005.謎のスキルが付与される時

久世くぜ幹也みきや 2041年 4月1日 am12:22 新生迷宮『TTai-N02』/5層(最深部)】



 変化は明確で、劇的だった。


 ドーム状だった壁と天井こそ今までと同じ赤茶けた土層だったものの床面だけは明確にダンジョンの『キリ』を示す円形の空間であった第5層の最深部――


 その床が、彼女が入場した瞬間に、歪み始めたのだ!


「っ……きゃ!? 久世さんっ! これはっ!?」


 たわんで変形し始めた床に足を取られた桜庭ちゃんが助けを求めるように俺を見る。


 俺が観測機の全機能をONに――するまでもなくサポート用に搭載された汎思考AIがそれを判断しており、バイザー内へ一斉に全種モニタリング情報が表示されたせいで一瞬だけ彼女の姿が見えなくなる。


(ええい! 邪魔だ!)


 それら情報流を念じた一喝――の脳波によるヘッドギア経由の命令で押しのけ、すでに五メートルほどは離れてしまっていた距離をひと跳びで追いついて捕まえた。


「っ……久世さんっ!」


 少々勢いが余って彼女の身体に慣性を与えてしまったが、桜庭ちゃんは健気にもこちらのジャケットを必死につかみ返してきた。足を取り込まれるか分からないが、彼女を抱え上げ、とりあえず折を見てジャンプしておく。


 大きいところでは一メートルから二メートルほどまでの波を打ちながら変形する床は、渦巻き、すでに中央へと向けて溶け崩れるかのように落ちくぼみ始めていた。

 しかし中心部が残るようにか這い上がるようにか、溶けつつも盛り上がり始めている……。


 なにか現れる気か……?


 俺は彼女を抱えたままバランスを取りつつ、バカデカいしゃぶしゃぶ鍋のような体を成し始めた〝穴〟の〝ふち〟に足をかけて体勢を維持した。


 見た目は間違いなく溶け続けているのに感触は紛うことない石なものだから変な感じだ。


 波形がすごいな。観測機が全力でデータを貪り食ってるが、ほんとにメチャクチャだ。


「久世さん……久世さん……っ!」


「大丈夫だ! まだ問題ない! それより〝声〟は!? 聞こえてきているか!?」


「えっ? ――あ」


 思い出したように顔を上げた桜庭ちゃんが最初に見たのは俺の顔。めっちゃ『ハッ!』っていう顔してる。これまでずっと目をつむっていたようだな。


「あ……えっ…………と」


「まだ聞こえてきてないかっ?」


「あっ……いえ! いえ! 聞こえてますごめんなさい!」


 マジか。

 いつからだろ。俺まだ聞こえないのに。いや大事なのはそこじゃない。


「いいか、聞くんだ桜庭ちゃん。初めての状況で、怖いだろうが――落ち着いて。これは俺にとってまだまだぜんぜんなんとかなる状況で、君を抱えたままで君を守ることが可能だ。ボスが現れても俺が倒す・・・・。つまり君は、落ち着いて周りの状況を見てくれればいい。いいかい?」


「は――い」


「オーケィ、イイ子だ。じゃあ、君に聞こえている〝声〟が――どこから聞こえてきていて、なにを言っているか。それらを逐一、声に出して教えてほしい。それがこの状況の謎を解いて、打破する鍵になる。たぶんな。できるか!?」


「はい――やります!」


 本当にいい子だな。普通はこんなこと言われてもパニクるだけだろうに。


 これは、いっぱしな踏深者でも慌てる状況だ。まして彼女は経験ナシの新人。今もかなり怖い思いをしているはずなのにだ。実際、大したタマだったわけだ。


 ま、〝声〟とやらが『TTai-N02』このダンジョンの発しているものなら……場所だけなら俺でも見当はつくけどな。


 そして……。


 俺に抱えられている桜庭ちゃんが、震えながらおもむろに指差した一点。

 部屋の中心部の盛り上がり部分に、帯電したような音と、ひとつの〝像〟が……結ばれ始めていた。


「おでましかぁ~……?」


『それ』は、ブチ割られて荒れ狂った液晶のノイズに映る人型にも見えなくもない……なにか。


 黒く伸びる縦線は、髪か? 桜庭ちゃんは〝声〟の主が女性だと言っていたので辻褄は合っている。


 かろうじて想像で補うならば、黒髪の長い女性が、今にも溶け崩れそうな台座の中央にへたり込んでいる……そんな感じだろうか。


 姿が見え始めたのだから、そろそろ俺にも『聞こえてきて』ほしいものだ。


〝シ……ヲ……レ……ヲ!〟


 おお、きたきたキタ!


