第24話 二年生 2月

礼次郎はウキウキしていた。

2月が一番好きだと言う。

由衣夏には、言われずともなんとなく理由がわかった。

バレンタインだ。

甘党の礼次郎は、ファンの女の子からチョコレートをたくさん貰うんだろう。

そう言うと、当たっていたようだ。

「うん、まあそうやな。

 でもぼく、きみからは貰おうと思ってへん。

 きみ、まだ高校生やねんから。

 そんなんせえへんでええから。

 働いてるファンの人がくれるから、ほんまにかめへんねんで」

と、言ってくれる。

「ありがとう」

礼次郎の話しぶりから、チョコレート以外にもいろんなものを貰ってそうだなあと思ってしまった。

レイちゃんはこんなに綺麗で可愛くて歌も上手いんだから、こうやってふたりで一緒にいれるだけで、他のファンの女の子より自分はずっと幸せなんだ、と思う。

礼次郎があのアナウンサーが好きだ、と知っているだけで、自分は有利だ。

あのアナウンサーのマネをするだけで、礼次郎は好みのタイプだと思ってくれるのだ。

けっして美人ではなかったが、清楚でフェミニンなファッションが似合う外見で良かった。

ウエストの美しさを強調するために、白のマーメイドスカートと白いブーツを履いていた。

トップスは優しい黄緑のニットにした。

紘美の選んだトカゲのトップスをデートに着たら、どんな反応するだろう。

もう紘美に着ている姿を見せたから、捨ててしまっていたが、あのファッションで思わぬ出会いがあったりもして、ファッションって不思議だ。

今日のようなファッションを着ているだけで、礼次郎は可愛い女の子、として扱ってくれる。

礼次郎のバンドは順調に人気が出ているようだ。

こうやって時々一緒にお茶をしているところを、ファンの人に見られていたようだ。

一度、梅田を歩いていると、礼次郎さんの彼女さんですよね、一緒にお茶してもらえませんか、と話しかけられたことがあった。

礼次郎のネタを知りたいのだろう。

その子は地味なファッションの少し太めの女の子だった。

彼女ではないです、と言ってその場を去ったが、少し嬉しかった。

紘美や礼次郎といった、芸能人並みの顔の美しい人たちと一緒にいて、わかったことがある。

美人は3日で飽きる、と言う言葉がある。

あれは、飽きるんじゃない、慣れる、が正解だ。

いつもあの綺麗な顔を近くで見ていると、それが当たり前になるのだ。

つまり、自分のことは棚に上げて、あのレベルの顔の相手でないと興味が持てなくなってしまうのだ。

これは、恐ろしい。

もしお別れした後、とんでもなく好みのレベルが高くなってしまっているから、次の恋など出来なくなるだろう。

自分の身の丈をわきまえておかねば、お前は十人並みだと心でつぶやきながら、鏡を見る。

礼次郎は、いつかきっと東京へ行ってしまう。

そして、芸能界に入って、可愛い子ばかりがいる世界が当たり前になって、そうなったら、自分のことなんて・・・きっと・・・。


コンビニでバイト中、缶コーヒーを買っていく男性客がいた。

由衣夏はとくに客の顔も見ず、レジを打ってありがとうございました、と言った。

隣で立っていた店長が、

「迎えに来てくれてるんやったら、今日はお客さんも少なそうやし、もう上がってくれてもええよ」

と言った。

「え? 迎え?」

と聞くと、

「今の、迎えに来てくれてる彼氏やったやろ」

ゲンのことを言っているのか?

由衣夏はまったく気がつかなかった。

「えっ、気がつかなかったです。

 そうでしたか?」

そう返事すると、店長はしばらく無言で何かを考えているようだったが、

「今の人は顔をいじったり簡単にしてしもうて、こんなに綺麗になったとかテレビでも言うけど、失敗した話ってのは誰も話さないもんや。

 やるにしても、よく考えてからにしなさい」

そう言われたが、由衣夏には何のことだかわからなかった。

でも、今買い物をしたのがゲンだったなら、なぜ自分は気づかなかったんだろう。

そういえば、最近のゲンの顔の記憶は、ずっとサングラスをかけている顔だった。ゲンの目を見たのって、いつだっただろう。

もしかして、ゲンは整形をしている?

