7話「束の間の平穏」
鳳二から現状や今後の事を聞いて話が終わると、その日の優司は幽香達と一緒に昼食や夕食をご馳走になって夜を迎えた。時刻は既に二十時を少し超えたぐらいだ。
どうやら幽香曰く特訓は明日から始まるらしい。
何でも基礎体力や持久力その他諸々を鍛えないと悪霊と対峙した時に精神を蝕まれるらしいのだ。つまり心身共に強くしなければ返り討ちに遭うという事だ。
「優司、本当に私から先に入って良いのか?」
「ああ、もちろんだ。だってここはお前の家だろ? なら先に入ってくれよ」
優司と幽香はとある和室で風呂に入る順番を決めていた。
そして何故彼らが一緒の部屋に居るかと言うと、それは学園に入学するまで幽香と一緒に寝食を共にした方が良いと言ってきた鳳二のお節介だ。
だが優司としては何年ぶりかの幼馴染との泊まりで少しワクワクしている。
決して美少女と一緒の部屋で過ごせるからとか言う不純な理由ではない。
あくまでも失われた幼馴染との青春を少しでも取り返したいのだ。
「わ、私は優司となら一緒に入っても良いんだけどな……?」
手をもじもじさせて幽香は言う。すると優司にはその仕草が妙に刺さって何だか疚しい気持ちが湧くが、直ぐに頭を左右に振って煩悩を取り払った。
今優司の目の前に居る幼馴染は既に女体化した幽香なのだ。
男の時ならまだしも女体化の時に一緒に風呂とは流石に思春期男子の彼としては刺激が強すぎるだろう。ゆえにここは冷静に男の対応をしなければいけない所である。
「い、いいか幽香。お前の体はこの時間は女性なんだろ? だとしたら互いに裸を見たら気まずくなってしまうぞ。だからそのぉ……幽香が男の時だったら別に良いんだけどな」
そう、美少女の姿でなければどうという事はないのだ。即ち幽香が男の時なら何の問題もない。
例え幽香が男の姿で見た目がそんなに変わらなくともだ。
むしろ優司的にはそれが良いまである。
「……そ、そっか。優司も男の子だもんね。その気持ちは分かるよ。……じゃあ、今度は昼間の時に一緒に入ろう! それなら大丈夫って言ったよね?」
幽香は何かを想像したのか頬を赤らめて一瞬の間が空くと昼間に一緒に入ろうと言って顔を彼に近づけてきた。しかし本当に夜になると女体化するのだなと優司は改めて思った。
先程までは”まな板”並みの胸だったのに今ではジャージの下に二つの山が聳えているのだ。
まったく、けしからん胸だと優司は心中で呟くと同時に、やはり一緒に入っとくべきだっただろうかと刹那の迷いが湧いた。
だけど落ち着けと彼は自身に問いかける。相手は幼馴染で元は男なのだ。
だとしたらそんな不純な事を思っていいのか。いいや、良くないだろうと。
優司としては幼馴染とまた友情を育みたいのだ。だからここは意を決する覚悟で、
「あ、ああそうだな。それなら問題はないだろう」
「よっし! 約束だぞ! じゃ、先にお風呂入ってくるからゆっくりしてて」
幽香はそう言い残してそれはそれは嬉しそうな顔をしながら部屋を出て行った。
そして一人部屋に残された優司は心の奥が少し傷んだ気がした。
自分で言っときながら罪悪感が後になって襲ってきたのだ。
「だけどまぁ……この町に来てから俺の運命は大きく変わってしまったな」
彼は腰を上げて立ち上がると窓辺へと向かい、夜の庭園を眺めながら呟いた。
本当にこの町に引っ越してきて正解だったのだろうか。
自分がもしここ青森県南津軽郡大鰐町に来なければ、親友達はあんな目に遭わずに済んだのではないだろうか。そればかりが優司の脳内をずっと行ったり来たりしている。
「しかもこんな大変な時だと言うのに父さんや母さんは電話が繋がらないし……。本当にあの人達は今度会ったら一言二言文句を言ってやらないとな」
昼食の時に鳳二が優司父に連絡していたみたいだが、電源を切っているのかまったく繋がらないと言っていたのだ。さらに鳳二が言うには仕事中かも知れないと。たが本当にそうだろうか。
優司にはただ面倒だからと電源を切っているだけに思えてしまってならない。
「それに親友達の見舞いにすらいけないとはな……まったく」
彼は鳳二に親友達の見舞いに行きたいと言ったのだが、止めといた方がいいと返されてしまったのだ。それにはちゃんと理由があり、あの現場で意識を持って生き残ったのは彼一人で他の三人は意識不明の状態で入院中。
それは詰まるところ優司だけが何故生き残っているのか、彼のせいじゃないのか。
と言う親友達の保護者達の怒りが向けられる事になるからだ。
それに仮にその怒りを受けたとしても現状を説明するのは難しいだろう。
