20話「バーサーカー幼馴染」
「優司くん!」
京一は一瞬の出来事に何が起こったのか理解出来てない様子で目を見開いて彼の名前を叫ぶ。
「がはあ……ッ」
優司は自身の胸元に突き刺さっている刃物を見て自らの死を覚悟した。
「一体なにが……おこ……った……」
彼は手足が震えて始めて声が掠れていくと同時に、全身の力が抜けていく感覚に陥りその場に崩れ落ちた。
「なっ! 優司ーーッ!」
優司の背後から幽香の叫び声が聞こえてくるが、今の彼には最早声を出す余力すら残っていない。段々と呼吸をすることすら難しくなってきていて、息を吸うという行為に全ての力を使っている状態なのだ。
「ひゃひゃ……人の子は単純で殺りやすいィ」
白装束の悪霊は彼が地に伏せた事を確認すると徐に右手を突き出して霊力を使ったのかは分からないが、突如として優司の胸に突き刺さっていたナタが消えるとそれは悪霊の手元に出現した。
「アイツは自らの武器を手元に引き寄せる力があるのか……。だがそれだけでは優司くんの胸を貫いた事とは結びつかない……」
京一は悪霊の能力を分析しようと必死に頭を動かしている様子ではあるが、いまいち答えにはたどり着いていないようである。そして彼は機を見計らって優司の元へと駆け寄ると、
「大丈夫か優司くん! 生きているか!」
身を案じる声を掛けながらしゃがみ込んで彼の首元に指先を触れさせて脈を測る。
すると僅かにだが優司にはまだ脈があり、完全に死んでいる様子ではなかった。
「ははっ……キミは悪運が強いと言うことか……」
京一は何故か笑みを浮かべて呟くと彼が生きているという確認を終えて指先を退かそうとした。
――だがその刹那に優司は自身が大きく脈打つ鼓動を心臓の部分で感じ取り、それを引き金として彼は次第に呼吸が楽になっていく。
「なにをしているのか知らんがァ。その人の子はもうすぐ死ぬゥ」
悪霊は気まぐれなのか京一の行動を見ても襲いかかろうとせず、剰えナタの刃先を向けて言ってくる。
「さて、それはどうだろうかね? 彼はこれでも三代名家の”犬鳴”だからね。そう簡単に死にはしないさ」
京一は腰を上げて立ち上がると悪霊に視線を合わせて彼が犬鳴という事を教える。
「ふっ、所詮は人の子と言うことかァ。……だがまぁいいィ。そろそろお前達の首を狩らせてもらうゥ」
悪霊は彼が言っている事を理解出来なかったようでナタを構え直すと勢い良く飛び掛かってきた。
「くっ! ……お前は一体なぜこの地に現れた! ここで何をしている! 何をしようとしているんだッ!」
一瞬にして彼の目の前に現れた白装束はナタを一直線に振り下ろすと、京一は銃剣を使って押さえ込みながら鍔迫り合いを始めると悪霊に対して幾つかの質問を投げ掛けた。
「そんなこと分かりきっている事だァ。生きる者の首を切り落として”姦姦蛇螺”様に魂を捧げるのだァ。そうすればあの方が復活して再び時代が訪れるゥ」
彼の質問に対して悪霊は首を狩る目的を告げると、その中には悪霊と思わしき言葉が含まれていて京一は表情を歪ませながら反応する。
そして白装束は次第に競り合う力が増していくと彼の銃剣は金切り音を上げ始めるが、
「はぁぁぁ――ッ!」
突如として横から物凄い速さで何者かが駆けていくと刀を振りかざして二人の間に割って入った。
「なっ!? ゆ、幽香くん!?」
刀を振りかざした者に視線を向けると京一は驚愕の声を出して彼女の名を口にした。
「チッ……こざかしいィ」
幽香が間に割って入った事で悪霊は大きく後ろに下がると舌打ちをして彼らを睨む。
「すみません。遅れました」
京一のそばに並び立つと彼女は視線を白装束に向けたまま遅れた事を詫びた。
「あ、いや……それは良いんだけどゲイザーの群れは……」
いきなり幽香が現れたことに彼は未だに呆然としている様子だが、先程まで小物達を除霊していた筈だと疑問の声色を出して訪ねる。
「ええ御心配なく、全て切り伏せてから参りましたから。それよりも優司は大丈夫なんですか……?」
すると幽香は涼しい顔をして全てを払った事を言うと矢継ぎ早に優司の身を心配していた。
「あ、ああ脈は弱まっていたがまだ息はある。早めに病院にさえ連れて行けば死ぬことはないだろう」
京一は額に冷や汗らしき雫を滲ませながら彼がまだ生きている事を教える。
