19話「白装束の悪霊と遭遇ス」

「よし、二人とも準備は整ったようだね」


 京一が顔を交互に二人へと向けて確認を取る。


「「はいっ!」」


 すると優司達は腰に自身の除霊具と護符を数枚懐に入れて準備は万端であった。


「うむ、良い返事だ。では行くぞっ! これより俺達の班は首狩り神社に現れる正体不明の悪霊を除霊するッ!」


 幽香が真剣な表情を彼に見せると、京一は小さく頷いてからこの場に居る二人を鼓舞するかのようにして声を大きくして言う。

 そして三人は靴を履いて急いで神社を出ると霊力の反応が現れた場所へと駆けて行く。


 既に外は暗闇に包まれていて、その中に聳える木々たちは昼間の時と違って何処か異様なものに優司は感じられた。だが自身がこれから初陣だと言う緊張感からか、彼は脈打つ鼓動が耳の奥で聞こえて少しうるさかった。


「二人とも止まれッ! 恐らく対象は”アレ”だろうな……」


 暫く木に囲まれた砂道を走っていると京一が突然右手を広げて幽香達を無理やり止めると、優司は下げていた顔をゆっくりと上げて”悪霊”の姿を確認する。


「……ッ。やっぱり野村さんが言っていた通りの姿ですね……」


 彼が言葉を小さく呟くと目の前には青白く体の輪郭が発光している白装束を纏った年老いた女性が佇んていた。だがその女性は明らかに生者ではなく、まるでお伽噺の世界に出てくるような山姥のような醜い顔をしている。


「なっ!? せ、先輩……あ、あれをっ!」


 すると幽香が何かに気が付いた様子で声を上げると、悪霊の手元へと人差し指を向けていた。


「クソッ、いつの間に殺ったんだ! この悪霊が現れてまだ、そんなに時間は経っていない筈だぞ!」


 彼女に言われて京一が悪霊の手元に視線を向けると、途端に彼は視線を尖らせると同時に声を荒げて怒りを顕にしている様子であった。


 出会ってまだ間もないが温厚そうな先輩がこんなにも怒るとは一体何事かと、優司も釣られて視線を向けてみると悪霊の手には人間の五体の一部である頭部が皺だらけの左手にしっかりと握られていたのだ。しかもその頭部は男性のもので年齢は十八と言った所である。


「うぐっ………」


 そんな光景を目の当たりにして優司は吐き気を催すと咄嗟に右手で口元を押さえた。だが暗闇に視界が段々と慣れてくると切断された頭部はまだ新しいのか首から血が流れ落ちていて、それはまるで昼間に見た動物の生首の件と類似していた。


「……良いかい優司くん。これが悪霊を除霊すると言うことの意味だ。しっかりと覚えておきなさい。そして悪霊は除霊師を見ると大抵は――襲い掛かってくる」


 彼が精神的にやられているのを見て察したのか真面目な声色で京一が告げてくると次の瞬間には、悪霊が左手で掴んでいた頭部を茂みの中へと投げ捨ててゆっくりと歩き出すと三人の元へと近付いてきた。

 

「来るぞ! 二人とも除霊具を直ちに構えて備えろ! これより悪霊の除霊を行い、これ以上の民間人犠牲者は防ぐぞッ!」 


 悪霊が右手に持っている錆びたナタのような刃物を舌で舐めながら歩みを進めてくると、京一は自身の除霊具を構えて悪霊を見据えると共に任務開始を宣言した。


 その姿に先程までのおちゃらけた先輩の雰囲気は一切感じられず、優司はこの人は本番に強い性格なのだと何となくだが理解した。


「「了解ですッ!」」


 そして二人は言われた通りに除霊具を腰から引き抜いて構えると、京一と同じく悪霊へと視線を向けて優司は相手の出方を待った。


「あの悪霊は人を殺した……。それはつまり悪霊自体のレベルが相当上がっていることを意味する。……こう言っては悪いが、まだ動物達の首を狩っていた頃なら楽に除霊出来ただろうね」


