーヌは場違いなデザインの真っ赤なドレスを着てドヤ顔なのだが、みんなが呆れた目で見ていることに気づかない。


 ダミアンとリリアーヌは、3人の姿を認めるとまっすぐに向かって来た。


「おい、お前たち。自分の行動が恥ずかしくないのか!」

 ダミアンが急に大きな声で話し出すと、会場中が静かになった。一斉に注目を浴びる。


「お前たちはこのリリアーヌを仲間はずれにし、意地悪で音楽祭に参加させなかった。さらには演奏が下手くそだ、平民あがりがおこがましいと馬鹿にして見下した。そんな心根のお前たちはこの私の婚約者候補にふさわしくない! 王家の名において、お前たち3人を婚約者の候補から外す。つまり婚約者候補を白紙とする!!」


 いきなりの婚約者候補白紙発言に、会場内は時間が止まったかのようだ。


 3人は目配せをしてうなずき合う。そしてエリザベスが口を開いた。

「かしこまりました。私たち3人はこの婚約者候補の白紙撤回を謹んでお受けいたします」

「素直に受け入れるとは、やはりリリアーヌに対する態度は事実なのだな」


 そこは反論が必要だろう。マリアベルが説明する。

「白紙撤回は受け入れますが、私たちはリリアーヌ嬢を仲間はずれにした覚えはございません。音楽祭の5日前に私たちの三重奏を自分を入れて四重奏にするようリリアーヌ嬢が希望しました。でも今回は難易度が高めの曲です。あと4日で急に一人追加するのは常識的に無理ではございませんか?」


 それを聞いていた何人かの生徒や親たちがうなずいている。


「そうやって私のレベルが低いことをバカにするんです。くすん」

 リリアーヌが悲しそうに、いかにも自分に非はないような顔をしてダミアンにすがっている。

「それなら簡単な曲に変更すればよかったのだ」


「3年生が演奏できるのはある程度の難易度が必要というルールがございます。しかも、今回は3年間同じクラスで過ごしてきた気心知れたクラスメイトとしてエントリーしました。ほとんど話をしたことのない1年生のリリアーヌ嬢を演奏者に加えなければならない理由はございません」


「むむ……。だが、妃教育の場では、リリアーヌだけ歩かせたりきつい姿勢を強要したりしていたと聞く。お前たちはただ座って本を読んでいたと。こんなひどいイジメを見逃すわけにはいかない」


 静かだった会場が少しだけざわつく。

「リリアーヌ嬢が妃教育?」

「どういうこと?」

「男爵令嬢って王子妃になれるの?」


 少しざわざわした中、ソフィアが反応する。

「お言葉ですが、リリアーヌ嬢には貴族令嬢として歩き方と姿勢の矯正が必要だと、先生が判断いたしましたの。その間、私たちは自習をすることになりましたわ」


「なんだ、妃教育をリリアーヌ嬢が邪魔していたんじゃないか」

「歩き方とか姿勢って何歳児だよ」

 その場にいた誰かがつぶやいた。


「つまりリリアーヌ嬢一人だけにやらせていたのではなく、リリアーヌ嬢だけに必要なレッスンだったということです。それを仲間外れや意地悪と言われましても私たちも困りますわ」


 締めくくりはエリザベスだ。

「意地悪などした覚えはございませんが、王家の名のもとにされた婚約者候補の白紙撤回の宣言です。これは覆すことができないということでよろしいですね」

「そ、そうだ。お前たちはもう私とは関係がない存在だ!」

「「「かしこまりました(喜んで!)」」」



 静まり返った会場で、「た、大変だ、スクープだ!」と叫んで新聞社の記者らしき人が会場を飛び出していくと、周りが再びざわざわし始めた。



「ということは、3人ともフリーか」

「エリザベス嬢はこれから婿を取る可能性が出てきたか? 俺、立候補したい」

「あこがれのマリアベル嬢にデートを申し込むチャンスだ」

「ソフィア嬢をぜひわが侯爵家の嫁に迎えたい」

「息子よ、早くダンスの申し込みをして来い」

「うちも遅れるわけにいかない。早くいけ」

「ちゃんとアピールするんだぞ」

 あっという間に3人は令息たちに囲まれてしまった。上は卒業生から下は1年生まで多々いるようだ。


 ダミアンとリリアーヌは何やら外野で叫んでいるが騒ぎにかき消されて聞こえてこない。


 数分後にはエリザベスとマリアベルの前にはダンスやらデートやらの申し込みの行列ができていた。


 ただ、ソフィアの前には誰も並ぶことはなかった。少し離れたところからこちらを見ている令息は何人かいたけど。


 まあ、私はぱっとしない存在ですもの。しばらくフリーでのんびり過ごしたいわ。


 実はソフィアに話しかけたい令息たちはいたのだが、ソフィアの隣に立っていた兄マクシミリアンが絶対零度の威圧のオーラを放っており、遠巻きにするしかなかったのだ。



 レオナルドは、その一部始終を見ていたが、婚約者候補が白紙になったことの驚きよりも、ソフィアの兄マクシミリアンを見て衝撃を受けていた。


「似ている。あの令嬢が男だったら彼になると言ってもいいくらい似ている。ルイス、エトワール侯爵家の血縁から年頃の令嬢がいないか調べるんだ」

「承知しました」


 その後、王妃様が来賓として入場し、婚約者の白紙撤回騒動を聞くや否や、鬼の形相でダミアンを連れ帰った。

 結局ダンスパーティーは曲が流れることもなく解散となった。


「マックス兄さま、もう帰りましょう」

「そうだな。今日は金曜日だしタウンハウスの方に帰ろうか。父上にも報告しなければならない」

 ソフィアが頷くと二人は会場を後にした。

 少しだけ、レオナルドと約束したダンスが実現しなかったことが残念に思いながら…。



 馬車の中で……

「マックス兄さま、私、心残りが一つございますわ」

「どうした?」

「パーティーのスイーツコーナーを楽しみにしていましたの」

「そんなことか、近日中に同じメニューを侯爵家で用意しよう。せっかくだからエリザベス嬢やマリアベル嬢に声をかけてお茶会でもするかい? 」

「はい。うれしいです。マックス兄さま大好き!」

「まかせておけ!」

 妹にとことん甘いマクシミリアンだった。

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