006.世界ランク1位の男
しかし現に起こったことは見た通りだ。桜庭ちゃんは「うっ」とうめいてその場にくずおれてしまった。言わんこっちゃない!
「桜庭ちゃん大丈夫か! 意識あるか! 自分の状況を口に出せそうか!?」
さすがの俺も慌てて着地して彼女の様子を見るが、返事はない。いや首を縦に振ってるか? 大丈夫という意味なら本当に大したタマだ……が……。
「これは……」
俺が見ている前で、うずくまる桜庭ちゃんの足と胸の間に光が生じ始めていた。というよりこの現象は、近いものを見たことがある。
すなわち、『パーソナル・カード』の取得時にも似た。
「……う。久世、さん。大丈夫、です」
身を起こした彼女の膝の上には、直前までには見なかった一冊の〝本〟が鎮座していた。
まるで、パーソナル・カードと同じように、出てきたみたいに。
これがあの女の人に『託されたもの』なのか……!?
ドロップアイテム……遺物……それとも、スキルの産物か?
「ソレがなんなのか、分かるか?」
「……コア・ホルダー?」
「なんだって?」
彼女はまだどこか呆然としているようだった。俺から言われるままに本に手を触れ、なにかを読み取ったのか放り投げられてきた言葉に、俺まで呆然とする。
「……」
ふとした様子で、あるいはスキルに操られているのか。ハードカバーをめくって表紙の裏面に現れたのは、いくつかの図形。
魔法陣じみた文様とくればいかにもそれっぽいと思ったろうが、それほどでもない複雑さでいくつかの〝円〟をつなぐように〝線〟がつながっていて、それら〝円〟はどれもまだ〝空白〟のようだった。
なぜ空白だと分かるのかというと、答えが――コレだ。
「ダンジョン・コア……? これが、今、取り込んだ……」
「マジかよ……」
表紙裏の中央の、一番大きな〝円〟――
そこに宝玉よろしくとはめ込まれた色が、先ほど散って桜庭ちゃんに取り込まれたL-コアの色とまんま一緒の桜色だったのだ。
コア・ホルダー……ダンジョン・コアを取り込む……コアを『確保する』力……?
そんなもの……というか『そんなこと』ができるなどと、いったいこの世の中のどれだけが想像したことがある?
それができるようになるという事実は、これからいったい、なにを意味する?
「きゃっ」
本が光り、桜庭ちゃんが軽いおどろきの声を上げる。まだなにか起こるのかよ。
と思っていたら、本と呼応するよう同じ光を放って彼女のポケットからライセンス・カードがするりと抜け出してきた。
ライセンス・カードはその加工された表面が酵素分解でもするように剥がれ落ちて、内部の『パーソナル・カード』の姿を
そして光が強まって本の上に落ちた時、青っぽかった彼女の『パーソナル・カード』は宝玉の色と同じ……桜色にと変じていた。
「おっどろきの連続だわ……!」
俺が知る限り『パーソナル・カード』が〝変色〟を起こす事例はひとつしかない。
これだけでも迷宮知識の大革命が起きそうだ。
「わ。こ、これ、<
この時には俺はもうワクワクが最高潮に達しており<
「なぁなぁ! 俺の俺の! 俺のライセンス・カードもちょっと持ってみちゃってくんない!? なぁなぁコレコレ! ハイ! どーぞ!」
「えっ? あっ、はい。……どうでしょうか?」
変化しねぇ~~~!
