第22話 二年生 12月

12月には、クリスマス、と言うイベントがある。

イブには、期末試験も終わり、冬休みに入っているから、心置きなく羽を伸ばせる。

去年の自分は、コンビニのアルバイトをしていた。

彼氏のいる子はデートだろう。

彼氏のいない子たちがケーキバイキングとか、カラオケを借りて盛り上がろうとか、みんなそれぞれにいろんな計画をしているのが聞こえた。

紘美はゲンと一緒に過ごすだろう。

自分と礼次郎は、どうなんだろう。

礼次郎は一緒に住んでいる人と過ごすのかなあ。

きっとそうなんだろうな。

夜は難しくても、イブのお昼にケーキを食べに行くくらいは無理だろうか。

それに自分も、クリスマスイブに晩ごはんを外で食べるとなると、親に何か言われそうだし、お昼間だけでも会えればそれで良かった。

そう思ってラインを入れてみた。

礼次郎はクリスマスのことなんて、まったく頭になかったようだが、昼間にケーキを食べるのは付き合える、と言ってくれた。

由衣夏は恋人っぽいことが出来そうで嬉しかった。

プレゼントとかは、正式に付き合ってるわけでもないし、やめておくのが無難だろうか。

悩みに悩んで、結局マフラーを買って渡すことにした。

ファンとかからもらう可能性もあるが、ベルトやアクセサリーなどは、好みがあるだろうし、よくわからない。

マフラーも、真っ黒いものにした。

これなら受け取るほうも気が楽だろう。

きっと礼次郎からは何もないだろうが、何ももらえなくてもかまわない、と思っていた。

今年のクリスマスはアルバイトしない、と言ったら、母が今年はケーキがもらえないのか、と残念がっていた。


待ち合わせの場所に行くと、礼次郎が先についていて、今日も薔薇を一本持っていて、由衣夏にくれた。

今日は華やかな青味ピンクの薔薇だった。

イブピアッチェという名前らしい。

由衣夏が香水とかいい香りのするものが好きみたいだから、花屋さんで一番いい香りの薔薇をくださいと言ったら、これをすすめられたそうだ。

花をもらうと、女の子として扱ってもらえていると言う実感が湧いて、とても嬉しい。

由衣夏は礼次郎の好きそうな、清楚な水色のワンピースに、パールのアクセサリーをつけ、白いコートを着ていた。

髪は巻いたり、染めたり、派手なアクセサリーをつけたりせず、ツヤツヤストレートにブローをしておろしておいた。

由衣夏を見たときの礼次郎の表情を見て、成功した!と感じた。

悔しいが、あの女子アナを何度も見て研究したのだ。

録画までした。

礼次郎のために、嫌いな女をじっと見つめ続け研究したのだ。

役に立ってくれたようだから、今日だけは礼を言ってやってもいいと思った。

喫茶店に向かって街を歩くとき、手を繋いでくれた。

よっぽど今日の由衣夏のスタイルが気に入ってくれたらしい。

「寒いけど、大丈夫?」

と由衣夏を見つめて聞いてくれる。

「大丈夫」

そう言って、手を握りかえす。

女の子に生まれて良かった、と思った。

今、礼次郎の視線は、自分だけのものだ。


礼次郎は年末年始は地元に帰るというので、初詣は一緒に行けないようだ。

残念だったが、ということは、今年の年末年始もアルバイトだな。

年末年始にシフトを入れると、店長に喜んでもらえる。

お年玉ももらえるし。

大学生は、お正月は休みたい子が多いそうだ。

実家暮らしだし、帰る地元もないのだから、由衣夏はバイトに精を出すことに決めた。

そう決めたバイト帰り、またクラクションが鳴らされた。

窓から車内を覗き込み、手を振って助手席に乗る。

こんな風に待たれていると、自分に気があるのかな、と思いそうだが、ゲンはそう言う性格ではなさそうなのは、もうわかっていた。

今日はわたしを待っているが、昨日や明日は誰に同じことをしているのか、わかったもんじゃない。

いちいち気があるのかも、とか、昨日は何やってたの、とか、ゲンの行動に反応してやきもきするのは時間の無駄に思える。

そして、車を持っている男は、行動範囲が広い。

終電、という時間制限がないから、時間を気にすることなく外にいる。

自分の気分次第でどこへでも行ってしまうのだ。

「おう」

「おう」

「お前さ、女がおう、って言うか?」

「ふふん、ねえ、クリスマス、紘美をどこに連れて行ってやったの?」

「クリスマス?