だからわたしはまったく気がつかなかった?

でも店長は気づいたんだ。

わたしもレジを打ってなくて、顔を見ていたら、気づいたかもしれない。

顔を見ていた店長が、あ、整形しはったんや、と思ったんだ。

そういえばお正月にも気になる事を言われた。

その頃には、店長は気づいていたんだ。

改造、と言うのは車の改造かと思っていたが、顔の整形のことだったのか。

ゲンはわたしと違って、無謀なほど行動力がある。

バンドのため・・・と言うか、整形のためにホストになったんだ。

サングラスを外してコーヒーを買っていった。

その時に、なぜゲンは話しかけなかったんだろう。

何かを確認していた?

とりあえず、ゲンより先に紘美に聞きたい、と思った。

その日のバイトの帰り、クラクションは鳴らされなかった。


次の日休み時間に、紘美に聞いてみた。

そうだ、とあっさりゲンの整形を認めた。

ホストになって、顔を少しずつ変わるにつれて、性格もどんどん変わっていった、と言う。

最初はおとなしく紘美の言う事をきいていたそうだ。

顔が良くなっていくにつれて、モテるようになったのか、性格が悪くなっていったそうだ。

しかし、紘美はゲンが好きなように思えた。

性格が悪くなっている、と自分で言っているのに。

紘美の言う、いい、悪い、がよくわからないが、ふたりの関係の主導権がゲンに移っていったのだろう。

ゲンのことは、わたしより紘美の方が一緒にいる時間が長いから、詳しいだろうと思ったが、

「自分と一緒にいない時、どこで誰と何をしているんやろう、て思ったりする」

と言って、少し悲しそうな顔をした。

やっぱり、紘美はゲンを好きになってしまったんだなあ。


梅田でヴィクトリアン王子からもらったフライヤーのライブに、ひとりで行ってみることにしていた。

あのビラビラファッションで、一体どんな音楽をするんだろう、と知りたかったのだ。

場所は京都だったから、昼間は下鴨神社にお参りをして、それからライブ会場へ行った。

京都は礼次郎の活動拠点じゃないので、動きやすいデニムパンツのカジュアルなファッションで行った。

ビラビラなファッションの客ばかりだろう、と思っていたら、やっぱりビラビラなファッションの人が多かった。

普通の地味な格好をしている自分が、逆に目立ってしまっているんじゃないかと心配になった。

ビラビラ王子が見に来るなら楽屋に来てもいいよ、と言ってくれていたので、ライブ前に行ってみることにした。

意外にも、すんなりと通してもらえた。

楽屋って初めて行くが、小さな控え室がいくつかあるみたいだ。

ひとつずつ覗いていく。

その中のひとつから、女性客が廊下まで溢れている楽屋があった。

そこにいるのかもしれない、と思って中を覗くと、紘美と音楽グループのクラスメイトが4人でいた。

紘美は学校では見たことがないようなビラビラのブラウスを着て、バンドのメンバーだと思われる男に話しかけていた。

「えっ、紘美?」

と、思わず声が出てしまった。

わたしの声に、紘美と、一緒に話していた男が振り返る。

・・・メイクをしているが、もしかして、ゲン・・・?

紘美がすうっと目を細め、

「何なん? これ、どういうこと?」

とゲンに言う。

「いや、オレは呼んでないぜ」

と紘美に言っている。

「わたし、ギターの人に呼んでもらって来てん」

「あっ、来てたんだ、こっちこっち」

と、後ろから声が聞こえたので、振り返るとビラビラ王子が、さらにビラビラでキラキラ感というよりゴテゴテという言葉の方がぴったりなほどの派手さが加わった出で立ちで手招きしていた。

紘美たちをとりあえず放って、ビラビラ王子の後についていく。

王子の控え室では、他に客はいなかった。

「今日は君しか楽屋に呼んでないんだ。

 遠慮しなくていいよ。

 さっきの、知り合いなの?」

「うん、びっくりした。

 同じ学校のクラスメイトだよ。

 ねえ、あれ、ゲン?」

王子の付けまつげにまでキラキラがつけられた目を見て言う。

「うちのボーカル。

 あいつと知り合いだったんだ」

「わたしの友だちと付き合ってるよ。

 さっきあそこにいた綺麗な子」

というと、ああ、あれか、とつまらなさそうに言った。

「付き合ってる?

