28話「大賢者は国王夫妻に加護を授ける」

「な、なんだと!? それは誠のことか!」


 騎士から告げられた言葉に自らの耳を疑ったのか国王は危機迫る表情を見せたまま聞き返すと、騎士は下唇を噛み締めて苦悶とした雰囲気を見せつつ静かに頷く。


「……そうか、本当のことなのだな。ならばこんな所で悠長に話してはおられん! 直ぐに城へと戻り、早急に赤の蛇を鎮圧し城内に捉えられている者たちを開放せねばッ!」


 彼の反応を見て国王は事実だと再認識したのか表情を一端の男のものへと変えて、右手を力強く血管が浮き出るほどに握り締めると城内に捉えられている者達の安否をきにしている様子であった。


「ふむ、国の一大事のようだな国王よ」


 そして二人の会話を横で訊いていたジェラードは両腕を組みながら軽く声を掛ける。


「は、はいジェラード様! これからワシは早急に城へと戻り、赤の蛇の連中を討伐してまいりますので暫し――」


 声を掛けられて国王は直ぐに体を向けて事情を話し始めるが、それは最後まで続くことはなく途中で彼が右手を突き出して遮った。


「ああ、そういう気遣いは無用だ。……そうだな。俺もその討伐とやらを手伝ってやろう。その方が直ぐにカタがつくと思うのだが?」


 ジェラードは彼の最後の言葉を『待っていて下さい』というものだと予測すると、この場で待たされても退屈だとして城の奪還に自分も加わる事を提案する。


「えっ! ジェ、ジェラード様が共に戦ってくれるのですか!?」


 国王は彼の発言が意外なものだったとして驚きを隠せない様子で口が大開となっていた。


「ほ、本当に良いのですかジェラード様……?」


 そのあと直ぐに女王が言葉を詰まらせながら再度確認してくる。


「無論だ。ちょうど準備運動を終えた所だからな」


 ジェラードは淡々と問題ないとして準備運動はアーデルハイトとの戦いで済ませたと言う。


「あ、ありがとうございますじゃ! ジェラード様!」


 国王は彼の参戦に大いに喜んでいるのか深々とお辞儀を繰り広げる。


「ふっ、礼の言葉を送るにはまだ気が早いぞ」


 それを見て彼は鼻で笑いながら魔力を込めた人差し指を小さく動かして無理やり彼の頭を上げさせた。


「で、では早速城へと向いますので皆様は馬車の方へと……」


 一連の会話を横で訊いていたらしく話が纏まった事を察したのか、黄金色の馬車に乗るようにと声を震わせながら騎士が荷台の扉を開けた。


「ああ、それは結構だ。あまりにも時間が掛り過ぎる。……おい、アナスタシア。お前は先に城へと迎え」


 彼の気遣いに対して僅かながらに感謝するジェラードだが馬車では時間が無駄に消費されるだけだと考えると、先程から横で傍観していたアナスタシアへと声を掛けた。


「えっ……それは私が空から城内の偵察をしろという意味ですかね?」


 すると彼女は彼の考えが直ぐに汲み取れたのか”偵察”という名を口にしてから眉間に皺が集まると露骨に嫌そうな顔をしていた。


「他にどういう意味があるんだ。さっさと行け」


 だがジェラードはそんなこともお構いなしに指を差しながら冷たく言い放つ。


「もぉぉぉお! 魔女使いの荒い人めッ! いつかか何かにボコボコにされたら良いのにぃぃぃっ!」


 有無も言わさない彼の言動にアナスタシアは暴言を吐き捨てながら箒に跨ると、そのまま城の方へと向かって飛んでいく。余談だが彼女の箒はジェラードの収納魔法にて保管されていて、簡単に取り出しが可能である。


