29話「城奪還作戦と女王は抜けている」
「さて……状況はどうなっている?」
国王夫妻を加護で浮遊させてあっという間に城へと帰還して中庭に着地すると、ジェラードは事前に偵察活動を命じていたアナスタシアに城内部の様子を尋ねた。
「そうですねぇ。ざっと外周を飛んで中の様子を伺いましたが、確かに執事さん達は縄で縛られて拘束されていました。……それと個人的に気になる事が一点ありますね」
箒を右手に持ちながら彼女は偵察で得た結果を話していくと、その途中で神妙な表情を見せたあと含みのある言葉を呟いていた。
「ほう、気になる点か? 言ってみろ」
どんな些細なことでも事前の情報は大切だとしてジェラードは話すように促す。
「実は城を占領している人達の中に凄く見覚えのある人が何名か居まして……」
「なんだと? それはお前の知り合いということか?」
まさかアナスタシアの知り合いがこの城を占領したということなのだろうかと、ジェラードは手を顎に当てながらその真意について深く思案を巡らせる。
「違いますよっ! 私には友達は疎か知り合いすら居ない事を先生は知ってますよね!?」
だがそれは彼女の怒声によって途中で止められてしまい、アナスタシアは目つきを尖らせて彼を睨んでいる。
「……冗談だ。こういう時は気を張り詰めても仕方ないからな。それで? 見覚えのある人とは一体誰のことだ?」
僅かに間を空けてからジェラードは緊張感を和らげる為のジョークだったという事を伝えると、そのまま彼女に視線を合わせて事の本題を尋ねた。
「えーっとアレですよ。ほら、鉱石店で私達のことを捉えて拷問しようとした騎士達ですよ」
自身の人差し指を眉間に当てながらアナスタシアは見覚えのあるという人達の事を口にすると、それはヒルデに入国して直ぐに巻き込まれた厄介事の首謀達であった。
実際には赤の蛇こそが厄介事の首謀者なのだが、ジェラード的にはあの場に居た騎士も赤の蛇も全員同等の存在であるのだ。
「なんですって? それは本当なんですか?」
すると彼女の話を聞いて女王が険しい表情を浮かべて反応する。
「は、はい! 窓ガラス越しから見たので多少不安が残りますけど、まず間違いないとか思います。何せあの男は先生を殴りつけて剰え私に淫らな行為をしようとしていましたからね。忘れたくてもあの醜悪な顔は忘れないでしょう」
その突然の出来事にアナスタシアは姿勢を正すように背筋を伸ばして返事をしていくと後半の方は、あの時の記憶が呼び起こされて怒りが込み上げてきたのか冷たい声色となっていた。
「なるほど……。ですがその方が色々と納得がいきますね。元騎士ならば城内に配置されている警備の場所や、見回りの巡回ルート全てを把握しているでしょうから」
何処か腑に落ちた様子で女王が呟いていくと元騎士ならば容易に城を占領できるだろうと言うが、それはそれでヒルデの警備は穴だらけではないかとジェラードは思う。仮にも国を統治する王族が住む場所であるならば、もっと警備は厳重に秘匿事項にすべきではと。
「うーむ、ということは差し詰め騎士の称号を剥奪された腹いせという所だろうな」
しかし彼はそれと同時に元騎士達が城を占領した理由を考察すると、恐らく元騎士達は赤の蛇という連中を上手いこと利用して今回の占領を企てたのだろう。そして赤の蛇の連中には誘い文句として城の財宝を半分与えるとかそういう感じの事を言ったのだろうと。
「おのれ……一度騎士の道へと足を入れた者が、赤の蛇なんぞという輩と手を組んでワシの城に攻め込むとは……許せんッ!」
ヒルデの国に仕えていた元騎士達による反逆として国王は怒りを顕にすると、見る見るうちに体の内に流れる闘気の量が増していくのがジェラードには見て取れた。
「まあ落ち着け国王よ。まずは人質を何とかしないと死人が出てしまうぞ」
「は、はいですじゃ……」
国王は落ち着くように声を掛けられると闘気を抑え込むが、先程までは体の外側に闘気を放出しそうな勢いであり、それでは敵に勘づかれてしまい人質を危険に晒すことになってしまうのだ。
「それでだアナスタシアよ。人質が囚われている場所と奴らの人数を具体的に教えてくれ」
ジェラードは城の奪還と人質解放の為にも彼女から更に詳しい情報を訊こうとする。
「分かりました。まず人質は――」