 僕からみると、あれって付き合ってるって言うのかなあ。

 単にグルーピーの中で顔がいいから一番近くに置いてもらってるだけにしか見えないけど」

と、さらりと言う。

由衣夏は驚いた。

王子の目には、紘美は彼女ではなく、一番顔のいいグルーピー、のようだ。

一緒に活動しているメンバーなのだから、女のいない時のゲンのことも知っているだろう。

その王子が言うのだから、本当の可能性がある、と思った。

やっぱりゲンには、他にも女がたくさんいるんだ。

マトモに相手にしなくて正解だった。

さっきの紘美の様子、あれもどうだったんだろう。

紘美はわたしに一切知られないように、何度もライブに来ていたんだ。

秘密にしている、というところが気になった。

もしかして、まだわたしとゲンの浮気を疑っている?

「あんなの、顔はいいかもしれないけど、話してても退屈すぎるよ。

 僕の服を見て即座にヴィクトリアンって単語が出て来たり、ルネサンスの話を語るような、君の方がよっぽど一緒にいておもしろいと思うけど」

と、言ってくれる。

「うん・・・ありがとう。

 実はわたし、前にあの子に顔だけって言っちゃって、嫌われてるんだよね」

「うわ、それはマズイね」

「今日、来てるの知らなくて。

 ゲンがバンドやってるってのは知ってたけど、まさかあんたと同じバンドだなんて」

「そりゃ、僕も君たちが知り合いなんて、今さっき知ったばっかりだもの」

「そうだよね。

 そうだ、もう出番前だよね。

 あんまり邪魔しちゃ悪いから、客席に戻るわ」

「ああ、終わったらこの近くの店で打ち上げに行くんだけど、来る?」

「それって、あの女の子たちも来る?」

「・・・いつも来てる」

「じゃあ、やめとく」

「そっか」

「客席から見てるから、頑張って!じゃね」

と言って、客席へ走っていった。

ゲンの部屋からは賑やかな笑い声が聞こえる。

紘美たちはまだいるみたいだ。

はあ〜、びっくりした。

後ろの方でおとなしく見ていよう。

ゲンたちの演奏が始まった。

周りにいるビラビラ女子たちが、ナントカ様、今日もお美しい!と叫んでいた。

ナントカ様は、ギターのビラビラ王子のことだった。

ビラビラ女子たちは普通体型なのだが、普通体型にビラビラを着ると、ものすごいボリュームが出て、でっかい金魚みたいになるようだ。

王子のようにガリガリなくらい細身でないと、着ても映えないようだ。

あんなに美しく着こなせるなんて、素晴らしい、と褒め称えていた。

そう思ってんなら、お前がもうちょっと痩せて、着こなせよ、と思ってしまったので、由衣夏はビラビラ女子達とは仲良くできなさそうだ、と思った。

紘美たちのグループより前には行かないでおこう、と思っていた。

3列ほど後ろから彼女たちを観察していた。

見ていると、紘美以外は初めてライブに来たように見えた。

ゲンのためにチケットをさばいてあげたんだろう。

紘美が由衣夏に秘密にしていたことを、責めるつもりはなかった。

由衣夏も礼次郎のこととか、王子に偶然会ったこと、ゲンがバイト先に時々姿を見せることなど、学校では何も話していないからだ。

ゲンからもライブを見に来て欲しい、と誘ってくれなかった。

そのことが少し淋しかったが、由衣夏と紘美では、ゲンの中では紘美の方が上のポジションに置いているんだろう。

あの紘美の顔に敵うとはとても思っていない。

明日学校であっても、何もなかったような顔をされるんだろう。

でも、由衣夏に秘密にしていた・・・由衣夏とゲンを合わせたくないって思っているのだ。

由衣夏にとっては紘美は絶対に敵わない相手なのだが、紘美にとってはそうじゃないのかもしれない、と思うと、少し自信が持てそうだ。

相手にされている、のだから。










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