7-1.【事例4】怪文書出回る!

 今回は、私の先輩から私が直接聞いた話をご紹介したいと思います。


 仮に、その先輩の名前を西田和夫さんとさせてください。


 西田さんも、私と同様に化学プラントの設計の仕事に従事していました。化学プラントの設計は、基本設計と詳細設計に分かれます。


 基本設計は、化学プラントの骨子となる基礎的な設計を行なって、プラントを構成する主要な設備の概要を決定し、それをもとにプロジェクト全体の工期や予算を算定するというものです。


 この基本設計の結果をもとに、会社がそのプロジェクトを実施するか否かの稟議りんぎを行い、実施が決まれば詳細設計に移行します。


 詳細設計というのは、基本設計を基に、より詳しく設備の仕様を決めて、メーカーに機器を発注し、現場での工事や試運転を実施するものです。


 当時、私のいた会社では、基本設計と詳細設計のグループが分かれており、私や先輩の西田さんは基本設計のグループに所属していました。このような組織構成のため、必然的に詳細設計グループは、基本設計グループの決めた工期や予算で仕事を進めることになります。いわば、他人が決めた工期や予算に従って仕事をするわけですから、どうしても詳細設計グループは基本設計グループと反目することが多かったのです。


 さて、私の先輩の西田さんは、あるプロジェクトの基本設計を担当し、それが詳細設計に移行しても大きな仕事だったため、プロジェクトマネージャーとして詳細設計チームを含む設計チーム全体を統括することになったのです。


 詳細設計もかなり進んだ、ある日のことでした。


 西田さんは書類のコピーを取りにコピー機のところへ行き、コピーを取り終わってから、ゆっくりと自分の席に戻ってきました。そのとき、上司のA部長の机の横を通りかかったのです。西田さんの上司のA部長は席を空けていました。


 A部長の机の上には書類が山と積まれていました。西田さんは何気なく、A部長の机の上の書類の山を眺めたのです。すると、その山と積まれた書類の中から、1枚の紙が半分飛び出しており、その紙に自分の『西田和夫』という名前が書かれているのを発見したのです。


 幸い、A部長は席を空けていましたので、西田さんは何だろうとその紙を引っ張り出してみました。


 その紙に書かれていたのは、詳細設計グループの名前だけで出された文書でした。すなわち、詳細設計グループの個人名は一切書かれておらず、基本設計グループの各部長に回覧されるようになっている文書だったのです。


 そして、そこには次のような信じられない内容が記載されていたのです。


『件名 : 西田和夫の件 (基本設計グループ部長回覧文書)

 基本設計グループ各部長へ

 お前たち基本設計グループの西田和夫は、我々詳細設計グループに対する態度がなっていない。詳細設計グループは、今後、西田和夫が関与する仕事には一切協力しないので、そのことを肝に銘じておけ。

 詳細設計グループ        』


 西田さんがこれを読んで、びっくり仰天したのは言うまでもありません。


 自分は一生懸命にやってきたのに、詳細設計グループが自分をそんなふうに見ていたのかというショック以上に、会社の中でそのような文書が自分の知らない内に回覧されていたこと、また回覧されていたにも関わらず、基本設計グループの各部長、とりわけ上司のA部長が自分に何も言ってくれなかったこと、さらには、A部長をはじめ、基本設計グループの各部長が誰一人、自分を援護してくれなかったことに大きなショックを受けたのです。


 昔、永田町で、国会議員の醜聞を署名せずにビラに書いて、各所に配るということが行われており、これらは、いわゆる「怪文書」と呼ばれていました。


 また、日常生活においても、娘さんがバレエを習っていて発表会の主役に抜擢されたところ、匿名で「あのの親は実はバレエ教室の先生に賄賂を贈った」といった内容の嫌がらせの葉書が、その娘さんの家を除いた、バレエ教室の全メンバーの家に届いたといった話はよく耳にします。そういった怪文書が、実は会社の中でも出回っていたのです。


 自分の名前を書かず、標的の目に触れないように巧妙に誹謗中傷する文書を回覧して標的を攻撃するというやり方は、実に巧妙であり、そして実に卑怯な方法です。


 それから、西田さんは詳細設計グループの中の誰があの文書を出したのかを、それとなく探ってみたのですが、結局、分かりませんでした。また、西田さんはこのことを上司のA部長に相談してもダメだと思って、A部長には一切相談をしませんでした。こうして、誰があの文書を作成した首謀者なのかということは、闇から闇に葬られてしまったのです。


 その後、詳細設計グループから西田さんへ露骨な嫌がらせはなかったのですが、西田さんが気付かないように、陰で陰険な嫌がらせが行われていたのかも分かりません。


 この事件は、西田さんの心に深い傷を残し、結局、そのあと数年して西田さんは会社を辞めて、別の会社に移っていきました。私は、西田さんが会社を辞める直前に、西田さんから直接この話を聞かされたのです。西田さんは非常に後輩の私をかわいがってくれましたので、退職される前に「お前にだけはこのことを話しておきたい」と言って、私にすべてを話してくれたのでした。


 私にとっても、西田さんの話は青天の霹靂へきれきでした。まさか、自分の会社で、こういった仲間を誹謗中傷する文書が回覧されているなどということは、夢にも思っていなかったのです。このような卑劣なことが、会社の中で現実に行われているという話は、私にとっても大きなショックでした。


 さて、皆様の職場やご近所ではいかがですか? あなたが知らない内に、あなたを誹謗中傷する怪文書が、職場の中で、あるいはご近所で、いつの間にか出回っているということはありませんか? お気をつけください!


 以上が【事例4】の私の先輩のストレス体験です。


 さて、皆様には、この【事例4】とよく似たご経験はありませんか? また、もし皆様がこの【事例4】の西田さんの立場だったら、皆様はこの事例のストレスから逃れるにはどうしたらいいのでしょうか?


 それでは、次回にこの【事例4】をゲーム分析で振り返ってみたいと思います。

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