004.最深部へ
【
「最重要と目される現地協力員の要請受諾をゲッ……獲得。これより〝特異性〟特定のため最深部を目指す。機密情報への配慮はするが、必要に応じ、コード〝ウルティメイト〟としてなるべく穏便なカヴァーを要求する。俺として。以上。進む」
記録用の音声とともにVサインをカメラに送り、俺は目の前の彼女――
「よろしくな」
「あっ、はい! あの! よろしく、お願いします!!」
丁寧に両手を前にして、髪をうしろにまとめた頭をがばっと下げてくる。
うんうん。素直ないい子だ。なんだか庇護欲が湧いてくるよーな、かわいー子だ。
実際、普通に見てもなかなかかわいいどころだろう。たぶんけっこうモテることだろうね。
小顔で、首筋から想定される体躯もすらっと整った、ダンジョンなんかに潜らずにストリート・モデル誌にでも載っかってた方がよほど『らしい』と思わせる。とはいえ迷宮に潜って名を売るモデルや芸能人も今じゃ珍しくないけどな。
んで、小顔とかすらっととかというのも当然というか言いようというか。要するに全体的に小さめなんだよな。そこにスポっとサイズの合ってないブカブカジャケットとか着てるから幼稚園児未満の子が大人のフルフェイスヘルメットかぶってウロウロしてるSNSの動画系で見るような……小動物的な『かわいらしさ』を全開にしてしまっている。
いや幼稚園児はさすがにないけど。でも、ギリギリ小学生に間違えられることは普通にありそうだ。
想像すると笑える。ちょっと目撃してみたい。
「んっふ」
「あの?」
いや現実でそうされると人ってどんな反応するのかなってね?
「なんでも。じゃ、いこっか!」
「あ……は、はいっ!」
てこてことついて並んでくる。思わず頭をぐりぐりなでたくなって手を出しかけたけどそれは留まっておく。よくないね、相手の人格は尊重しないとさ。
あ~、やっぱり俺のこと大好きになってくれて好きなだけなでさせてくれる犬飼いたいな~。
飼えないわけでもないけど、踏み切れないのは――大型か、小型か。それが問題だ。
「……?」
想像上の毛並みにワシワシしてる俺の手を、桜庭悠里ちゃんが不思議そうに見つめていた。
「桜庭ちゃ……さんは踏深者のライセンス取ってどれぐらいなの?」
ちなみに、対面した時すでに彼女の体表はスキャンしてあるので彼女が少なくとも『パーソナル・カード』を獲得してることだけは確定だ。だが、極めてごく薄い迷宮膜は彼女がほとんど〝経験値〟を獲得していないことを示している。レベルは1か、下手をすればまだゼロだろう。
「あ、はい! 待ってください……これです。一か月ぐらい前に基本事項を受講して、ライセンスを発行してもらいました!」
と言って歩きながらチャックつきの内ポケットから取り出した<
●<JLA>No.TH67572
桜庭 悠里age.16 Lv.0
JLA貢献pt-3
JLAランク-G(37,868,821)
World Composite Rank -1,056,828,862
World Individual Rank-1,056,828,865
カード表面にうっすら表示される個人情報は、案の定のドベごほんげふんもといなんの経験も貢献もないド新人を示していた。
上部の<JLA>関連の情報と下部の世界ランキングの情報で表記法が微妙に違うのは、このライセンスカードの内側に『パーソナル・カード』と呼ばれるものが入っているからだ。
少し説明すると、迷宮に一度でも入った人間はこの『パーソナル・カード』というものを迷宮から贈り渡される。身体がフワっとした感じがして、身体の中からヒュッと出てくる形だ。
このカードは実にシンプルかつ根源的な〝機能〟を持ち、世界中の踏深者の序列を示し、また、個人保有スキルだのの管理を表示するようになっている。
まるで、人々に攻略や名誉を競わせたがっているかのようにな。
んで、この『すこし・ふしぎ』なカードを包むように上から加工して発行されるのが、ライセンスカードだ。
ライセンスカードにも迷宮を研究解析した成果としての技術が少し使われており、組み込んだパーソナル・カードの情報を読み取って、これまた迷宮から採取・加工された光の反射でラミネートのように輝く砂みたいな素材で、ご覧の通りの〝表示〟を行なっているのである。人間の組織側が表示したい情報も追加しながらね。
というワケ。
このライセンスカード規格が一応世界では共通して使われており、踏深者としての個人の実力や地位を証明する材料のひとつとなっている。
だが、一応言っておく。
「カードはそう簡単に人様に出して見せちゃダメだぞお。よっぽど信用してる人間か、必要がある手続きの時以外はな。それもなるべく公的機関の時だ」
「あ……は、はい、すみません。でも、久世さんのことは信頼できるって思っているので……」
そりゃありがたいね。
「だが信用できてても、だ。今はスキルとかも持ってないっぽいからだれに見せても変わらないって思うかもしれないけど、そのカードは貢献ポイントやクレジット引き出しの管理カードにもなってる。噛み砕いて言うと、簡単にカードを出すヤツは侮られやすいんだ」
「……」
「詐欺には狙われるし、ちょいと痛めつけて、脅せば、差し出してくるかもしれないだろ? だから踏深者として大成したいなら――あいや訂正。人並みのまともな生活が送りたいなら、ライセンスカードは場合によっちゃ自分の肉体やタマシイと一緒に地獄まで道連れにしてやるぐらいのつもりでいた方がいいぜ、ってコト!」
実際、家族間でライセンスカードにまつわる財産トラブルも多い。
細かい考えは人それぞれだろうけど、最終的に自分の立場と財産は自分ひとりで守らなければならないものには違いないんだ。
「……」
うん、うん……と話を真剣に相槌もしながら聞いていた彼女は、最後にしっかり自分に刻み込むようにひとつうなづいた。
「分かりました。ありがとう、ございます!」
本当にイイ子だなぁ~~。……今時箱入りお嬢様ってことはないだろうけど、お兄ちゃんなんだか心配になってきちゃうよ。
「ま、せっかくそこまで信頼して見せてくれたんだから俺の方も情報を開陳しておきますかね。――ホイ! これが俺のライセンスカード!」
えっ!