「そうですか……良かった。本当に」
幽香は途端に表情を少しだけ緩ませて胸を撫で下ろしているようであった。
――だがその彼女の安堵が油断へと繋がったのか、
「ッ!? 幽香くん横に避けて!」
京一が何かの異変に気が付いたのか声を荒げる。
「えっ――」
そして幽香は顔を正面へと向けると、そこには白装束がナタを横に持ちながら迫り来ていて、まるでそれは彼女の首を胴体から切り離す為だけの一撃を加えようとしている場面であった。
「おらあああッ!」
だが白装束が彼女の首を切り落とそうとナタを振るうと同時に、優司は呼吸を整え終えて立ち上がると横から悪霊に目掛けて渾身の体当たりを仕掛けた。
「なんだとァ!?」
悪霊は不意打ちを食らったことで大きく仰け反ると、優司はこの機会を逃さずに三発の銃弾を続けざまに放った。
「うがぁっあ”あ”あァ”!?」
白装束は突然の出来事に反応が遅れたのか意図も簡単に銃弾をその身に全て受けると、とても人語を介するような者が上げる悲鳴とは思えない声がこの場に木霊した。
「優司!?」
「ゆ、優司くん!?」
けれど悪霊のことよりも幽香と京一は、突然復活して悪霊を一瞬にして追い詰めた彼の方に意識が向いているようである。
「はぁはぁ……。まったく初見殺しの技は勘弁して欲しい所ですね……」
息を整えて直ぐに行動したことで優司は再度息切れを起こすが今度は軽度のもので倒れることはなく、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら余裕のある言葉を口にして二人に視線を合わせた。
「い、一体どうやって……あの状況から立ち上がる事が出来たんだい……?」
京一は微力にしか感じられなかった彼の脈拍を思い出したのか、目を丸くしながら言葉を詰まらせて訪ねる。
「はぁはぁ……。それは実に簡単なことですよ。俺は事前に心臓の位置に守りの護符を服の内側に貼っておいたんです。だから致命傷には至らなかったという事です」
優司は幸運なことに事前に護符を忍ばせておいた事で、心臓まで刃が刺さることはなく軽く皮膚を裂かれた程度の怪我で済んだのだ。
そしてその護符をくれたのは紛れもない幽香であり、彼は命を助けられた事に深く感謝しようと全てが終わったら都会の飯を奢る事を密かに心中で誓った。
「そうか……。護符の力が働いていたのか」
京一は何処か納得したような表情を浮かべて頷く。
「これも全ては篠本先生のスパルタ授業の賜物ですかね」
優司が胸の位置に護符を貼ったのは全て篠本先生の教えてあって、実践授業が行われる度に心臓の位置に守りの護符を忍ばせておけば致命傷は避けられると言っていたのだ。
そうして今回は先生の教えに助けられたので実質彼は二人に助けられたことになる。
「あとナタが刺さった時に僅かに相手の霊力が流れてきて、俺の体内の霊力が掻き乱されたので起き上がるのに多少時間が掛かりましたね……」
刃物が体に刺さった時に邪悪な霊力が体に入ってくる異物の感覚を彼は鮮明に覚えていて、そのせいで自身が霊力を全身に張り巡らせて回復を促す事が遅れたのだ。
「ふっ……。ともあれキミが死ななくて良かったよ」
軽く鼻で笑いながら京一は親指を立てて白い歯を見せてくる。
「優司……本当に体は大丈夫なのかい? どこか変な所とか違和感はないか?」
その隣では幽香が濁った瞳を向けたまま彼の身を案じているのか体を上から下へと隈なく見ていた。
「あ、ああ大丈夫だ。……と言いたい所だが、まあ動く分には問題はないだろう。それよりこっから第二ラウンドの開始だぜ! ねえ先輩!」
優司は右手を刃先が刺さった部位に触れて傷を確認すると劈くような痛みが体を駆けるが、気合で耐えるとこれからが本番だと息巻いて京一に声を掛ける。
「うむ、そうだとも! これより俺が指示を逐一出す。二人はそれに従って動いてくれ。即興の動きと判断が要求されるが二人なら大丈夫だと俺は信じている!」
すると彼も気分が高ぶっているようで小銃を構え直すと先程まで破綻していた司令塔を再び自分が担う事を二人に告げて、周りの雰囲気は一瞬にして優司達側に傾いているようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます