8話「朝食と特訓開始」

 それから優司が気絶している間にあっという間に朝を迎えていたらしく、隣で寝ていた美少女は既に男の姿に戻っていて胸がまな板であった。

 ちなみに彼は幽香が事前にセットしておいた目覚まし時計により、無理やり起こされた状態だ。

 

「おはよう優司。まだ時間あるからゆっくり着替えていて良いよ」


 そう言って幽香は彼が寝ている横で和装の寝巻きを脱ぎ始める。


「お、おう。了解した……」


 すると優司は朝から艶やかな光景が見られる事に対し仏に感謝を捧げた。


「あっ……。あんまり見ないでくれよ? と言っても男の着替えシーンなんて興味ないよな。ははっ」


 優司の視線が気になったのか幽香は一瞬ジト目で睨んでくるが、笑みを零すと再び着替えを始めていた。


「そ、そうでもぉ……?」


 しかし窓から入ってくる太陽の日差しが良い感じに幽香の体の曲線を照らすと、それは何とも幻想的な美しさを与えてくれていて彼にとって人生最高の目覚めを迎える事が出来た。


 それから言わずもがな幽香が着ようとしている服はジャージであり、優司としては男姿の時でも巫女服を着て欲しいかなと少し思ったりしていた。


「うーむ、しかし何とも魅惑的だ。本当に男なのか疑わしい所だが確かにあの部分には”膨らみ”があったな」


 彼は独り言のように呟くと、きっとそれは幽香には聞こえていないだろう。


「ん? 難しい顔をしてどうした優司? あっ、もしかして僕の着替えを見て気分悪くなったか……?」


 だが幽香は彼の表情を見て色々と勘違いを起こしてしまったらしい。

 しかし優司が幼馴染の着替えている場面を見て気分を悪くする筈がないだろう。


 むしろ見せてくれた事に対してお金を払いたいぐらいだが、それだともはや大人のお店のアレみたいになってしまうので、ここはそれとなく誤魔化す事にした。

 

「何でもないぞ。ただこうしてまた幽香と一緒に過ごせて嬉しいだけさ」


 優司は出来る限り爽やかな笑顔と声を作って誤魔化すと、


「優司……! そ、そんな事言ったって特訓は手加減しないからな! あと今から朝食を作り始めるから五分後に居間に来てっ!」


 幽香は見る見る内に顔を赤くさせて逃げるように部屋から飛び出して行ってしまった。

 一方で彼は先程の言葉が聞かれていない事に胸を撫で下ろすが……、


「自分で言っといて何だがこれ結構恥ずかしいな……」


 優司は冷静になって思うと結構恥ずかしくて何だが心にナイフが刺さったような感覚を覚えた。

 そしてそのまま幽香が用意してくれた服に着替えると、言われた通りに五分後に居間へと向かった。


「失礼します。幽香に居間に行くように言われて来ました」


 一言声を掛けてから彼は居間の障子を開ける。


「おっ、優司君おはよう。そんな他人行儀にしなくて大丈夫。自分の家だと思って寛いでくれて構わないよ」


 すると優司の目の前には新聞を机に広げて読んでいる鳳二の姿が確認出来た。しかも気になる事に居間は洋風の作りをしていて優司の想像していた、ちゃぶ台と座布団は一切無かった。


「あ、はい……。分かりました」


 それから時刻はまだ朝の六時だと言うのに、もうこの時間には皆起きている事からお寺と言うのは朝が早いらしい。優司だったらこの時間はまだ寝ていて何なら昼まで寝続ける事もざらにある。


「あっ! 丁度いいタイミングだね優司。今完成した所だから直ぐに盛り付けてくよ」


 奥の台所の方から幽香の声が聞こえてくる。


「あ、ああ。焦らずにゆっくりで大丈夫だぞ」


 どうやら彼は良い感じの時間で居間に到着したらしい。

 それに台所の方から食欲をそそられる肉の焼ける匂いや卵の匂いが微かに漂ってくる。

 

