11-1.【事例8】消された年次休暇
前回の【事例7】で、工場における化学プラントの定期修理についてご説明しました。
今回もその定期修理に関連するお話です。
当時、私が入社した会社では「新入社員は現場を知らないと話にならない」という考えから、技術系の新入社員は一部を除いて、全員が工場の配属になっていました。
こういう「新入社員は現場を知らないと話にならない」という考え方は『現場主義』と呼ばれ、今ではあまり良くないものとして捉える人もいますが・・・しかし、ここでは、『現場主義』の良し悪しは別にして、お話を進めたいと思います。
さて、そうして『現場主義』に従って、私もある工場に配属されたわけですが、その入社2年目に前回の【事例7】(工事費横領の噂)が起こったという次第です。
このお話も、同じようなころに起こったものです。
当時、工場には担当が分かれたいくつかの設備部隊があったのですが、私の配属されたところは、その工場内に多数ある化学プラントのうち、ある二つの大きな化学プラントを担当する部署でした。その二つの化学プラントは、各々4月と10月に定期修理を行っていました。
【事例7】でお話ししましたように、定期修理期間は約1ヵ月間で、その間には土日返上で工事や修理、設備の検査などが行われます。そのような大規模な作業ですので、約半年を掛けて1回分の定期修理の準備をしていました。このため、私の所属していた部署では、4月に一つのプラントの定期修理が終わると、定期修理終了の翌日には、もう片方のプラントの10月に行われる定期修理の第一回全体準備会議が開かれるといった具合で、休む間もなく多忙を極めていました。
さて、4月の定期修理を目前にしたときのことです。
定期修理が目前に迫った時期ですので、部署全員がいつものように忙しく準備に追われていました。そんな時、私に困った問題が生じました。といっても大きな問題ではなく、前年末に運転免許証の更新を行ったのですが、住所変更手続き書類に不備があり、警察の交通課から3月末までに必要書類をもう一度持ってきてくださいと言われていたのです。郵送はダメということでした。
今は土日でもそういった手続きができるようになっているところが多いようですが、当時はそういった手続きは平日の昼間しか受け付けていませんでした。すなわち、勤めている人は、勤務時間中に対処しなければなりませんでした。
また、私の勤める会社では、工場に従業員が一度入場すると勤務時間が終わるまでは工場の外に出ることは許されず、どうしても用事で外出しなければならないときは、上司に外出の申請書を提出して許可印を押してもらわねばなりませんでした。
すなわち、勤務時間中に「ちょっと歯医者に行ってきます」といって外出するといったことは、基本ルールとして許されていなかったのです。しかも、工場そのものが町からバスで1時間程度かかるような不便な場所にありましたので、もし上司に外出許可をもらって、町中にある警察の交通課に行ったとしても、短時間で戻ってくることは不可能でした。
前置きが長くなりましたが、結局、私は警察の交通課に必要書類を持っていくというだけの用事のために、年次休暇を取得するしか方法がなかったのです。しかし、前述のような超がつく多忙な状況が続いており、なかなか1日の年次休暇を取れる日を捻出することができず、困ってしまったという次第だったのです。
そこで、私は一計を案じました。
平日の3月XX日に年次休暇をとって、警察の交通課に書類を持っていくことを決めたのです。そして、2月の初めから、その3月XX日に会議が入れば、会議を別の日に変更し、また小さな工事が入れば何とか工程を工面し、とにかく3月XX日に年次休暇が取れるように工夫を重ねました。さらに、周囲の人たちや仕事の関係先の人たちにも事情を説明し、3月XX日に仕事が入らないように最大限の努力をしたのです。
当時、私のいた部署では、年次休暇は、前日までに口頭で上司に申告して、許可をもらうというシステムでした。このため、3月XX日の1カ月以上前から、私は上司のA班長に年次休暇の取得を伝えて、許可をもらっておきました。しかし、年次休暇の取得が1カ月以上先では、A班長が忘れてしまう可能性があります。そこで、私はA班長の許可をもらってからも、適宜、A班長や職場の人たちに「3月XX日に年次休暇を取得します」ということを繰り返し話すように配慮したのです。
ここまで読んで、おそらく、他の職種の人や若い方は「たかが1日の年次休暇をとるだけで、なんと大層で融通の利かない話なんだろう。この話は本当だろうか?」と疑問に思われることと思いますが、当時の地方にある化学工場というものは、こんな状況だったのです。
さて、私のこの努力は報われたかのように思われました。3月XX日の前日の夕方には、私は翌日の用事を、ある一件を除いて、完全に済ませていました。
その一件というのは、ある機械メーカーに機械設備を発注していたのですが、その機械メーカーで発注設備の仕様を決めてもらい、その日のうちに、その内容を外注しているエンジニアリング会社に私が連絡するというものでした。その機械は化学プラントの一部として重要なものでした。そして、工程が差し迫っていましたので、その設備の仕様は、3月XX日の前日までに、どうしてもエンジニアリング会社へ送らねばならなかったのです。
さて、XX日の前日のことです。
