7-2.【事例4】「仲間割れ」のゲーム

 さて、この【事例4】は「仲間割れ」というゲームが行われたものです。


 「仲間割れ」のゲームというのは、「あなたとT君はどうなっているの?」とか、「彼はKさんと好い仲だっていう噂よ」といった類の気になる発言をして、男女の仲にトラブルの種をまいたり、仲間同士に意見の対立を起こすような話題を提供するというものです。学校では、女子生徒によって演じられる場合が多いと言われています。


 このゲームでは、自分は噂をまくだけで、あとは勝手に噂が広がり、自然にさまざまなトラブルを発生させることができます。すなわち、自分は絶対に批判にさらされない安全な場所にいて、標的を攻撃することができるという点が、このゲームの大きな特徴なのです。


 このゲームでは、軽い嫉妬心で男女の仲にトラブルの種をまくといったものから、この事例のように、誹謗中傷の文書を密かに回覧するといった極めて陰湿なものまで含まれているのが特徴なのです。


 そして、噂をまく手段として、ときおり「文書」が使われます。学校で、『女子生徒が紙にたわいない噂話を書いて、授業中に先生に分からないように、女子生徒だけの間で、その紙をまわしている』といった光景をご覧になった方も多いと思います。女性の読者の皆様の中には、実際に、そういった紙をまわしたというご経験のある方も多いのではないでしょうか。これが『誹謗中傷の文書を、基本設計グループの各部長の間だけで回覧している』となれば、この【事例4】とそっくりになるわけです。


 さて、この事例を見ていきましょう。


 この【事例4】では、西田さんを誹謗中傷する文書を作成した首謀者は詳細設計グループの誰かだろうとは予想できますが、では、具体的に誰なのかは絶対に分かりません。西田さんの何が気に入らないのかが書かれていれば、ある程度の予想はつくのですが、首謀者は巧妙で、それも書いていません。このため、書いた人間が絶対に分からないように仕組まれています。


 では、こんな相手に対して、どうすれば、ゲームを仕掛けられるのを予防することができるのでしょうか?


 結論を先に書きますと・・残念ながら、このゲームを仕掛けられないようにする手段はありません。


 誰が「仲間割れ」のゲームを仕掛けてきそうかということが予想できれば、ある程度、事前にゲームを仕掛けられるのを防ぐような対策を講じることもできるのですが、このゲームでは相手が分からないケースがほとんどなのです。


 そのため、予防するのではなく、ゲームを仕掛けられた後の対応が大切になります。


 この事例では、西田さんは怪文書自体よりも、怪文書が出されても、自分を守ってくれない上司や同じ部の部長たちの対応に落胆しています。取り分け、上司のA部長が、こんな文書が回覧されているのに、自分には何も教えてくれず、また、自分を守ってくれなかったことに深く落胆しています。


 つまり、このゲームの場合は、いざという時に、身を挺して自分を守ってくれるような人物を作っておくことが最も大切なのです。しかし、これは『言うは易く行うは難し』で、実に難しいのです。


 西田さんの場合ですと、例えば、上司のA部長が「こんな文書が出回っているが、俺は西田君を信頼しているから一切気にするな。俺は君の味方だ」と一言ひとことでいいので言ってくれて、そして、西田さんの眼の前で「怪文書」を破り捨ててくれたならば、西田さんはあんなに苦しまずに済んだことでしょう。


 しかし、A部長はそうしませんでした。なぜでしょうか?


 A部長は「こんな文書は相手にする必要なし」と判断して無視したのかも分かりません。しかし、その無視するという対応が西田さんを苦しめることになったのです。あるいは、A部長に、自分はトラブルに巻き込まれたくないという計算が働いたのかも分かりません。


 ここで、読者の皆様に事例をもう一度、思い起こしていただきたいと思います。


 西田さんを誹謗中傷する「怪文書」は、基本設計グループの各部長に回覧されるようになっていました。西田さんは話してくれませんでしたが、実は、その回覧の順番は、各部長を回って、最後に西田さんの上司のA部長にまわってきたものと思われるのです。


 と、いうのも、当時の私のいた会社では、回覧の最後を、その文書に一番関係が深い人物にしていたからです。つまり、当時、私のいた会社では、回覧文書は、回覧物を読んだ人が捺印して、次ぎの人にまわしていって、一番関係の深い人物に一番最後にまわって、その人が間違いなく全員に回覧されたことを確認していたからなのです。西田さんを誹謗中傷する「怪文書」に一番関係が深い人物は、西田さんの上司のA部長になります。したがって、A部長が一番最後に「怪文書」を読むように回覧されていた可能性が高いのです。


 西田さんが「怪文書」を見つけたのは、A部長の机の上でした。このため、西田さんが「怪文書」を見つけたときには、回覧は既に終了していたと思われるのです。


 と、いうことは、A部長を含め、基本設計グループの各部長は誰一人として、こんな文書の回覧を中止したり、文書を破り捨てたりせずに、回覧を行ったということになります。もちろん、回覧の途中で、西田さんにそっと文書を見せてくれる部長も、誰一人いなかったということになります。


 つまり、誰しも、これが西田さんを誹謗中傷する文書だと分かっていながら、文書は回覧されていったのです。


 このことは、いったい何を意味するのでしょうか?