 優司はその匂いを感じた瞬間に一気に空腹度が増した気がした。

 まったくもって単純な胃袋だと言わざる得ないだろう。


「はい朝食の時間だよ。……って、お父さん早く新聞片付けてよ。お皿が置けないでしょ」

「言われなくても分かってるよ。はぁ……その細かい所は母さんに似たようだな」


 幽香に小言を言われると鳳二は渋い顔をしながら新聞を片付けていた。

 だがそこで優司はまだ幽香のお母さんに会っていない事を思い出し、ふと何処に居るのだろうかと気になった。


「あのー。幽香のお母さんってここには居ないんですか?」


 彼は何気なくその質問を二人に尋ねる。

 すると幽香が料理の乗ったお皿を机に置く時少し戸惑ったような動きを見せた。


「そうだねぇ。理恵はいま実家の方に帰っていて居ないんだよ」


 鳳二さんが頬を掻きながら理恵という名を口にする。


「そ、そう。お父さん言う通りだよ。本当なら直ぐにでも合わせたいんだけどね……」


 優司の気のせいだろうか幽香は僅かに焦りの口調となっていた。

 だが恐らく理恵とは幽香のお母さんの名前だろう。

 

 しかし残念な事に今はここには居ないらしい。

 折角だから挨拶しようと優司は思っていたのだが、また今度になりそうだ。


「ま、その話は置いといて。冷めない内に幽香の料理を頂こうか!」


 優司に顔を向けて鳳二が言う。


「そうですね。暖かい内に頂きましょう!」


 彼は元気よく返事を帰して三人で朝食を食べる事となった。


 だが幽香だけ表情に少し雲が掛かっているように暗かったのが優司としては気掛かりだった。

 鳳二も何処となく無理やり話を終わらせた感がある事から、恐らく聞いてはいけない事だったのだろう。


 ――それから全員が席に着いてから手を合わせると、


「「「頂きます」」」


 恒例の台詞を述べてから優司は幽香の手料理に箸を伸ばした。

 メニューは至ってシンプルだ。熱々のご飯に卵焼きと味噌汁だ。


 これぞ日本の朝食と言った感じたが、これを全て幽香が作るとは流石だ。

 きっと優司がやったら卵焼きが黒焦げとなり味噌汁は全て蒸発させること間違いないだろう。


「あっ……。なめこの味噌汁うんまぃ」


 彼は味噌汁を一口啜って呟く。そして視線を幽香へと向けると例え男の姿に戻ったとしても幽香は女子力が抜群に高く、見事な手際で朝食を用意してくれる完璧な幼馴染という事を改めて認識させられた。 


「本当か? なら作った甲斐があるな。お父さんは何の感想も言ってくれないからつまらないんだ」


 幽香はお茶碗を持ちながら鳳二の横でそれとなく毒を吐く。


「うっ。ご、ごめんなさい……」


 すると鳳二の表情はぎこちない感じになっていた。だけどこれが普通の親子の食事なのだろう。


 そこで優司はふと考える。最後に父さん達と一緒に食事をしたのはいつだろうかと。

 ただ、もう数年は一緒に食べていない事だけは確かであった。

 