霊という概念を認識出来なければ、それを理解する事は不可能で普通の人には難しいと鳳二は言っていたのだ。
「……それと俺が記憶を封じられて以降、幽香が人知れず転校していたとはな。今思えばそれにすら気づけなかった自分が情けない」
夕食を食べ終えて部屋に戻った時にこっそりと幽香が彼に話してくれたのだ。
記憶を封じる時に幽香の事も必然的に封印されてしまい忘れてしまうと。
それで一緒に居る事を辞めて、こっちの方に戻ってきて修行と勉学に励んていたらしいのだ。
「だがその修行のおかげで俺は助かった訳だがな……」
元々幽香は幼い頃から優司の守護者になる事が決まっていたらしく、その事もあり同じ幼稚園や小学校に通っていたらしいのだ。互いに仲良くなって今後に発展させる為に。
それでその時の幽香は御巫の分家の方でお世話になっていらしい。
「だけど驚いたな。まさかこんな所に御巫家があったとは思わなかった。俺の家から車で二時間ぐらいと言った所だろうか?」
優司の爺さんも犬鳴を名を持っている事から、恐らく代々御巫家と犬鳴家は悪霊払いの関係で家を近くにしているのかも知れない。
しかしこればかりは彼の憶測だから直接本人達に聞いてみないと分からない所だ。
「上がったよ優司。次空いてるからどうぞ」
「お、おう。了解した……」
そんな事を彼が呟いているといつの間にか時間が経過していたらしく、湯気を全身から立ち登らせてタオルで髪を拭いている幽香が背後に立っていた。
急な事で優司は咄嗟に返事をしたが内心凄く驚いているのだ。
そう、風呂上りの幽香はジャージ姿ではなくちゃんとした寝巻きを着ているのだ。
「ぐぬっ、これは犯罪的な匂いがするな……」
その寝巻きは和装でしかも生地が薄いのだ。……という事はつまりあの大きな胸が物凄く主張していて、それは最早兵器と化しているのだ。しかも何なら巫女服時と同じで谷間が丸見えだ。
「ん、どうした優司? そんなに前屈みになっちゃって」
そう言うと不思議そうな顔をしている幽香。
「あっいや別に何でもないぞ……。ちょっと急な腹痛がな……ははっ」
その屈託のない顔から逃げるように彼は部屋を飛び出し風呂場へと向かった。
――それから優司は煩悩を消し去るように風呂へと浸かると、この風呂には幽香も入ったのかと不意に思ってしまって更なる罪悪感に苛まれた。
「お、おお、俺は幼馴染に何て淫らな感情を抱いてしまっているんだぁぁぁ!!」
湯船に顔を突っ込んでそう叫ぶ彼はきっと世界で一番煩悩にまみれている事だろう。
しかもここはお寺である。ゆえに相当な罰当たりな事かも知れない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
優司が風呂を上がって部屋に戻ると、明日は朝から特訓があるとの事で早めに寝ることになった。
「ふむっ、優司と一緒に寝るのは何年ぶりだろうか。柄にもなく私は凄いワクワクしてきたぞ!」
「そうだな。俺もまた幽香と一緒にこうやって過ごす事が出来て嬉しいよ」
幽香と優司は別々の布団に入りながら喋っているが、彼女のワクワクしている様子に対して彼は緊張感の方が強い。
……その理由は皆まで言わなくて分かるだろう。
何故なら彼の隣には薄着の美少女が布団に入って横になっているのだから。
「じゃ、おやすみ優司」
そう言って彼女が部屋の明かりを消すと一瞬にして和室は真っ暗な空間となる。
「おやすみ。幽香」
部屋が暗くなったことで優司は自分の高鳴る鼓動がより鮮明に聞こえるよになった。
明日は朝が早いからと言う理由で早く寝ることになったのだが、彼は直ぐに寝ることが出来るのだろうか。正直優司には既に特訓は始まっているんじゃないかと思える程に、この状況は色んな意味で張り詰めていた。
「くっ……! 何としても早く寝ないとまた俺の中に疚しい感情が芽生えてしまう!」
幽香に気づかれないように呟くと彼は最終手段を取ることにした。
そう、自分で自分を絞め落とすという荒技だ。
もうそこまでしないと彼は幼馴染に手を出してしまいそうになるのだ。
具体的に言うのならその胸の谷間に手を突っ込みたいと言った所だろう。
「ふっ……ならばもうこの手しか残されていないな。さらば現実世界、ようこそ夢の世界へ!」
そう言って優司は自分の首に手を掛けるとゆっくりと自分を締めていき……やがて意識が薄れてきた所で記憶が途切れるのだった。
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