 人間は誰しも面倒に巻き込まれたくありません。まして、その面倒が他人のこととなると、自分の身を挺しても、その人を守ってやろうという人間を見つけることは極めて困難だと思います。


 すなわち、A部長を含む、基本設計グループの各部長は面倒に巻き込まれたくないために、素知らぬ顔で西田さんを誹謗中傷する文書の回覧を続けたのです。

 

 実はこの『面倒に巻き込まれたくない』という心理が、「仲間割れ」というゲームを成立させているのです。前述しましたように、この「仲間割れ」のゲームでは、自分は噂をまくだけで、あとは勝手に噂が広がり、自然にさまざまなトラブルを発生させることができるというものです。悪質になると、この事例のように誹謗中傷の文書を回覧したりするのです。


 しかし、そんな噂が広がる過程や、誹謗中傷の文書が回覧されている過程で、多くの人が「こんな噂や文書は意味がない」と言って、噂を広めるのを止めたり、回覧を止めたりしたら、どうなるでしょうか?


 そうです。・・・そうしたら、ゲーム自体がそこでストップして終了してしまいます。しかし、そういった勇気ある行動を取る人はほとんどいないのです。多くの人は、勇気を出してゲームを止めるのではなく、『面倒に巻き込まれたくない』と思って、素知らぬ顔をしてゲームを続ける行動を選択するのです。


 前述の『学校で、女子生徒が紙にたわいない噂話を書いて、授業中に先生に分からないように、女子生徒だけの間で、その紙をまわしている』といったシーンでは、「こんな噂はでたらめだ」と思った女子生徒がいても、その紙を破り捨てることは、クラスの女子の結束を破るといった面倒に巻き込まれますので、『面倒に巻き込まれたくない』という心理が働いて、自分の意に反して、次の女子生徒にその紙をまわすのです。基本設計グループの各部長も、『面倒に巻き込まれたくない』という心理が働いたという点で、これと全く同じなのです。


 これが、「仲間割れ」というゲームが成立する大きな要因なのです。


 私は先ほど、『つまり、このゲームの場合は、いざという時に、身を挺して自分を守ってくれるような人物を作っておくことが最も大切なのです』と書きました。しかし、誰もが『面倒に巻き込まれたくない』と考えるならば、そのような人物を見つけることがいかに難しいかが、お分かりいただけると思います。


 しかし、そのような人物や仲間を作ることが第一の対策であることには間違いありません。このため、『いざという時に、身を挺して自分を守ってくれるような人物を作っておく』ように、難しくても普段から努力しておくべきなのです。


 では、このゲームを仕掛けられたら、それ以外には対策はないのでしょうか?


 私は第二の対策として、仲間で対処することをお勧めしたいと思います。


 具体的には、何人かの仲間で常に情報を共有し、こういった「怪文書」を出されても、そのことを仲間に話して一人で抱え込まないようにするのです。あなたが仲間に話しても、首謀者が分かるわけではありませんので、事態が一気に解決するということはないのですが、仲間に相談するだけでも、あなたの受けるストレスはずいぶんと軽減されると思います。


 そして、第三の対策として、『無視する』ことも重要になります。


 つまり、そのような怪文書は相手にしないといった態度で臨むわけです。とは言っても、実際にこのような文書を回覧されたら、誰しも、はらわたが煮えくり返るような怒りを感じるのが普通だと思います。しかし、その怒りをぶつけるべき相手は、巧妙に隠れていて、姿を現さないのです。あなたが怒りに打ち震えるのを陰で見て、喜んでいるわけです。つまり、あなたが怒れば怒るほど、隠れた相手を喜ばすだけなのです。


 あなたの怒りは分かりますが、こんな卑劣な人間を相手にしても仕方がないと考えて、柳に風と事態を軽く受け流してしまうことも必要になるのです。


「仲間割れ」のゲームの対処法

 難しいが、あなたを身を挺して守ってくれるような人を作るように普段から努力しておく。また、仲間を作って相談することもストレス軽減につながる。さらには、あたが怒れば怒るほど、隠れた相手を喜ばすだけなので、ゲームを仕掛けた連中を無視することも重要になる。

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