短くて頷くとアナスタシアは尋ねられた通りに、どの部屋に人質が居るのか敵はどこを見張っているのかという先程よりも詳細な情報を全員に伝えていくのであった。
「――私が見た限りではこれぐらいだと思います」
そして三分ほどで全ての情報を伝えきると彼女は視線を城の出入り口部分へと向けていた。
「うむ、お前にしては中々に上出来だ。意外と諜報活動系に向いているのかも知れんな。……どうだ? 一層のこと魔術師教会で働いてみては? あそこはお前のような人材を常に欲しているぞ」
アナスタシアから情報を聞き終えるとジェラードは意外と彼女には諜報活動の才能があるのではと思い、この先生きていく為にも魔術師教会に入る事を勧めてみた。
実際は7割ほど本気で勧めていて残りは冗談で言っている。
「嫌ですよ。私は先生の弟子になることが目標なんですから」
アナスタシアは彼の方へと顔を向けると、そよ風が吹くようにあっさりと提案を断り弟子になることを未だに悲願としている様子である。
「ああそう。……んん、では今からアナスタシアが提供した情報を元に作戦を立てる。まずは人質を第一に――」
断られる事は既に想定済みであり特に驚く事もなくジェラードは淡白とした反応を見せると、軽く咳払いをしてから場を整えて改めて情報を纏めながら作戦を立てることにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「全員準備は出来たな?」
作戦自体はアナスタシアから偵察内容を聞いた時に既に頭の中で構築済みであり、あとはそれを全員に分かりやすく伝えるだけでそう時間は掛からなかった。
「はいですじゃ!」
「同じく大丈夫ですわ」
国王夫妻が同時に準備完了の声を上げると、二人の手にはジェラードが其の辺に落ちていた木を錬金して作り上げた剣が握り締められていた。その剣の見た目は完全に鉄製の物となんら変わりはなく、強度だけは木製というのを引き継いでいる。
「私も問題ないですっ! 次にあの男を見つけたらぶっ殺ですよ!」
帽子を深く被るようにつばの部分を掴んで握り締めると汚い言葉を言い放つアナスタシア。
「そのやる気が空回りしなければいいが……まあ良かろう。では今から城奪還作戦を決行するが、最初は人質の解放を最優先目標とせよ」
ジェラードは彼女の無駄に意気揚々としている姿を見て心配の声を漏らすが、これでも一応は魔女だとして許容すると城奪還作戦という言葉を宣言して目標も同時に告げた。
「了解ですじゃ」
「承知致しましたわ」
「分かりました!」
寸分の狂いもなく全員が一斉に声を上げて返す。
「よろしい。あとは……そうだな。これは別になくても良いかも知れんが、面倒な事を極力避けるためには必須だろう。お前達三人に今から透明化の魔法を掛ける。じっとしていろよ」
このまま乗り込んでは色々と面倒事か起きるのは明確な事象であり、そこでジェラードは少しでも危険と面倒事を回避する為にも三人に魔法を掛けることにして右手のひらを前へと突き出した。
「……うむ、これで全員が透明化状態になった筈だ」
右手から魔力を放出して三人に透明化を付与をすると彼は徐に手を下げる。
「えっお、終わりですか? 普通に見えますけど……」
女王は顔を国王やアナスタシアに向けては困惑した様子を見せていた。
「ああ、それで問題ない。互いに見えなければ連携も何もあったもんじゃないだろ?」
そんな彼女の姿を見ながらジェラードは彼女に指摘を入れる。
本来ならば魔法を掛けた者のみしか視認できないが、今回はそれだと不便極まりないとして敢えて互いに見えるように調整を掛けているのだ。
「た、確かに言われてみればそうですね……」
言われて気がついたのか女王は何処か恥ずかしそうな顔をして弱々しく呟いた。
彼女は意外と知的な者かとジェラードは思っていたのだが、たまに抜けている部分もあるのだと新たに学んだ。
「まあ、いつまでもこんな所で喋っていないで行くぞ。こんな面倒事は手早く終わらせるに限る」
そう言いながら彼は頭を掻きながら城の出入り口へと視線を向けると、事前に説明していた作戦を実行に移すのであった。
気まぐれで世界最強の大賢者は弟子の娘と旅をする。 あーるろくろくろく @R666
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