その機械メーカーからは、昼に「いま、社内で検討しているので、いくら遅くなっても今日中に必ず連絡する」との電話が入っており、私はそれをエンジニアリング会社にも伝えていました。しかし、夜になっても、機械メーカーの担当者からなかなか連絡が来ません。20時ごろになって、やっと電話があったのですが、それは次のようなものでした。
「永嶋さん。いま、設備の仕様を社内で会議を開いて協議しているのだが、意見が
そういう事情ならやむを得ません。私は、機械メーカーの担当者に「承知しました。明日の朝、連絡をお待ちしています。よろしくお願いします」と答え、一方のエンジニアリング会社にもその旨を連絡しました。また、職場の人たちにも事情を伝え、明日は朝から年次休暇で休む予定だったが、その1件だけを片付けるために、朝だけ少し出勤することになったと話をして、その日は残仕事を済ませて帰宅したのです。
さて、3月XX日です。
私が、定時前に出勤すると、少しして約束通り、機械メーカーから設備の仕様の連絡がありました。私はその内容を確認し、エンジニアリング会社に連絡をしました。そして、職場の人たちに「これから予定通り、年次休暇を取ります」と伝えて、工場を出て、警察の交通課に書類を持っていったのです。
問題はその3月XX日の翌日に起こりました。
朝、班ごとに分かれて、その日の業務の確認をしていた時のことです。一通りの業務確認が終わった後、私の上司であるA班長が私にこう言ったのです。
「おい、永嶋。絶対に怒らずに聞けよ。昨日、お前が朝出勤して帰った後で、うちの課長が『永嶋は何だ! 朝来て、今日はやることがないと分かったから、急に予定外の年次休暇をとって、許可もなく休むとは何事か! 年次休暇は認めない。あいつは実にけしからん! 永嶋に二度とこんな真似をしないようによく伝えておけ』と言ったんだ」
もちろん、私は仰天して、A班長に言いました。
「私は2月の初めから『昨日、年次休暇をとる』とみんなに言って、ずっと段取りをしてきたんですよ。昨日の朝、出勤したのも、機械メーカーが徹夜で検討してくれることになったから、やむなく出たんじゃないですか。班長も、それはよく知っていることではないですか」
しかし、A班長は「だから、怒るなと言ってるだろう」と繰り返すだけでした。A班長は、私が何を言っても一切状況を説明しようとはせずに、「だから、怒るなと言ってるだろう」という言葉ばかりを繰り返すだけだったのです。
課長の「私(永嶋)が朝出勤して、やることがないから、許可なく年次休暇を取得した」という言葉自体が、このような課の全員が超多忙な時期に信じられないことなのですが・・・正直言って、私は課長の言葉よりもA班長の対応に疑問を持ちました。
百歩譲って、課長がそういう発言をしたとしても、A班長は「いや、課長。違うんです。それは誤解です。実は永嶋は1カ月以上前から、昨日は年次休暇を取ることを申告していたのですが、機械メーカーの都合で、急遽、朝だけ出社しなければならなくなったのです」と、なぜ事情を説明してくれなかったのでしょうか? 事実をありのままに課長に言うだけなのですが・・・
しかし、私が、A班長にそれを言っても、A班長は「だから、怒るなと言ってるだろう」という言葉ばかりを繰り返すだけで、一切、事情を説明しないのです。
しかし、その日も多忙でした。このため、私はまったく釈然としないながらも、すぐに仕事に没頭するしかありませんでした。課長に「実は・・・」と真実を話しても、事実を確認せずに一方的に私を非難する課長の言動からみて、信用してくれないどころか言い訳をしているとみられるのは間違いないと思い、課長にも何も言いませんでした。
それからは、定期修理の多忙時期に突入してしまい、私は課長に一度も釈明することなく、話は「私が勝手に許可なく年次休暇を取って休んだ」ということで終わってしまいました。
たわいのない話と言ってしまえば、それまでなのですが、私には次のような疑問が残ったのです。
① 前述のように、A班長は、課長が私を非難した時に「課長、これはこういう事情です」となぜ事実を釈明してくれなかったのでしょうか?
② そもそも、2月の初めから、3月XX日に年次休暇を取ると職場の皆に伝えており、もちろんA班長にも直接何度も伝えていたのに、なぜA班長は課長に、私の年次休暇取得を伝えていなかったのでしょうか?
しかし、私は、それからすぐに始まった4月からの定期修理に心身ともに忙殺され、それが終わると今度は10月の定期修理の準備に忙殺されて、事態は結局、課長に釈明するどころか、A班長にも何も確認できないままに終わってしまったのでした。
ストレスだけが私の心に残ったという次第です。
以上が【事例8】の私のストレス体験です。
さて、皆様には、この【事例8】とよく似たご経験はありませんか? また、もし皆様がこの【事例8】の私の立場だったら、皆様はこの事例のストレスから逃れるにはどうしたらいいのでしょうか?
それでは、次回にこの【事例8】を、エリック・バーン(Eric Berne)のゲーム分析で振り返ってみたいと思います。
エリック・バーン(Eric Berne)のゲーム分析につきましては、『2. なぜゲーム分析で人間関係が改善するのでしょうか?』に記載していますので、読者の皆様は適宜読み返していただければ幸いです。
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