 京一は悪霊にじっと視線を釘付にさせて相手の力量を憶測で測ると、困り顔を見せながらも少しだけ口角を上げて笑みを見せていた。


「つってもしょうがないですよ先輩。どの道もう俺達は後ろには下がれない状況ですしね……」


 優司が一歩前に出て彼の隣に並び立つようにして言う。


「なに? それはどういう……ああ、そういうことか」


 京一は疑問の声色を出して聞き返していたが直ぐに背後の状況を感じ取ったのか納得している様子であった。


「幽香くん、すまないが後ろのゲイザー達を任せても大丈夫かな?」


 京一が振り返って自身の目で状況を確認すると即座に彼女に指示を出す。


「はい! 任せて下さい!」


 幽香はそれを大きく頷いて返すと腰に携えてられていた日本刀を鞘から引き抜いて構えた。


 そう、彼らの後ろには既に小物の悪霊が数多く浮遊していてる状態であるのだ。

 恐らく白装束の霊力に引き寄せられて集まったのだろうと優司は考える。


「よし……俺と優司くんは目の前の本命を叩くよ。相手は長物だから一定の距離を保ちつつ中距離から攻撃した方が良いからね」


 相手が持っている武器を考慮して京一が冷静に戦い方を思案すると、彼自身の除霊具は優司と同じく銃系の物であるのだ。だが彼と違って京一の除霊具は拳銃のように携帯する事に優れている訳ではなく、世間一般的に小銃と言われる部類の物である。


「なるほど……。でしたら俺と先輩の除霊具は打って付けという事ですね」


 彼が背中に掛けていた小銃を手にする所を見て優司は指示の内容に理解を示す。


「ああ、そういう事さ。あとは逐一俺が指示を出すから、今は取り敢えず相手の特性を伺うぞ!」


 京一は構えた小銃の安全装置を外して狙いを定めると引き金に指を乗せた。


「「はいっ!」」


 優司と幽香が同時に返事をすると、それを合図としてか京一が引き金を引いて発砲音を周囲に轟かせる。そして幽香は発砲を耳にすると振り返らずにゲイザーの群れへと向かって走り出だし、優司も引き金を指を置いて二発の弾丸を悪霊に向けて放つ。


 ――――だがその刹那、悪霊が口を歪に開くと優司は自身の耳を疑う事となった。

 何故ならその悪霊は右手に持っているナタを使って銃弾を小石のように棒で弾くが如く叩き落すと、


「ふっ、こんな所に霊力の強い人の子がいるとはなァ。これはこれは……先程食べた男よりも美味そうだァ」


 そのまま開いた口から涎を垂らしながら人語を使って喋り初めたからだ。

 今まで授業中に戦ってきた悪霊には人語を介する者はなく、いたとしてもそれらはとてもじゃないが人語とは理解出来ないような音を発しているだけであった。


「くっ、コイツ人を食らって喋れるようになっているのか……。クソッ厄介だな」


 悪霊の言葉を聞いて優司が驚愕して固まっていると、その横では京一が依然として小銃を構えて照門越しに視線を向けたまま相手の様子を伺っていた。

 

「だがそうだなァ。そこのお前は”混ざっている”から美味くはなさそうだァ。……がァしかし残りの二人は美味そうだァ。ひゃひャっ!」


 悪霊はナタを左右に振り回してから刃先を優司へと向けると意味の分からない事を口にしてから視線を京一や幽香へと向けて笑いだした。


「生憎俺はこの前の健康診断で引っかかってるから不味いけどな」


 悪霊が放った美味そうという言葉に京一は何を思ったのか薄らと笑みを見せながら返す。


「ふっ、人間の味は霊力に依存するゥ。ゆえに美味いか不味いかは食えば分かることだァ。だがまずは……お前から味見といこうかァ」


 白装束がそう言ってナタを舐めてから再び歩き出すと徐々に早歩きへと変わっていき、やがて体が中に浮かび始めるとナタを突き出して一直線に京一と優司の元へと目掛けて飛んできた。


「くそっ、やられたな! これでは俺と優司くんどっちを狙っているのかギリギリまで分からないぞ!」


 京一は一直線に飛んでくる悪霊を見ながら焦りの声色を出すと、その場凌ぎなのか数発の弾を続けざまに放った。……がしかしその尽くを悪霊はまたしても叩き落とす。


「先輩! あの悪霊はきっと先輩を狙っています! 理由はあの白装束が俺を見て不味そうだと言っていたからです!」


 優司は彼が焦っている事を銃の扱い方を見て悟ると、先程悪霊が言っていた言葉を思い出して京一に狙われている事を告げた。


「……優司くん。相手の言葉を鵜呑みにするのは良くないね。まして悪霊の言葉な――」


 京一は数発の弾丸を放った事で冷静になったのか彼の言葉に注意を促すと、


「く”あ”ぁ”ぁ”ぁ”!?」


 突如としてその隣から優司の悲鳴が暗い木々に囲まれた場所に轟音の如く木霊した。


 そして悲鳴を聞いて京一が彼の方へと顔を向けると、そこには心臓の位置にナタが突き刺さって微動だにしない優司の姿があるのだった。

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