「変化しないかぁ~~。俺のもそうなったら格好良かったのにな~~」
「ええっ!? 壊したらわたしが怒られちゃいますよっ!?」
だいじょーぶだいじょーぶ。
「迷宮にともなう未知の現象でそうなったんだから怒られやしないって。いちいち新しい情報が入ってくる迷宮のことでそんなに目くじら立ててられないってのが彼らの現状だから」
起こったことはとりあえず受け入れるしかない。それが人類が見出した迷宮とのつき合い方のひとつだ。
「まあ、とりあえずもうしばらく持っててよ。変化してくれたらうれしいし」
「は、はぁ……」
「で、その『コア・ホルダー』。もう使えるの? どんな効果? どんなことができるんだ?」
俺のワクワクはもう最高潮に以下略。
ちなみに、迷宮の奥地でこんなことしてていいのかと言えばたぶん大丈夫だ。
コアが消えた今、もうここに魔物を発生させる力はない。元からいなかったけど。
「えっ? あ、はい。えと……なんだかこの〝コア〟、動かしたりできるみたいで、あれ?」
言いながら彼女が中央の桜色の円に指を滑らせて動かそうと試みると、たしかに桜色の円は動いたようだった。
しかし、そのまま電子端末上のゲームのように別の円に収まるのかと思いきや固定されずに元の中央に戻ってしまった。
「あれれ?」
細い指がさらに試そうと何度か滑り……
今度は、バシン! と衝撃をともなって弾かれた。
「わっ……!?」
もう一度、
今度は本全体から走った感じだ。彼女もうしろ手を着いてしまう。
そして、部屋全体が――揺れた。かなり強めにだ。
「な、なに……!?」
「おっとこれは」
やべ。アテを外したか。
ゆっくりしてられなさそうだな。
徐々に強くなっていく鳴動に、天井からぱらぱらと土くれが降ってくる。
それだけならよかったんだがな。
「久世さん、あ、あ、あれって」
「ああ。さながら『モンスター・ハウス』ってところかな」
「わ、わた、わたしが、なにかしちゃったんでしょうかっ!?」
どうだろうなー。微妙なところだと思うけど。
天井、壁、床……あらゆる構造材が変質して細かく盛り上がり、〝生き物〟を思わせるシルエットを作り出そうとしていた。
迷宮で出会う生き物といえば、言わずもがな
作りかけ段階だが、印象としては――〝虫〟。
想像される全長はおそらく俺の二の腕ほど。四か六の〝脚〟と形成されつつある〝顎〟を蠢かせ、極めて特徴的な頭部外皮と完全に一体化した極端な頭角――体長と同等と思われるほどの、ヘラクレスオオカブトだっけ? ソレを思わせるデカいツノを現わそうとしている。
今は羽化とか脱皮をする前のような柔らかさを感じさせる白い質感だが……まぁそういったようなものが身体の半分ほどをダンジョンの壁から生やさせて、抜け出そうともがいている。
その数は、数百を下らない。千もいそうだ。
見るヤツが見たら蕁麻疹ものの光景だな。
俺の背負う観測機も特有の波形を察知し、バイザーにモンスター大量生成の警告を発してきている。正確には〝形成層〟と呼ばれるダンジョン壁の内側の層の活性化反応だが。
なんてこったあの赤茶けた土、〝形成層〟そのものだったのか!
「なんだコレ……」
不思議なのはバイザー表示される警告は『極めて活発に魔物生成の兆候アリ』である反面、AIは肝心の生まれこようとしている大量の魔物オブジェクトを捉えているにも関わらず、そこに『モンスター』表示がなされていないことだ。
モンスターじゃないのか?
