第24話 Clock-19

 金曜の夜、20:30。そこそこ込み合っているファミレスで一人の女性が座っていた。松下楓である。

 相変わらずパーカーにジーパンと、かなりラフな格好。

 だが、よく見ると美人である。パーカーでわかりにくいが、おそらくはスタイルもいい。大きな胸が隠せていない。


 だが、表情は・・・無表情だった。無表情と言うよりは、茫然としている。

 この1か月。あまりにたくさんのことがありすぎた。

 

 付き合っていた彼氏にビルの一室に閉じ込められて火をつけられて殺されるところだった。あとから聞いたところ、保険金目当て。

 そこに、突然巨大なハンマーを持った少年・・・時田英治が突然現れて扉を破壊して助け出してくれた。

 その後、彼氏は警察に捕まったけれど、勝手に私を借金の保証人にしていたため借金取りに追い回されるようになった。

 払えるはずもない大金。バイト先も首になり、もう死ぬしかないという時に、再び時田英治が現れ・・・借金をすべて肩代わりしてくれた。



 そう・・、松下楓は時田英治に2度も命を救ってもらったのだ。



 そして、時田英治に仕事を与えられた。

 問題は・・・その仕事である。


 株の口座を開設して、指示通りに売買をする。

 それだけの仕事。

 もちろん、株式市場が開いている時間は限られるので拘束時間も短く肉体的には楽な仕事であった。


 とっても簡単な仕事。でも精神的には・・・とてもハードだった。


 最初の1週間。

 預かった元手が・・・たった1週間で1億を超える金額になっていた。


「ちょっと、ペースを落としましょうか?」


 微笑みながら、言った英治の顔を忘れない。

 ペースを落とす・・・確かにペースは落としたのかもしれない。


「楓さん、お待たせしました」


 大きなボストンバッグを持った少年が向かいの席に座った。

 今日はブカブカの大きめのジャンパーを着ている。はやりのオーバーサイズ・・にしても大きい。

 小柄な、高校生でも低学年くらいに見える少年。

 なにか、急いでいるような・・・珍しく落ち着きのない表情。


「それで、結果はどうなりました?」

「ひゃい・・・はい。結果はこうなりました・・」

 スマホで証券会社の口座にログインして、金額を見せる。

「なるほど、予定通りです。ありがとうございます」

 予定通りなんですね・・・そうなんですか・・・


 そこに表示されている金額。

 3億2千3百万円。


 もう、桁が多すぎて実感すらわかない。

 こんなお金が自分の口座にあるなんて考えただけで楓は気絶しそうになる。何しりついこの間までは無一文だったのである。


「それで、約束通りバイト代は分けていただきました?」

「はい・・・申し訳ありません、30万円をいただきました・・・」

「謝る必要はないですよ、正当な報酬です。もっと多くてもいいんですよ」

「いえいえ、滅相もない!!これで十分です!」


 この間までは家賃が払える当てもなかったのだが、おかげで支払うことができた。

 というか・・年収がいくらになるのやら・・・


「では、来週もお願いしますね」

 にっこりと微笑む英治。

「は・・・はい・・私などでよければ何なりとめいれ・・・お使いください・・・」

 思わず、変なことを言いそうになる。

 私は、今はこの少年に頼るしかないんだ。

 捨てられないようにしなきゃ。


「ところで、英治さんに支払う分はどうしたらいいんですか?」


 楓は気になっていたのだ。

 今のところ、楓がもらうばかりで英治に一円たりとも支払っていなかった。


「あ・・・そうですね・・どうしましょう?」

「え・・どうしましょうって・・・」

「・・・うーん、こういうのって税金とかどうなるんだろ・・困りましたね」

「あ・・・」

 楓も、税金のことなんかまったく気にしていなかった。

「そ・・・そうですよね・・・」

「それに大金を銀行から降ろしたり送金したら怪しまれますしね」 

「え・・・・」

 楓は絶句した。

 このままでは、楓の口座に大金が残ったままになる。


「まぁ・・また今度考えましょうか。僕はこの後ちょっと用事があるので」

「・・・・は・・・はあ・・」


 英治は、大金のことなどあまり気にした様子もない。

 そして手を伸ばして伝票を手に取ろうとする。


「あ・・・私が払います!!」


 慌てて楓が伝票を奪い取った。


「あ・・いいんですか?」

「これくらい払わせてください!!」

「すみません、ごちそうになります。では、また同じ時間にここで会いましょうか」

「はい、わかりました」


 苦笑しながら、英治は席を立った。


 通路を通って店の外に出ていく英治を楓はなんとなく目で追っていた。

 なにか・・違和感。


 先ほどの英治の様子を思い出す。

 そわそわした様子。そして、この間会ったときと同じ表情。

 あの時は、コンビニ強盗に遭遇している。

 その前は、私を助けてくれた時・・・その時も同じような表情だった。


 彼は今からどこに何しに行くんだろう。まさか、また同じように危険なことをしようとしてる?

 先週あれほど言ったのに・・・


 楓は、先週と同じようにあたふたとファミレスを出て少年の姿を探し始めた。

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