11-2.【事例8】「シュレミール」のゲーム

 さて、この話は、ゲーム分析を行うより、以下の①②を考えると、組織が健全に機能しているのかという組織論で考えたほうが良さそうな事例ですが、ここでは組織論ではなく、あくまで心理学で人間関係を考えてみたいと思います。


 ① A班長は、課長が私を非難した時に「課長、これはこういう事情です」となぜ事実をありのままに釈明してくれなかったのでしょうか?


 ② そもそも、2月の初めから、3月XX日に年次休暇を取ると職場の皆に伝えており、もちろんA班長にも直接何度も伝えていたのに、なぜA班長は課長に、私の年次休暇取得を伝えていなかったのでしょうか?


 ただ、この事例をゲーム分析で考えようとすると、A班長が上記①②の対応をとった原因が不明ですので、さまざまなゲームが想定されてしまいます。そこで、ここではシュレミールというゲームが行われたとして、お話を進めたいと思います。


 専門家の中には、この事例をシュレミールとして捉えることに異議を唱える方もいらっしゃると思いますが、A班長が上記①②の対応をとった理由が当事者の私にもさっぱり分かりませんので、一つの仮説としてご容赦をいただきたいと思います。


 さて、シュレミールとはどのようなゲームなのでしょうか? 


 シュレミール(Schlemiel)というのは、東ヨーロッパのユダヤ人社会で通用するイーディッシュ語の俗語で、訳しにくい独特の意味を持っています。が、あえて日本語にすると、「うすのろ」というような人のよい間抜けな人を指します。


 例えば、公的なパーティーの席で、X氏が飲み物をこぼし、女性のYさんの大切なドレスを汚してしまったとします。Yさんは当然ムッとしますが、公的なパーティーの席で変な怒り方もできないので、肝要な態度を示します。X氏は「すみません」とYさんに謝りますが、パーティーの席で何ともバツが悪い思いをします。


 そこで、X氏はそのあと、植木鉢につまずいたり、灰皿をひっくり返したりといった、ばかげた失敗をわざと繰り返し、その都度「すみません」と周囲の人に謝ることで、「自分はあわて者なので許していただきたい」というアピールをします。それを見て、Yさんは心の底は怒り狂っても、表向きは平然と寛容な態度を示し続けざるを得なくなるのです。これが、X氏が仕掛けるシュレミールというゲームなのです。


 X氏は、このように馬鹿げた振る舞いを繰り返すことで、彼はああいう人なのだと他者に思い込ませて、他者が自分を許さないわけにはいかないという状況を作り出すことができるのです。こうして、最終的にX氏は、ドレスを汚してしまったことをYさんに許してもらおうとするのです。これが、シュレミールというゲームを行うことで、X氏が得られるメリットというわけです。


 それでは、私の事例を見てみましょう。X氏がA班長に、ドレスを汚された女性のYさんが私に該当します。


 A班長が課長に、私が3月XX日に年次休暇を取るということを伝えていなかったのは間違いありませんが、これは単純に伝え忘れていたものとも考えられます。部下が年次休暇をとることを意図して課長に伝えなかったとしても、誰も得する人間はいませんので。


 以下は、私の推測です。


 そして、当日、課長が私の行動を見て、「永嶋は朝出勤して、やることがないから、勝手に許可なく年次休暇を取得した」と思い違いをし、A班長に私に注意するように強く言ったのでしょう。おそらく、課長の言い方には、私の上司であるA班長への非難(例えば、部下の管理はどうなっているのか等)がかなり含まれていたのではないでしょうか? 


 このため、A班長はとっさに保身を図って、課長に対して「自分も何も知らなかった。今日、永嶋が年次休暇を突然取るなどという行動はまったく予想できなかった。自分も永嶋にしてやられた被害者である」という態度をとり、「悪いのはすべて永嶋」ということにして、課長の自分への非難をかわしたのではないかと推測されるのです。


 この結果、「永嶋が当日、勝手に許可なく年次休暇をとった」というデタラメが真実になってしまい、A班長は、翌朝、課長に言われたことをそのまま私に伝えたのでしょう。A班長としては、自己保身のために真実を課長に言わなかったという負い目がありますので、私がいくら抗議しても「だから、怒るなと言ってるだろう」と繰り返すことで、今度は私の抗議をかわして、悪いのは課長だと私に印象付けたかったのです。


 先ほどのパーティーの例では、X氏は理不尽とは理解しながらも、わざと馬鹿げた行動を繰り返すことで、Yさんの非難を封じて、何をしても許される安全な立場に自分を置いてしまっています。A班長も同様です。私が当日、年次休暇を取ることは百も承知だったわけですから、自己保身を優先して、それを課長に言わなかったという負い目があります。これが、X氏がYさんのドレスに飲み物をこぼしてしまったことと同じ負い目になるわけです。そして、X氏がわざと馬鹿げた行動を繰り返すことで、Yさんの非難を封じたように、A班長は「だから、怒るなと言ってるだろう」という言葉ばかりを繰り返すことで、悪いのは課長であり自分ではないという立場に自分を置いて、私の非難を封じようとしたのです。


 以上は私の推測に過ぎませんが、A班長が自己保身のために、シュレミールというゲームを私に仕掛けたと考えると、今回のわけの分からない事例の説明がつくのです。私はこの推測はたぶん間違っていないだろうと思っています。


 では、このシュレミールを仕掛けられたら、どうしたらよいのでしょうか? 


 バーンは、シュレミールでは、Yさんのように我慢し続ける側も、無意識的な誘惑に駆られてゲームに参加していることになると解釈しています。無意識な誘惑というのは、バーンの言葉では、Yさんのように我慢し続ける側は「自己抑制に苦しむ姿を満足そうに見せびらかしている」ということになります。


 正直、私は、バーンの解釈には少なからず抵抗があります。 


 しかし、我慢し続ける側も、感情を抑制して我慢することで、結局ゲームに参加していることになるという解釈は大変参考になります。つまり、シュレミールを仕掛けられた人が、感情を抑制して我慢しなければ、ゲームは成立しないことになります。


 例えば、Yさんはパーティーという公的な場であることを配慮して、感情を抑制せざるを得なかったわけですが、パーティーの主催者に話をし、主催者からX氏にドレス代を弁償するように話をしてもらうといった毅然とした対応を示すことで、シュレミールを仕掛けたX氏に対抗できることになります。


 では、私の場合はどうでしょうか? A班長は私の直属の上司ですので、いくら抗議しても、暖簾(のれん)に腕押しとかわされてしまうでしょう。この場合、A班長でも課長でもない、第三者に話をして、自分の無実を訴えることができればベストです。このため、会社の中に、そのような味方を作っておくことが大切になります。


 しかし、会社というところは複雑ですので、必ずしも、そのような味方がいるとは限りません。その場合は、残念ですが「このような、つまらない人たちを相手にしても仕方がない」と相手にせずに忘れてしまうことも必要になるのです。


 「シュレミール」のゲームの対処法

 感情を抑制して我慢せずに、第三者に話をして自分の無実を訴え、シュレミールを仕掛けた相手に毅然とした対応を示す。しかし、状況によっては、相手にしないことも大切。

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