18話「悪霊の気配来たれり」

「んー……ねぇ優司くん? ちょっと質問いいかな?」


 椅子に座りながらカレーを食していた京一が顔を向けて唐突にも訊ねてくる。

 

「はい? 別に大丈夫ですけど……急にどうしたんですか?」


 その出来事に優司はカレーを乗せたスプーンを口元辺りで止めると、そのまま手を下ろして一旦皿に戻してから返事をした。そして優司の対面には幽香が座っていてサラダを小動物のように食べていたのだが、先輩が質問をしてくると同時に首を傾げて口が止まっていた。


 今現在彼らは食事を取るために居間へと来ていて、三人は幽香が時間を掛けて作り上げたカレーを食べながらこのあと戦うであろう悪霊についての話をしていたのだが、京一が唐突にも質問をしてきた事で中断したのだ。


「ああ、実はね。優司くんが……本当にあの三代名家の一つ”犬鳴家”なのかなって」


 京一は彼の顔を真剣な眼差しで捉えながら重々しい雰囲気を出して口を開くと、その中身は優司にとって気の抜けるものであった。


「ええ、まあ一応そうらしいですけど……。何ですかその質問は」


 真面目な雰囲気を纏いながら彼は一体なにを聞いてくるのかと緊張してみれば、優司はそんな肩書きだけの話には関心が無くどうでも良くて若干適当に返事をした。


「いやね? 三大名家というと生徒会長やキミたちの担任のように独特の重厚な覇気のようなオーラが出ているからさ。だけど優司くんにはそれがないなーって」


 彼の全体を確認するように下から上へと視線を動かすと、どうやら優司が三代名家の一つだと言うのに特有の雰囲気が全くないことに京一は気になっているようであった。


「まあ確かに篠本先生とかは雰囲気が一般の先生と違いますね。ですが……雰囲気がないのは多分生まれつき俺の影の薄さが影響しているものかと」


 学園に入るまで自身の家系が悪霊払いを生業としている事すら知らずに生きていた事が影響しているのか、優司は今でも自分が犬鳴家という名家であることを認めきれないでいる。


 それはもはや名前が一人歩きしている状態であって、彼は正直犬鳴という苗字を持っているだけで良い思いはしていない。

 それは学園で度々起こる面倒事の半分ぐらいは名前が関わって引き起こされているからだ。


「ははっ! 優司くんは急に面白いことを言い出すなぁ。だけど安心してくれ。キミはちゃんと学園内では”有名”だからね」


 何を思ったのか急に京一は笑い声を上げると、矢継ぎ早に何処か引っかかりのある言葉を放っていた。


「えっ……? そ、それは一体どういう意――」


 優司は当然その言葉の引っかかり部分が気になると直ぐに聞き返すが、


「さぁ、夕食を食べたら皆で”ONU”をやろうか! 悪霊がいつ出るのかも分からないから、暇つぶし用の物を沢山持ってきてあるんだ!」


 京一はいきなり話題を変え出すとカードゲームをやろうと言い出した。だがあまりにも急すぎる話題の変更ぶりに幽香は思うところがあったのか難しい表情を浮かべて静かに手を上げた。


 その様子を優司は目の当たりにすると、恐らく彼女は一体なにを言い出しているんだと先輩に対して注意するのではないかと優司には思えてならなかった。これでも幽香は曲がった事が嫌いで、しかも今回は悪霊を除霊しに来ているのであって遊びに来ている訳ではないと。


「ん、先輩……ONUって何ですか?」


 幽香は表情を変えずそのまま真面目な声色でそう訊ねた。

 その刹那、僅かな静寂の間が流れると優司は手元からスプーンが零れ落ちそうになった。


「……おっと、これは珍しい。まさかの未経験だとはねぇ。ちなみに優司くんはルール分かるかい?」


 京一も彼と同じく予想だにしていなかったのか幽香の言葉を聞いて呆気に取られている様子ではあったが、表情を緩ませるとそのまま顔を横に向けてルールの確認を問うてきた。


「あ、はい一応分かりますけど……それよりもさっきの質――」


 優司はONUを親友の三人と共に良く遊んでいたことからルールについては完璧なのだが、今はそれよりも気になる事を優先して再度質問しようとした。


「まあONUのルール自体は凄く簡単だから直ぐ覚えられるさ。だけどアレは地元によってルールが所々異なったりするから確認は大事だね」


 だが彼の言葉はまたしても京一が声を上から被せるよに出して掻き消した。そして京一はそのままカレーを掬って一口食べると、今度は地元特有のルールがあると何故か決め顔を見せなが言っていた。 


