6-2.【事例3】「なんでも言いなさい」のゲーム

 さて、この【事例3】では、「なんでも言いなさい」というゲームが行われています。


 「なんでも言いなさい」というゲームは、例えば、以下のような教師と生徒の関係を例にすると分かりやすいと思われます。


 まず、教師が生徒に対して、「何でも話せる、何を言ってもとがめない教師」という自分のイメージを与えるのです。つまり、『テレビの学園ドラマに主人公として登場する熱血教師のように、自分は常に生徒のことを考えて行動し、何があっても悪の手から生徒を守ってやる正義の味方なんだ。だから、私には、なんでも言いなさい』というメッセージを生徒に植え付けるのです。


 その上で、教師は生徒の自由な発言を促します。すると、その教師は生徒から、他の教師の悪口から生徒の両親の性生活まで、ありとあらゆる情報を得ることができるのです。教師自身は、表面では自分があたかも生徒の優れたカウンセラーであるかのように振舞っていますが、裏面は好奇心の塊で、生徒からさまざまな情報を手に入れているのです。そして教師は、こうして、他の教師を蹴落とすといった悪意ある情報までも簡単に入手することができるのです。


 つまり、このゲームでは、生徒から自由に情報を収集し、得られた情報を使って・・それとなく学校の上司に情報を流して他の教師を中傷したり、自分がいかに生徒から信頼を得ているかといった好印象を学校中に植え付ける・・といったことが行われるのです。


 このゲームは会社など、学校以外の組織でもよく使われます。私は、会社生活の中で「自分の同僚が自分の悪口を集めてきて、それを上司に流すので困っている」といった話をよく耳にしました。これはまさに、この「なんでも言いなさい」というゲームが行われているのです。


 会社の中でも、先ほどの教師のように、同僚や後輩、他部署の社員、ときには提携関係にある他社の社員にまで「なんでも話せる人物」として自分を印象付け、それらの人々からさまざまな情報を得る人がいるのです。そして、その得られた情報は、悪意ある目的に、例えば特定の人物を蹴落とすことなどに、使われるのです。


 このように、


 さて、私の事例に眼を向けてみましょう。


 この事例は首謀者の側から考えてみると分かりやすいと思います。首謀者は、もちろん事業部のメンバーです。


 まず、彼らは私をオブザーバーとして事業部の会議に呼んでいます。その会議は、事業の進むべき将来を検討するものでした。


 ここで想像ですが、この時点で事業部のメンバーには、事業の進むべき将来について、明確な考えがなかったと考えられるのです。この想像は間違っていないと思われます。何故なら、もし彼らに事業の将来に対する明確な考えがあれば、私をオブザーバーとして会議に呼ぶ必要はないわけですから。


 そして、彼らは、その会議の結果を事業担当役員に報告しなければなりませんでした。このため、事業部のメンバーが明確な考えを持ち合わせていないということは、『自分たちに能力がない』ことを証明することになるわけですから、彼らにとっては、はなはだ具合が悪いわけです。


 そこで、事業部のメンバーは一計いっけいを案じたという次第です。私をオブザーバーとして会議に呼ぶことで、私に『事業の進むべき将来をどうすべきか』という命題を考えさせたのです。


 ここで、事業部のメンバーは、もし私が有用な提案をしたならば、それを私の名前で事業担当役員に報告するつもりだったのでしょうか? 言い換えると、彼らは、「この提案は事業部の我々ではなく、エンジニアリング部門の永嶋の考えです」と事業担当役員に話すつもりだったのでしょうか?


 答えは「ノー」です。


 そんなことをすれば、ますます『自分たちに能力がない』ことを証明することになってしまいます。つまり、事業部のメンバーは会議にオブザーバーとして私を呼ぶ時点で、私が有用な提案をしたら、それを自分たちの提案だとして横取りするつもりだったわけです。


 このように「なんでも言いなさい」というゲームで考えると、私の事例の裏側が手に取るように見えてきます。


 彼らは、私をオブザーバーとして会議に呼ぶことで・・私に「会議にオブザーバーとして参加させてあげるので、会議ではあなたの意見をなんでも言いなさい」と声をかけたのです。こうして、私に自由に提案をさせて、『事業の進むべき将来をどうすべきか』という命題に対する『私の考え』という情報を得ようとしたのです。そしてその裏には、もし私が素晴らしい提案をしたら、それを盗んでやろうという悪意が最初から潜んでいたのです。