「だれなの……? きたよ……あなたはわたしに、どうしてほしいの!?」


「桜庭ちゃん、アレは、なんて言ってる? 俺にも聞こえ始めたが、ぜんぜん聞き取れない!」


「これを受け取ってほしいって……なくなってしまう前にって! でも、見えない……なにも持っていないんです! 両手を地面に着いていて……苦しそうに。わたしからも聞きたいことがあるんです。どうすればいいんですか!?」


 ふむ……?

 俺の目に映る『人かもしれないノイズ』は、こうして様子を見ていても動くことなく、特になにをしてくるでもない。


「桜庭ちゃん」


「はい……」


「実は今、俺は俺と君を包む特殊なフィールドのようなもので身を守っている。だからアレが何者であっても手は出せないはず……なんだが、このままだと状況が進展しそうにもないのも事実だ」


「……」


「受け取りにいってみるつもりはないか……?」


「……」


 返事はない。無理もないだろうが。


「そう。その場合、おそらく俺はうしろから見守る形になると思う。呼ばれてるのはどうやら君だからな。だけど君だけ強制ワープでもさせられなければだが、俺ならかならず君を取り戻すことができる。約束する」


「……」


「無理強いはしない。なんならアレが消えるのを待つか、このまま倒してしまってもいい。渡されるものとかいうのが君にとってイイモノであるとも限らないしな。だけど『得られる』可能性があるのも事実だ……どうする?」


 一秒。二秒。三秒。


 考えていた彼女は、あらためてこちらを見上げてひとつ、うなづいた。


「いきます。連れていってください――久世さん」


「よしきた」


 強い子だな。

 俺は障壁を解き、彼女を抱えたままの身体を宙に浮かせて、ゆっくりと〝彼女〟が待つ台座へと近づいていった。


 十メートルほどの深さ、五十メートルほどの距離を、数分かけて詰めてゆく。


 近づいても、女の〝像〟は相変わらずチラつきだらけで詳細を分からせなかった。

 俺は未知への接近にワクワクを禁じ得ない。いきなり宙に浮いて腕の中の桜庭ちゃんはびっくりしてたけど!


〝レヲ……ヤク。タブ……イゴ……ノ……キカ……!〟


「聞こえるか……連れてきたぞ。危害を加えるなら俺が敵になると思ってくれ。穏便に頼むぜ」


 ゴチャゴチャな像だが、たしかに彼女の姿を認識して見上げてきたような気がした。


「そっと降ろすよ」


「……はい」


 震える声の彼女の脇を持ち、そっと、〝女〟の前に降ろす。


 瞬間だ。

 まるで接触不良の解消を受けたかのように、〝女の像〟の姿が明白になった!


「!」


 お、おお……マジで女の人だ。


 それも、おそろしいまでに美しい女の。

 長い長い黒髪はどこまで伸びているのか分からない。十メートルはある〝鍋底〟にまで届いている。白装束は、和風を思わせるが……死白装とかじゃないよな。もうちょっと手が込んでて、立派な感じがする。和服は分からんし。


 そんな女性が、桜庭ちゃんを見つつも、全身が重たいとでも言う風にだらんと両腕を落として座り込んでいる。


 それが『女性の像』の本当の姿だったのだ。


 なんだ。

 なんだ、コレは?


 ただ見た目の美しさという次元じゃない気がする。見ているだけで無限の安心感と愛おしさがこみ上げてくる……だけではなく。


 これは……なつかしさ? ふと窓辺の景色に思い出す切なさ……郷愁、原風景。

 そういった……ヒトに抱く以外のあらゆる感情・感傷まで、呼び起こされてくる……。


 魂か、存在の根源とでもしか言いようのない部分から揺さぶりをかけられているかのように、だ……。


〝あ、ああ……やっと……会えた……つながっ……た……こ、れ、を……〟


 女の人は、その澄み切った声を振るわせて、桜庭ちゃんに手を伸ばした。


 目を奪われても使命は忘れちゃいない。いつでも桜庭ちゃんを助けられるように注意を払いつつ、俺は女の人に向かって一応の声をかけてみた。


「なにかを受け渡したいんなら――俺にしとくって手にしてくれてもかまわないぜー? 彼女はまだ駆け出しの一般人だ。場合によっちゃ、酷な運命ということもあるだろう?」


〝……〟


 聞こえたのだろう。


 女の人は桜庭ちゃんに向けていた手の向きを、こちらへと変更してきた。お、マジ?