 仕事してたぜ」

「え?デートじゃないの?」

「クリスマスってなあ、店が一番稼げる時なんだぜ、デートなんかしねえよ」

まあ、そうは言っても昼間は何をやってるか、わかったもんじゃないが。

「店で三角の帽子かぶって、クリスマスパーティやって。

 ボトル入れてくれる客が多いんだぜ」

「へー。

 かぶったの?三角帽子」

「あたり前じゃん」

想像したら笑えた。

ホストの仕事を始めてから、ゲンはサングラスをかけていることが増えた。

「ねー、それずっとかけてるの、夜だけど見えてるの?」

「ん?大丈夫だよ」

外す気はまったくなさそうだ。

「お前は正月、どうすんだ」

「んー、お昼間はバイトだけど、他は何もないなあ。

 餅とか食べ過ぎてデブらないか、心配。

 そっちも仕事?」

「流石に正月は店も休みなんだけど、予定がないならどっかドライブがてら遠出に連れてってやろうか?」

「わーい。

 あのさあ、富士山が見てみたい」

「え?」

「富士山、新幹線の窓からしか見たことないねん。

 登るのはイヤだけど、もうちょっと近くで見てみたいなあって思ってて。

 あんまり近くで見ると、石だらけで綺麗じゃないって聞いたことある。

 日本画みたいに全体を綺麗に見れる場所ってどっかある?」

「富士山ねえ、車で走ってると、まあまあ近くで見れるところあるぜ」

「そこでいいや、見てどうするわけでもないけど、見てみたいんだもん」

「そんなもん、おやすいご用だ」

「ねえ、またふたりで行ったら、紘美に怒られない?」

「わざわざ言う気もないけど、あいつも誘ってみるか?」

そういうわけで、正月は富士山をまあまあ近くで見るドライブに出かけることになった。

淋しいお正月にならずに済みそうで良かった。


礼次郎と違って、ゲンの好みのタイプがよくわからない。

礼次郎ははっきりと好みのタイプがあるが、ゲンはどうしても無理な相手以外、女性でさえあれば誰とでも付き合えそうに思えた。

由衣夏は正月明けにスノボに行くことになっていた。

特にスノボが好きなわけではなく、一面の雪景色を見てみたいと思ったのだ。

ちょうど隣にいたグループの子が、誰かスノボに来ないかクラス中に聞いて回っていた。

3人でスノボに行くことが決まったが、ひとりあぶれてしまいそうだから、もうひとり誰か来てほしい、と言っていたので由衣夏が名乗りを上げたのだ。

礼次郎はスノボに行くような女子ってどう思うんだろう。

スノボに行くくらいで嫌いになったりはしないだろうが。

旅行プランは、その子に任せっぱなしでいた。

スノボは初めてで、何も持ってなかったから全部レンタルで頼んでいたが、どんなプランがあるのか気になったので、学校帰りに乗り換えの梅田で旅行会社に寄って、スノボのカタログを見てみようと思った。

旅行代理店を見つけ、近づくと、シーズンのせいかスノボ旅行のカタログが一番前にあった。

由衣夏がカタログに手を伸ばした時、

「えっ、スノボ?」

という声が後ろから聞こえた。

振り返ると、しまった、という顔をした男子が立っていた。

男子は言い訳をするように、

「久しぶりに梅田に来て歩いていたら、変なファッションの人が旅行会社に入っていくから、一体こんな人がどこへ旅行に行くんだろうと思って見てただけだよ」

と言う。

変なファッション・・・どう思われようと気にならなかったが、そんなに気になって後をつけるほど変だったか。

今日の由衣夏のファッションは、紘美のチョイスだった。

学校でネット通販のカタログが回っていて、紘美にどれがいいと思うか聞いてみたら、赤と青の横縞に紫色のトカゲがぶっ飛んでる模様のトップスを指さされ、絶対これがいいと言われたので、買って着て見せてやったのだ。

それにプラス、グリーンのサングラスをかけて、ゴールドのネックレスをしていた。

「それ、いったいどこでそんなの見つけたんだよ。

 しかも、それとそれを組み合わせるって、どういうセンスしてるの」

と言うが、相手もお前が言うな!と思うような、なかなかのぶっ飛んだセンスの持ち主だった。

いつの時代の少女漫画の王子様か、と思うような大きなフリルがビラビラと襟元にも袖にもついた白いブラウ氏を着て、黒いベルベットのリボンを襟に結んでいる。

その上にファーがボリュームたっぷりについたふわふわのポンチョのようなものを羽織っていた。

ズボンも乗馬っぽい濃い緑のパンツに、長い茶色のブーツを履いている。

目はブルーのカラコンをしているので、何かのコスプレイヤーかもしれない。

「あんたこそ、そのひらひらなブラウス、どこで買ってんの?

 なんていうの、ヴィクトリアン時代のファッションっぽいね」

そう聞くと、自分でデザインして作ったと言う。

服飾系の専門学校生だろうか。

自分で作るとは恐れ入った。

由衣夏は素直に負けを認め、変なファッションと言ったことを怒らないことにした。

「そんな格好した人の口から、ヴィクトリアンなんて単語が出てくるとは、思いもよらなかったな」

と言って、相手も由衣夏の何かに感心したようだ。

「ヴィクトリアンのファッションはよくわからないけど、ルネサンス時代の美術とか好きやねん。パリのノートルダム大聖堂とか、死ぬまでには絶対に行って自分の目で見たいと思ってるねん。

 わたし、誰が好きって、レオナルド・ダヴィンチのめちゃくちゃファンで、あの人、あの時代にヘリコプターとかデッサンしててんで。天才ってすごくない?

 あ、ごめん。

 わたしは普通科の高校生なんやけどさあ、この服は、好きな子が選んでくれたから着てるだけやねん。この前、ちょっと怒らせちゃって、変な服を選ばれたんだけど、それで許してくれるなら、いいやって思って着てるだけ」

「ふうん。そもそもそんなアイテムが載ってるカタログって、なんてブランドだか知らないけど、ぜったい他のブランドに変えた方がいいよ」

「うん、そうするよ。

 でもね、見てる人はどう思うかわかんないけど、着てる方は自分が見えないから、あんまり気になんなかったわ」

「・・・君は、鏡を見ないの?」

「これからは見るようにするね。

 あんたは専門学校生?」

「もう卒業して、今はバンドやってるんだ」

またバンドマンと出会ってしまった。

どうもバンドマンと縁があるようだ。

「へえ、ボーカル?」

「ぼくはギターだよ。一度来てみてよ、人生変わるかもしれないよ」

「えっ、でもあんたのバンドって、そういうあんたみたいなファッションの人が来てるんでしょ? わたし、これだよ?」

と言うと、クスっと笑われた。

「その格好でも大丈夫だよ」

と言って、フライヤーを手渡して去っていった。

紘美の選んでくれた変なファッションのおかげで、またなんだか面白そうな人と出会えたようだ。






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