 ――それから優司は黙々と幽香の手料理を食べて完食すると久々に朝からいっぱい食べた気がした。いつもは祖父母達に合わせて量が少なめだったから尚更だ。


「このお茶を飲み終わったら早速、優司には特訓してもらうよ」

「おう! どんな事だろうと俺は成し遂げてみせる!」


 二人は食事を終えるとそのまま居間で暖かいお茶を飲んでまったりしている。

 ちなみに鳳二は本堂の方へと向かっていった。住職としての務めが始まったのだろう。


 しかしこんな余裕な態度を取っていられるのも今の内だけだ。

 幽香が言った通り優司は今から特訓が開始されるのだ。それも全て悪霊と戦う為に。


「よし、そろそろ特訓を開始するか。初日は体を慣らす為にキツめなのは避けておくけど、霊力を感じ取る為の特訓は一番大事だから手を抜いちゃ駄目だよ?」

「任せとけ! 俺は中途半端が嫌いな男だからな!」


 そう言って二人は居間を後にすると特訓をする為に外へと向かった。

 だがこの時期で早朝だと依然として肌寒く優司の体は小刻みに震え出してしまう。


「お、思った以上に寒いな……。早いこと特訓しないとこのままでは凍えてしまうぞ」


 道路の端で体を震えさせながら彼の口から白い息が出て行くと、幽香は寒さを感じていないのか涼しい顔をしてこう言ってきた。


「こんなんで寒いって言ってたら駄目だよ。だけど早く特訓しないと体温が下がってきちゃのも事実か……。よし、最初の特訓は走り込みにしよう。それでまずは体温を維持しないとね」

「りょりょ、了解した……!」


 最初の特訓は体温を上げる為に走り込みとなった。これではまるで部活の朝練のようだが、きっとこれも悪霊と戦う時に必要な事なのだろう。例えば悪霊に追われて逃げる時とかだ






「うぉぉぉぉ!! この坂なんだよ! 急勾配過ぎるだろぉぉ!」


 今優司は声を荒げながら只管に坂を駆け上がっている。それはもう全力でだ。

 しかしこの坂は尋常ではない程に急勾配で、地元にこんな坂があったのかと彼は初めて知ったぐらいであった。


「頑張れ優司。ちなみにこの坂は別名【心臓破りの坂】とも言われているぞ! だから持久力を高めるには打って付けの場所なんだ。さあさあ早く上がってきてくれ!」


 その心臓破りの坂を身軽に駆け上がって彼の先頭を走る幽香は表情から察するにまだまだ余裕そうに見える。一体この特訓を何年前からやっているのだと言うのだろうか。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さて、走り込みはこれぐらいにして次は公園の遊具をお借りして懸垂をしてもらう。取り敢えず反動を使わないで二十回連続で出来るように」

「ま、マジッすか……」


 良い笑顔をしながら優司に鬼のようなこと言ってくる幽香。

 だがこれをやらないと次の特訓に進めないでやるしかないのだが、本当に今日は体を慣らすだけなのだろうか。思いっきりハードトレーニングなんだがと優司は意義を唱えたかった。


「はいはい、リズムよくやらないと腕に負荷が掛かって上がらなくなっちゃうよ?」

「うらあぁぁ! 俺はやって見せるぞ、幽香ぁぁあ!」


 その後は自分を自分で鼓舞しながら優司は無我夢中で懸垂を行った。

 そして腕の感覚がなくなった所でやっと懸垂は終わりを迎えた。

 

 もう既に彼の体力は限界に近いと言っても過言ではない。

 それから優司は自分が帰宅部だったという事を完全に忘れていた。


「休んでる暇はないよ優司。まだあと二十八種類の特訓メニューが残っているんだから。このままだとお昼頃には終わらないぞ?」

「ま、まだそんなに……」


 地面に腰を落として息を荒げている彼に対して幽香は更なる追い討ちをかけてきた。

 もしかしたら幽香はドSなのかも知れない。

 

 だがこれも全ては自分に力を付けさせる為の特訓だ。それは優司自身も分かっている。

 ここで根を上げていたらきっとあの悪霊には勝てないと言う事も。


 ……やるしかない。

 ……やるしか彼には道が残されていないのだ。


「よっしゃぁぁ! どんどん特訓をこなしていくぞ! だから頼むぞ幽香っ!」

「ん、えっ? ……ああ、うん。急にどうしたのか分かんないけど任せといて」


 幽香は彼のやる気に満ちた声に困惑している様子だったが、胸元で小さく両手でガッツポーズを作るとその仕草は優司の心に凄く響いて少しだけ気力が回復したのだった。

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