 融通の利く人は好きですねえ。俺は一向にかまいませんよ?


 と思っていたところで――弾き飛ばされた。


「ガッッ――!」


 正直、びっくりするぐらいの衝撃だった。俺は一気に五十メートル先の壁際に押し戻され、なんとか着地した次第だ。


「久世さんっ!!」


「大丈夫だっ! ――たぶん攻撃じゃない」


 なにかが干渉しようとしたあと、反動が生じた印象だった。おそらくは、俺の……。


〝あ……メ……ダメ。あなたで……は……の……が……強すぎ……る……この世か……究極、……の……〟


 ふんふん俺じゃダメなのね。じゃあ彼女が受け取るしかないわけか。

 それじゃしかたない。


「久世さん!」


「桜庭ちゃん! 君が――決めろ! 受け取るか、拒否するか」


「っ……!」


 俺の視線の先で桜庭ちゃんは戸惑い、女の人を振り返っていた。


〝おね……願い……これ……を……早く……受け……って……〟


 女の人が伸ばす手の先には、光のような、なにもないような、『なにか』がたしかに存在感を俺たちに伝えていた。


「……!」


〝早……く……る、前に……〟


「その前に教えて……ください。卓は。桜庭卓は、今もダンジョンにいるんですか!?」


 スグル? スグルね。ふんふん。だれかな、それは。


〝スグ……ス、グル……べての……シイ、りん……ね、グル……も、〟


「!!」


〝待って……る、助け、てあげ……テ? すべての……この世か……べて、ノ……あ、あア……!〟


「ま、待って、待ってください! 消えないで! 教えて!!」


 また急激に先ほどを思わせるノイズが走り始めた〝彼女〟の像は、いまだにその崩れかかった〝手〟を桜庭ちゃんへと伸ばそうとしていた。


〝も、ウ……ジガ……イ・シィ……せかくゥGィジンカのチカラ借り仮狩りレるゥの……もたナi!i……ここ間デ……お願……コレヲ……受け取っ……手ェ出ェ低帝デEEEEDEEEEDDDDDE・E・E・E・E・E・E・E・E・E・E・E・E!!〟


「桜庭ちゃんっ!」


 ダメだ、


 荷が重かったか――いや別にこれでもいいのかもしれないけれど! 謎が知れないのは惜しいけれど!


 だがまあなんの咎も運命も持っていない普通の女の子に、得体の知れない超常現象を押しつけるほど俺も酷じゃない。彼女の自由意志が選ばない限り、俺は見守ることにした。


 だが。


「お――!」


 パシ!


 ――と。


 まさに〝女〟の像が消えようかという瞬間――桜庭ちゃんはその手を取っていた。


〝……!〟


 そして、一瞬だけ安定する女性の像。その美しいが彫像のようであった顔が、初めて人間味を帯びたようにくしゃりと歪み……


〝ああ……ありが、……。こ、れ……届け、〟


「ど、どこに、ですか?」


 がしかし、その問いに答える前に女の顔が今浮かべていたのとは別方向に歪んで――


「きゃあっ!?」


 砕けて、消えた。

 直前に浮かべていた表情は、おどろき。


 それとも、か?


 女の像で『あったもの』である光の砕片の中で呆然とへたり込んでいる桜庭ちゃんの前に別の異変が訪れる。


 女がいた場所から、溶けかかった石を突き破って巨大で発光する〝岩〟のカタマリがせり出してくる!


「L-コア!! 桜庭ちゃん今いく動くな――そのままブチ飛ばす!」


「待ってください――!」


 ところがだ。動くなと言ったにもかかわらず緊急飛翔して迫る俺を阻むように立ちふさがったのはほかならぬ桜庭悠里ちゃんだった。


 急制動をかける俺の目の前で、ラビリンス-コア――ダンジョン・コアとも言われるが正式名称はこちらだ――が光の粒子に変わって、彼女の胸に吸い込まれていってしまった!


 ああ? なんだって?

 なにが起こってる? ――なにが起こった!?


 L-コアがヒトに溶けるだなんて現象はこの六年間どこでも観測されていない、はずだが!?

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