第23話 二年生 1月

大晦日の日、夜の10時にバイトが終わり、駐車場に向かうとゲンの車が待ってくれていた。

「ごめんなぁ、なんか正月は人が足りないらしくて、10時までバイトになっちゃって」

「大丈夫、今から出発するので、ちょうどいいくらいじゃないか」

というので、いいのだろう。

車内を覗くと、助手席に紘美がいた。

「由衣夏ちゃん、ここでバイトしてんのやね」

「せやねん、田舎やから客も少なくて、めっちゃ暇よ」

後部座席にはゲンの友だちと思われる男子が座っていた。

「あら、こんばんは、初めまして」

「あ、ご丁寧に、こちらこそ〜」

と言って挨拶を交わした。

そういえばさっき缶コーヒーを買っていった人だ。

近所では見かけない、ずいぶんとすらっと背の高い人だなあと思っていたが、ゲンの友だちだったのか。

「あなたもホストしてるの?」

と聞くと、自分は違うと言う。

酒に弱いから無理だそうだ。

なかなかの長身のイケメンなのに、もったいない。

うどんが好きで、うどん屋で働いてるそうだ。

「えっ、ホールですか?」

色白なので着物とか似合いそうだと思った。

看板娘、ならぬ看板イケメンで店が繁盛しそうだ。

「いや、麺打ちの方です」

それがとても楽しいそうだ。

「おうどんとか白いものばっかり食べてると、そんな風に美白になれますかねえ?」

と言うと、

「なかなか、面白いこと言う人ですねえ」

と、おっとりとした返事が返ってきた。

「ゲンの友だちってことは、あなたも京都の人?」

そうだと言う。

中学生の頃から、ずっと仲がいいそうだ。

ゲンの友だちを初めて見たが、なんとなくもっと不良で気性の荒い、男くさい「漢」という字の似合いそうな人を想像していたから、こんなちょっとはんなりしたような柔和な男性と仲がいいとは予想外だった。

いや、こういうおっとりとした性格でないと、ゲンと意見がぶつかって喧嘩になるのだろう。

それでこれからどこへ行くんだろう。

富士山を見たいとは言ったが。

「眠けりゃ寝てくれてかまわないぜ。

 オレは昼間寝てたから」

ゲンはそう言ってくれた。

「それじゃあ、遠慮なく」

と、うどん男子はさっさと眠る気でいるようだ。

由衣夏はちょっと申し訳なく思い、しばらく起きていたが、夜で外の景色も見ることができないから、起きていても退屈だし、自分が起きていると紘美とゲンが話しづらいかもしれないから、わたしも早く寝た方がいいかも、と思い、目をつぶった。

知らぬ間に本当に眠っていたようだ。

「いつまで寝てるんだ。お前が見たいって言ったんだぜ。

 そろそろ起きろよ、ちょうど見頃だぜ」

ゲンに起こされ目を開くと、広い駐車場のようなところで、周りに車がたくさん停まっていた。

周りをキョロキョロ見回すと、朝焼けに富士山がぼうっと浮かんでいた。

雪が積もっているところが白く浮き上がるように光っていて、幻想的で美しかった。

「うわああ、綺麗!」

紘美はアスファルトに三角すわりをして富士山を眺めながら、缶コーヒーを飲んでいた。

「これくらいの距離でも、こんなすごいんだね。

 やっぱり富士山って、日本一って言われるのが、なんかわかったわ」

「もうちょっと眺めたら、次の予定があっから、今のうちにしっかり見とけよ」

「うん、ありがとう。

 思った以上にすごいわ」

富士山を目に焼き付けたかったので、ゲンの顔を見ないで返事をしてしまった。

しばらく眺め、トイレを済ませたら、また車を走らせた。

「ゲンはずっと運転してて、疲れてない?