〝キチ、キチキチキチ〟
〝キリキリキリキリ、キュリ〟
だが、ヤツらは明らかに分かる〝敵意〟というものをこちらへ向けてきていた。それが千近く。生物としての感覚をささくれ立たせてくる。針の
ふむ……。
普通に異常事態というやつだな……。
「久世さん……ごめんなさい。わたしが、こんなところに、連れてきてほしいだなんて言ったばっかりに」
呆然と、見果てるような彼女の声に。
答える言葉を考えていた。
「わ、わたしが食べられてる間に、久世さんなら……く、久世さんだけでも、逃げてください」
「……」
その場に座り込んだままで無垢な――すべての恐怖を強引に塗りつぶしてたったひとつのなにかを貫き通そうと強がった、どこまでも澄み切った笑顔を向けてくる彼女の、瞳は。
――俺はこれでも今まで、それなりのヤツらの死を見届けてきている。
任務に殉じるため、世界を守るため、友を生きのびさせるため……そういった〝彼ら〟が持っていた〝目〟と彼女の〝目〟には、一切の相違がなかった。
ああ、そう。
そういうことね。
大したもんだよ、ほんと。
俺は一切合切がすべてよく分かった。
「桜庭ちゃんさ――」
決死の覚悟を固めてくれる彼女に笑って答えようとしたところ、変化に気づいたのは俺だ。
桜庭ちゃんのそばの空間に、さっき見たような空間のノイズが微小だが発生していたのだ。
ガシッ! と俺の腕をつかまれた。
〝気づ……れ……介ニュう、さレター……譲ト……途チュ、コア……捕マ・部ブ・奪割レ……不完全・お・願……全ンぶ……壊し・て〟
まだいたのか! 蠅の音のブツ切りのようなノイズでだいぶ荒いがさっきの女性だろう。
〝O願!i……守て……この子……連れて……テ…………ノ、b所……ニ……前、ニ――〟
腕と認識できるほどの解像度もないが、〝声〟の主はたしかに、俺の腕をつかんでいた。
そして、途切れて、聞こえなくなった。
さっきのような砕け散る感じではなく、遠ざかるように。
消えたんだろう。今度こそ。
俺にこの子と、なにかを託して。
「……」
守って……ね。
いいぜ。
どこへ連れていってやってほしいのかハッキリ言わなかったのでそこは責任持てないが……
俺としても、こんなおもしれー女をここで中途半端に手放してやるつもりはない。
「
俺は彼女へ、最初から言おうと思っていたことを告げていた。
「は、はい」
「大丈夫だよ。これくらい。大丈夫。フツーに切り抜けて見せるさ。だけどひとつだけ今のうちに謝っておこうかなって思ってさ」
彼女はまだなにやら先の決意の延長のつもりでいるのか、なにを言われても受け止めるという神妙な顔つきで俺の言葉を待っていた。
都合がいいっちゃ、いい。
「俺は君にウソをついてた」
「はい。……はい?」
思っていなかった方向だったらしい桜庭ちゃんに、俺はケーブルごとヘッドギアを外して渡した。
「それ、持っててくれる? 高いけど、邪魔だからさあ」
「えっと。はい。ウソって? そうじゃなくて、わたしはあなたに、い、生きて、」
「それをこれから――見せるのさ」
時間的猶予までがあるわけじゃない。
俺は手早く〝スキル〟――『解凍』を発動して目当ての装備を呼び出した。
いまだ世界にみっつしか発見されていない『収納』というスキルを解析して開発された人類のオリジナル・スキル。要は、任意の装備品に『お着換え』をすることができるだけの機能だ。
そして呼び出されたいくつかの装備のうち、もっとも特徴高いフルフェイスの
「……」
といっても特別な機能があるアイテムではない。
だけど、もしかしたら、彼女も『知っている』かもしれない。
コレを被った時の、〝俺〟という〝姿〟を。
「くぜ……さん。それ……は」
彼女は、預けた俺のライセンス・カードを見下ろしたようだ。
その表示は、今まさに、塗り替わらんとしていることだろう。
「あ、ああ……!? そんな! うそ……だって久世さんは……うそ。久世さん……久世さん、が!!」
その表示は今、こうなっているはずだ。
●<JLA>No.TA1(T・W・O・M・A・S)
〝フェイスレス〟 age.■ Lv.1056
JLA貢献pt-■
JLAランク-2
保有スキル-■
World Composite Rank -5
World Individual Rank-1
――と。
「せっ、世界個人ランク……1位、でっ……そのっ、仮面て……久世さんが、久世さんが本当に、あの、あの、あの、あの」
そう。
これが、俺のもうひとつの〝顔〟。
「ここから先は
蹴散らしてやるぞ。って意味だ。
分かるか、生えてきてるお前ら?
さあ、やるぞ!
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