8話「王女は若くして剣聖」
「うむ……だが迷惑を掛けたのは紛れもない事実。しかも彼の大賢者様で有せられるジェラード様にだ。これはヒルデの者としてちゃんと礼儀を尽くさねば母様や父様……それにご先祖様にも泥を塗ってしまう事になる」
手の甲を顎に当てながら王女は話を大事に膨らませていくと、その中には両親だけではなく先祖のことまで持ち出して語っていた。
「あまり深く考える必要はないぞ。俺としても事が……まあ穏便に済めばそれで良い」
ジェラードは小さく右手を上下に振って話を早急に終わらせようとする。
何故なら彼女によって大賢者という身分が公表された事で、気づけば彼の周りに居る元騎士達や騒ぎを聞きつけて集まってきたのであろうヒルデの住人達によって、尊敬や畏怖の念が篭った様な視線を先程から向けられているからだ。
「いや駄目ですッ! それでは私とヒルデの人間としての気持ちが収まりません! ……あ、そうだ! 今からはお二人を城へと案内しましょう。そこで是非夕食など食べていってください!」
王女はジェラードに顔を近づけて大きな声で駄目だと言うと、矢継ぎ早に何か思いついたようで急に城へ案内すると言い出した。
彼はそれを聞いて穏便に済ませたいという自分の気持ちを汲み取って欲しかったが、如何せんこういう行動派の人間は人の話を聞かない傾向にあると長年生きていて理解していた。
「いや、そういうのは本当に大丈夫だから……」
だがそれでもジェラードは一縷の望みに賭けて遠慮しようと言葉を口にする。
「さぁ、行きますよ! お二人とも! 私愛用の白馬車にお乗りください!」
やはり王女は彼の予想通り人の話を聞かないようで白馬車の荷台へと優雅に上がりながら手を差し伸べてきた。
「……先生? ああ言っていますが、どうするんですか? 私としてはお城に入れるという滅多にない経験に胸が高鳴っているんですけども」
すると彼の隣からはアナスタシアがローブの袖を小さく引っ張りながら声を掛けてきた。
見れば彼女は声色は冷静を装っているようだが、体の方は何処となく落ち着きがないようにジェラードには思えた。
「はぁ……まあ仕方あるまい。ここはあの王女に従うしか手はないだろう」
そして彼はこのままアナスタシアに無理やり言い聞かせたら、今この場で駄々を捏ね始めて更なる面倒な事に発展すると考えて大人しく招待されることを選んだ。
「おっと待てよ? 考え方次第ではこれは好機かも知れんな。王族を使って色々と……くくっ」
だがその時ジェラードの頭の中で城へと招かれた事で得られる利益が浮かぶと、それそれで中々に有りだと思えて自然と笑が零れる。
「なにやら良からぬ事を考えているようですけど、相手は一国の王家なんですから変な真似はしないで下さいよ?」
横からアナスタシアが目を細めながら釘を刺してくると、たまに心を読まれているような気がしてジェラードは着実に彼女が母親のシャロンに似てきていると思わざる得なかった。
なんせシャロンと共にジェラードが旅をしていた時も、たまにこうやって心の内を見透かしたように発言してくる時があったからだ。それはもはや魔女だけが持つことが出来る特有の能力ではないかと考えされるほどである。
「ああ、全くもって問題ない。さあ白馬車とやらに乗るぞ。でないと格好良く台詞を吐いた王女が先程から赤面したまま震えているからな」
ジェラードは彼女に向けて何も心配する事はないと言い切ると、そのまま白馬車へと視線を向けて王女の現状を呟いた。
「ああっ!? す、すみません王女様! 直ぐに乗らせて頂きます!」
彼に言われてアナスタシアも顔を上げて白馬車へと向けると、そこでは王女が差し伸べた手を下げることも許されず小刻みに震えさせていて尚且つ顔は真っ赤に染まっていた。