 大丈夫なん?」

「ゲンはなあ、自分で運転するのが好きやから。

 ぼくも免許は持ってるけど、一緒にいるときは運転させてもらったことないねん」

「へえ〜。運転好きなんやねえ」

「高校のときは、レーサーになろうかなとか言ってたくらいやもん」

「オレ無理なんだよ、他人の運転してる車に乗るの。

 しんどくても運転しちまうんだよなあ」

由衣夏には自分が運転する方がイヤだったが、運転が好きな人っていうのは、自分がハンドルを握りたがるものなんだろう。

「運転うまいし、ゲンが運転してくれると安心やわ」

そう言うと、なぜか車内がシンとしてしまった。

?と不思議に思っていると、

「次はお前のリクエストを叶えに行くからな」

と、紘美に向かって言う。

あの間はなんだったんだろう、と気になったが、次にどこに行くかも楽しみだった。

紘美はどこに行きたいとお願いしたのだろう。

着いたところは、高級そうなホテルだった。

車を停めると、スタスタと中へ入っていく。

どうやらこのホテルの中の喫茶店が紘美のリクエストのようだ。

「これこれ〜、これが食べたいねん」

喫茶店の前のメニューを見て紘美が声を上げる。

中に入ると、ものすごく高級でオシャレな場所だった。

座席の間隔も広く、ゆったりとひとりずつソファに座れる。

由衣夏が自分がつまみ出されないかとビクビクしたが、大丈夫だった。

紘美はここのアフタヌーンティーが食べたかったそうだ。

アフタヌーンティーと言っても、まだ11時過ぎだったが、由衣夏以外誰も時間など気にしてなさそうだった。

世間の時間がどうであれ、自分が好きな時間に、自分の食べたいものを食べ、自分のしたいことをする、それが当たり前、な感覚の人間が揃っているようだ。

学校に合わせて生きるのが当たり前になっていて、何もかも自分で考えて決めることなく生きていたことを思い知らされる。

オブジェのように色んなケーキを飾り付けられた、アート作品のようなティーセットが運ばれてきた。

うどん男子は甘党のようだ。

由衣夏より嬉しそうにしている。

そういえば礼次郎も甘いものが好きで、何度かケーキを食べに行ったなあ、と思い出した。

このティーセットは、それの数倍もお高そうだった。

「ねえ、これ、こんなすごいの・・・」

由衣夏が値段を気にしていると、

「気にすんな。ホストの稼ぎが入ったばっかりなんだ」

とゲンが言ってくれた。

ずっと運転してくれた上に、こんな高級なティーセットまで食べさせていただけるとは。

ガソリン代やら、高速料金も払ってくれているのだろう。

このティーセットは由衣夏のためではなく、紘美のためで、偶然一緒に連れて来てもらえたらから、そのおこぼれにあずかれただけだ。

そう思っておこう。


帰りは由衣夏を一番最初にコンビニの駐車場へ送ってくれた。

ありがとう、と言って別れた。

次はきっと紘美なんだろう。

うどん男子とは仲はいいみたいだが、一緒に音楽活動していないようだった。

まあ自分が余計な口出しをする資格はない。

ゲンのことだから頑張っているだろう。

自分は何が好きなんだろう。

心理学を学びたいと思っているが、学んだ先に、カウンセラーになりたいとか、何がしたい、と思うことがない。

ずっとずっと研究する、と言う道もあるだろうが、そこまで自分が優秀だとは思えなかった。

ルネサンスが好き、礼次郎が好き、紘美が好き。

ゲンといると楽しい、紗栄子と話すのも楽しい、ユウと話すのも楽しい。

ゲンと一緒にいると、自分が知らぬ間に作っていた制限を突破できそうな気持ちになれる。

触れ合いたいとは思わないが、新しい自分に出会えそうな気持ちになれて、一緒にいたい、とは思う。

これは、何という気持ちなのだろう。

ゲンは、自分の周りにいる人間の中で、一番男らしいと思う。

無謀・・・という男らしさの一面を持っているように思う。

無謀なせいでケガをしたりするだろうが、限界を超えるには必要な要素だと思うのだ。

ゲンといると、面白いものが見れそう・・・そんな気持ちにさせてくれる存在なのだ。


バイト先の駐車場に戻った時、いちおうコンビニの中に行き、店長に戻りましたと挨拶をした。

店長から、あの男の子とは付き合っているのか、と聞かれたが、友だちの彼氏で、この道をよく通るから、気が向いたら寄ってくれるのだ、と話した。

車の運転が趣味みたいです、と言ったら、店長が、

「あの人の本当の趣味は、運転やなくて、改造、やと思うで」

と、言われた。

それは気がつかなかった。

改造、という言葉を言う時、由衣夏の顔をじっと見て言ったので、なんだろうと気になったが、どういう意味だかわからなかった。

店長はまだ仕事中だったので、その日は帰ることにした。

明日からスノボに行くので、旅支度をしなくてはいけなかったのだ。







 



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