「そのONUってゲームには色々とあるのですね……。是非詳しい説明をお願いします先輩っ!」


 それを聞いて幽香は手に持っていたスプーンを皿の上に置くと、そのまま神妙な面持ちで思案するような素振りを見せてONUのルール説明を京一に頼み込んでいた。


「うんうん任せといて! ……てかさっきから話がコロコロと変わって申し訳ないんだけど幽香くんってそんなに女性っぽい体型だったけ? それに心なしか声も少し高いように聞こえるし……実は性別を偽っていたり?」


 力強く自身の胸を叩いて京一が主張して言うとまたしても話題を変え出したが、彼は喋りながら幽香の全身を興味深そうに眺め出すと今一番優司達が恐れている女体化の事実に少しつづ近づいているようであった。


「なっ!? そ、そそ、そんな事ないですよ! 僕は列記とした男ですよ! ただ生まれつき女性のような容姿なだけで……ははっ」


 スプーンの上に乗っていたカレーを皿に落とすと幽香はそれと同時に表情を忙しくさせて彼に女体化の事実を悟らないようにか、自らが嫌っている女性に見られがちの容姿を使ってまで誤魔化そうとしていた。


 今現在時刻は十八時を過ぎている事から既に幽香は女体化しているのだが事前にトイレで晒しを巻いていたらしく胸の大きさで見つかる事はないであろうと、優司は焦りが募っていく頭でも何とか考える事が出来た。


 だがしかし、どうにも隠せない声質や女性特有の雰囲気が顕となっていて非常に危険な状況下であることには変わりないのだ。


 そして優司が幽香のその確たる意思を目の当たりにして視界を凝らすと、彼女の右手が自然と握り拳を作り上げて小刻みに震えていることに気が付いた。

 つまり今の幽香は本来の自分を押し殺して堪えているのだと優司は心中で彼女の努力を称えた。


「あー……そうなの。なんか深いこと聞いちゃってごめんね? 任務が終わったらお詫びのしるしとしてコンビニで何か買ってあげるから」


 少なからず幽香から漂う異変を感じ取ったのか、京一はそれ以上話を深堀することなく両手を小さく合わせて謝罪をしていた。


「い、いえ別に大丈夫ですけど……」


 震えていた手を下げてスプーンを持つと幽香は再びカレーを掬って食べ始める。

 ――それから何とも言えない空気感が三人の周りを包み込むが、それでも夕食は続行されるのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして静まり返った中での夕食が終わって暫く食後の休憩を取ると、三人は除霊具や荷物が置いてある部屋へと集まって悪霊が出現するまで例のゲームをやり始めていた。


「くっ……なぜ僕だけ一方的に手札が増えていくんだ……」


だがそのONUゲームも終盤へと近づくと幽香は大量のカードを持ちながら苦悶とした声を上げた。


「そりゃあ幽香が初心者だからだな。悪いが俺はゲームの勝負で一切の手加減はしないっ! そしてこのラストカードを叩き込めば俺の勝ちだぜ!」


 優司は残り一枚のカードを指の間に挟みながら揺らすと、自身の勝利を確信して最後のカードを勢い良く叩き落とそうとした。

 ――――だがそこで京一が唐突にも右手を出してそれを防いでくる。


「おっと優司くん? 何かお忘れではないかね?」


 彼はそのまま口元を緩ませると僅かに白い歯を見せながら余裕のある笑みを見せた。


「な、何を……はっ!? し、しまったぁぁ! 俺とした事が”ONU”と言うのを忘れていたぁぁあぁ!」


 一体この期に及んで何の抵抗をしてくる気なのかと優司は思ったが、直ぐに”とある単語”が脳裏を過ぎ去っていくと両手を畳に付けて崩れ落ちた。


「はーい、ペナルディだから二枚引いてね~」


 京一は余裕綽々のままそう言ってくる。


「く、くそぉ……」


 優司は大人しくルールに従って山札からカードを引取ろうと手を伸ばす。


 ……がしかし彼がカードを引こうとした瞬間に背筋に悪寒のようなものが駆けて手が止まると、その数秒後に突如として外の方から禍々しい霊力の反応が出現した。


 その霊力をこの場に居る三人は瞬時に感じ取ると京一は持っていた手札を置いて、


「やっとお出ましのようだね。悪いがゲームはここまでだ。二人とも今すぐに除霊具を装備して出るよ」


 腰を上げて立ち上がると優司達に顔を向けて直ぐに準備して外に出るように指示を出した。


「「はいっ!」」


 優司と幽香は同時に覇気の篭った声で返事をすると、事前に準備しておいた除霊具を装備する為に急いで動き出すのであった。

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