「まったく騒々しい奴だ。だがこれで外側だけならある程度の様子はわかるだろう。あとは……おい国王夫妻。片方の手を差し出せ」


 物凄い勢いで飛び去っていく彼女を見届けて呟くと彼女ならば多少戦闘になったとしても良い経験になるのではないかと判断して特に心配することもなく、そのまま彼は国王夫妻へと視線を向けて歩み寄る。


「は、はい?」

「こ、こうですかのう?」


 突然の出来事に混乱しているようだが二人は言われた通りに片方の手をジェラードの前へと差し出す。


「そうだ、そのまま動くなよ。汝らに【クリストフェル・ジェラード】の名のもと攻防の加護を与える」


 国王夫妻の手のひらに魔力を込めた指で加護の文字を書きながら宣言すると、その文字は途端に淡い青色の光を発しながら二人の手のひらへと吸い込まれるように消えた。


「なっ!? こ、この湧き上がる闘士と闘気は一体!?」

「す、凄い……。まるで空でも飛べそうなほどに全身に力が漲ってきます!」


 そのあと直ぐに国王夫妻は驚愕の顔を互いに見せ合うと、国王は自身の体から湧き上がるものに戸惑いを隠せないようで左右の手を開いたり閉じたりを繰り返していて、女王はドレス衣装のスカート部分を掴むと地面を蹴りあげて何度も飛び跳ねていた。


「お前たち二人には攻撃と防御を高める加護を付与してやったからな。これで不意打ちを食らったり、大勢の敵に囲まれても何とか倒せるだろう」


 ジェラードはそんな二人の様々な反応を目の当たりにしながら攻めと守りの加護を与えた事を告げると、相手の人数がわからない以上は戦力差を考慮してこうすることが一番の最適解だと確信していた。


「おぉぉぉ! ありがとうございますじゃ、ジェラード様!」


 もはや国王は感謝の言葉しか言えない体になったのか何度目かの礼を言うと同時に手を握ろうとしてきたのか急に右手を伸ばしてくると、彼は面倒事の予感を察知して瞬時に身を僅かに後ろにずらして回避した。


「私達の為にそんなっ……本当になんとお礼を……」


 女王は女王で涙脆いのか常に泣きながら感謝を伝えてくる印象が強く、ジェラードはこんな二人で善くヒルデは国として成り立っているなと妙な気持ちになるが今は余分な考えだとして即座に切り捨てる。


「ああ、辞めてくれ。そういうのは苦手だ。それにその加護は一時的なものだから、あまり過信しすぎるなよ?」


 右手を小さく振りながら二人の感謝責めを強引に終わらせると、与えた加護の説明をして慢心という油断を生まないように言葉の釘を刺した。


「「は、はいっ!」」


 国王夫妻は表情を引き締め直すと同時に返事をする。


「うむ、では俺達も向かうとするか。二人とも俺の肩に触れておけ」


 取り敢えず伝えるべき事とやるべき事を一通り言い終えたジェラードは、次に肝心の城へと向かう為に二人に自分の体に触れるように指示を出す。

 そして国王夫妻が何の躊躇いもなく彼の肩に手を乗せると……


「うっ、浮いてますよ貴方!?」

「あ、ああそうだな! 一体地面から足を離すは何十年ぶりじゃろうか……」


 ジェラードは浮游魔法を発動して地上から一気に四十五メートルほど上昇すると、浮游の能力を二人にも与えることで全員が空中へと浮かぶ事を可能にした。


「二人とも、失明したくなければ目を閉じておけ。今から少しばかし無茶な飛び方をする」


 国王夫妻を浮かせていることで消費魔力が格段に増す事になるが、彼にとってそれは些細な問題ですらなく空中で体制を変えると城を目標として一直線に飛ぶ。


「えっ――――ひいいぃっ!?」

「まっ――――ジェ、ジェラードさまぁぁぁ!!」


 その際に二人は王族とは到底思えない情けない声をあげていたが、ジェラードは羽虫が耳周りに飛んでいる程度の雑音だとして無視して飛行を続けると、あっという間に城の城壁が見えてくるのであった。

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