と声を出して桜庭ちゃんは俺が胸ポケから取り出したカードを、水を浴びせられたようにぱちくりして見上げていた。
「そ、そんな。いいんですか?」
「等価交換ってコトよ。ナビゲート男のことも少しは知っておかないと心配だろ?」
もっとも、見たら安心できるとも言っていないけどな。
「で、ではありがたく拝見……いたし、ま……え?」
桜庭ちゃんは自分はこれからすごいものを見るのだとでもいう風に俺のカードに目を通し……
そして、固まった。
「……え?」
と、もう一回、疑問符。
ま、そうだよな。なぜなら俺のライセンスカードに表示されていたのが、
●<JLA>No.TA4867
久世 幹也 age.22 Lv.5
JLA貢献pt-787
JLAランク-G(22,868,821)
World Composite Rank -982,765,132
World Individual Rank-997,866,666
だったからだ。
「あ、の……これ」
「気づいた? 個人ランクのさあ、末尾がちょうど今6がいっぱい揃っててレアなカンジだろお?」
今だけの偶然だけどコレ、ちょっと気に入ってるんだよね。
8か9あたりで揃えるの目指すことも考えたけど、難しいか?
9億のケタでゾロ目が取れたら俺なら絶対に記念撮影してネットにUPするね。ていうか考えてみたら9億台のゾロ目野郎って世界のどこかに絶対いるんじゃん……会えたら一緒に記念撮影してほしい。金だって払う。いや野郎とは限らないか。
帰ったら証拠画像がUPされてないか検索しよ。
見つけたらたとえ海の外でも飛んでいく所存。
「あの…………大丈夫、なんです、か?」
かなり怖々とこちらの顔を見上げてくる桜庭ちゃん。うん、気持ちは分かるよ。
ちょっと番号が古い以外は取り立てて実績も見られない新人同然の数字だからな。
「信用できなくなっちゃった?」
「っ!? いいいいえそんなことでは決してなくっ! あのえっとあのあのあの、……うう……すみません。わたし、業界のこととか本当に分からなくって……普通は、これぐらいのレベル帯でも、あるていどひとりで探索できたりするものなんですか?」
なるほどね。
「いいや。迷宮を甘く見ない方がいい。モンスターの基準で言うならこのレベルで通用するのはせいぜい3層までが限界。そこまではまだソロでもいけるだろうけど、普通にやっていくなら変な考えは起こさず最初からチームを組むことを考えた方がいい」
実際、『ソロの実力者』って記号にあこがれ抱いちゃって死亡するヤツは多いって聞くしな。
俺のせいじゃないよな……?
「な、なるほど。あの……」
まだなにか言いたげな、俺の身を心配してくれていそうな眼差しを送ってくる彼女に俺はあえて答えず、背中の機材をよっと揺すって見せた。揺れないけどな。
「〝ここ〟はさ、魔物が一切出ないから。俺みたいなヤツに観測機材を背負わせて実地調査も可能だろうってみなされたわけ」
「……研究者の方なんですか?」
「ああ。俺は専門家じゃないけどね。こうして重ための機材を運んで持ち歩く現地派遣員ってところかな。さすがに一度もダンジョンに潜ったこともない研究畑の人が練り歩くにはキツい地形だからさ」
「なるほどです……お仕事なのに邪魔してしまって、本当にごめんなさい」
いいってことよ。
俺は崖になった場所に固定したワイヤーを降ろして、桜庭ちゃんにもベルトを回して固定具をつけてやった。
「この器具のハンドルを握って、少しずつリリースしていって。離すとロックする。俺が先に降りるから、トラブルがあってもパニックになって握り込んだりせず。なんなら暴れずそのまま俺の上に落ちちゃってくれた方がいいから。身体を揺すらないことを最優先にして」
「は、はい!」
問題なく降りた先の陸地の壁際で、三角形に開いた第5層への入り口前を確保した。
普通に考えると迷宮というのは10か5層刻みで『なんらかのキリ』が用意されている。
この『TTai-N02』が極浅層からなる未成長迷宮であるなら、この先が最深部である可能性は高い。この『TTai-N02』が『普通でない』ことを考慮しなければ、の話だが。
「もし第5層が最深部だった場合――この迷宮がまだ『生きている』ことから考えても、〝L-コア〟が存在し、また、君が聞いた〝声〟の主となる現象が待ち構えている可能性は低くない。まずは俺が入って安全を確認してから戻ってくるつもりだけど、十分以内に俺が戻ってこなかったら絶対にあとを追わず、引き返して入口にいる黒スーツの人に声をかけるように。ていうか君が入ってきた時、いた、あの人?」
「あ、はい。いた……ような気がします。<
まあねと笑ってから俺は5層とを隔てる闇をくぐった。
そしてそこが最深部らしき広場であること、なにも危険の発動スイッチに類するものもないことなどをたしかめ、一通りのデータを取ってから、4層に顔を出して桜庭ちゃんに手招きをした。
「一応言っておくと、君の侵入がトリガーで〝異変〟が始まる可能性も否定できない。なにかあっても俺が守るけど、君自身もできる範囲でいいから慎重を心がけて」
「……はい!」
決意を固めた風な彼女に手を取らせて、5層へと引き入れる。
そして、俺の〝アテ〟は――見事にビンゴしたのだ。
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