 如何でしょうか。


 先ほど、私は『このように、このゲームは、首謀者が「なんでも言いなさい」と言って、周囲からさまざまな情報を集め、そして、そうして得られた情報を悪意に利用するというものなのです』と書きました。傍点をつけた文章です。この事例が、その文章にピッタリと一致していることがお分かりいただけると思います。


 私はそんな悪意の罠があるとも知らず、「なんでも言いなさい」と言われたので、わざわざ自分の提案を紙に描いて、のこのこと会議に出かけて行き、事業部に披露したというわけです。そして、事業部は当初のもくろみ通りに、その提案をそっくり盗んで事業担当役員に報告したのです。


 まさに私は、事業部が仕掛けた「なんでも言いなさい」というゲーム(罠)に、どんぴしゃりとハマってしまったのです。


 このように、この「なんでも言いなさい」というゲームは、組織の中で悪意を持って非常によく仕掛けられるのです。


 さて、一体どうすれば、この「なんでも言いなさい」といゲームのストレスから逃れることができるのでしょうか? 


 ここで、私の事例をもう一度、思い起こしてください。


 当時、私はまだ新入社員でした。事業部が、オブザーバーとして私を会議に呼んだことに対して、新入社員がその招待を断るわけにはいきません。そんなことをしたら、「新入社員のくせに、なんと生意気な奴だ」と悪評を立てられることは間違いありません。


 また、私が会議には出席するが、会議では自分の意見を言わなかった場合はどうでしょうか? この場合も、やはり「せっかくオブザーバーとして呼んであげたのに、あの新入社員は何とも役に立たない奴だ」として悪評を立てられることになります。


 すなわち、この事例の場合は、私は私の考えを提案書として披露するしか選択肢がなかったということになります。言い換えると、事業部のメンバーは、私が自分の考えを披露するしかないことが分かっていたので、私に「なんでも言いなさい」というゲームを仕掛けてきたのです。


 このように、この「なんでも言いなさい」というゲームは、首謀者が、相手が断れない、対処できない場面を選んで、ゲームを仕掛けてくる場合が多いのです。


 このため、残念ですが、一度「なんでも言いなさい」のゲームを仕掛けられてしまったら、その後はゲームから逃れることが非常に難しいのです。


 従って、この「なんでも言いなさい」というゲームでは、首謀者がゲームを仕掛ける前に、ゲームを回避することが必要になるのです。言い換えると、


 私の場合ですと、その事業部がそのようなゲームを仕掛ける連中かどうかを判断するところから始めないといけなかったのです。そして、そのようなゲームを仕掛けられる可能性があるとなると、そういった連中には付き合わないことが大切です。


 事例に書きましたように、当初、私はゲームを回避できず、提案をまんまと盗まれてしまいました。


 しかし、その後は、私はその事業部のメンバーとは付き合わないようにしたのです。具体的に言うと、私は自分の提案をその事業部のメンバーを一切通さず、直接、事業担当役員にメールで送る手段を取りました。こういう手段は、そのときの事業担当役員がそのような提案方法を好むか否かで良否が分かれますが、私の場合は幸いにも、そういう方法を好む役員でした。


 こうして、私は事例の後では、事業部のメンバーから同じ「なんでも言いなさい」のゲームを仕掛けられるのを防ぐことができたのです。


 つまり、相手が「なんでも言いなさい」というゲームを仕掛けるような連中だったら、そんな連中には近寄らず、付き合わないことが一番効果があるのです。「君子、危きに近寄らず」という戦法で対抗するわけです。そして、可能ならば、ゲームを仕掛ける連中を介さずに、あなたの考えを周囲に披露する手段を講じることが重要になるのです。


 「なんでも言いなさい」のゲームの対処法

 初めに、相手が「なんでも言いなさい」のゲームを仕掛ける可能性があるかを判断する。ゲームを仕掛ける連中ならば近寄らない。そして可能ならば、その相手を通さずに、自分の意見を披露する方法を見つける。

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