恐らく格好良く決めたは良いが二人が話し込んでしまい意図せず無視という状態になって、しかもそれが住民達に見られているという事から羞恥心が高まっているのだろうとジェラードは思い、アナスタシアに王女の手を取って荷台に上がるように耳打ちした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「おほんっ。では今からはヒルデ城へと向かいますが、その間に簡単な自己紹介でもしませか?」
二頭の白馬の手綱を持ちながら王女が振り返りながら言ってくる。
「良いですね! しましょうしましょう!」
両手を合わせながらアナスタシアは返事をしていて何故か自己紹介をすることに乗り気の様子であった。
そして王女が合図を出すと白馬車がゆっくりと走り出して、周囲を取り囲んでいた野次馬達と元騎士達は蜘蛛の子を散らすように去って行った。
「やはり王女様だと馬も簡単に操れるんですね。すごいです!」
初めて馬車というのに乗ったのかアナスタシアは気分が上がっているようで声が弾んでいる。
「ははっ、慣れれば誰にでも出来ますとも。それと私の名前は【アーデルハイト=ヒルデ】です! 気軽にアーデルハイトと呼んで下さいっ! あと基本的に魔術師は嫌いなのですが、この国の民を守ってくれた方ならば好きです!」
アーデルハイトは軽く笑いながら言葉を返すと自分の思っていることを直球に言い放って、アナスタシアの表情を固まらせていた。
恐らく王女という身分ゆえに遠慮というのがないのだろうとジェラードは横で聞いていて思う。
「あははっ……そ、そうですか。えっと、私の名前は【アナスタシア=パトレーゼ】です。訳あって今は先生と一緒に旅をしています。こちらも気軽にアナスタシアと呼んで下さいね!」
苦い笑みを見せながらも自らの名を告げるとアナスタシアは若干気まずそうであった。
「うむ、了解した! それと――」
アーデルハイトが大きく頷いてからジェラードの方へ視線を向けてくると、
「なんだ? 俺の自己紹介なんぞ今更必要ないだろ」
彼は瞬時にその意味を汲み取り言葉を遮った。
「ま、まあ確かにそうですけど……」
言葉を遮られた事で弱々しく彼女が呟く。
「ふっ、ならば無理して話し掛けなくてもよい。お前は手綱を掴んでしっかりと俺達を城に運んでくれ」
そんな事よりもジェラードは自分達を安全に城まで運んで貰うことの方が大事であった。
一度乗った船ならば最後まで確実にやりきる事が肝心であると。
「は、はい! 承知致しました!」
アーデルハイトは彼に言われた事を、まるで主君から言い渡されて命令のように受け止めたのか右手で敬礼の仕草をして返した。
「あのー、先生? ちょっといいですかね?」
突然アナスタシアが横から顔を覗かせて訊ねてくる。
「ん、どうしたアナスタシアよ」
ジェラードは背を壁にもたれさせながら視線を合わせた。
「実はですね。アーデルハイトさんの後ろ姿を見ていて思ったのですが、彼女はもしかして凄い人なのかと思いまして」
彼女はアーデルハイトに聞こえないように小声で呟く。
「ほう、なぜそう思うんだ?」
それを聞いてジェラードは興味深い感情を抱くと頬杖を付きながら聞き返した。
「うーん……なんと言いましょか魔力とは別に覇気のようなものを全身から漂わせているような?」
人差し指を顎に当てながらアナスタシアは思案するような素振りを見せると”覇気”という単語を使って頭を悩ませているようであった。
「なるほど、つまりはお前の感覚でそう思ったのだな。……まあ及第点と言ったところか。だがその観察眼は間違いではない。なんせアーデルハイトは若くして”剣聖”の称号を授かった天才だからな」
ジェラードは彼女の直感や観察といった物事を見定める能力を素直に評価すると、アーデルハイトについての事を短くだが大事部分だけを掻い摘んで教えた。
「け、剣聖……?」
するとアナスタシアは首を傾げて剣聖という言葉に疑問を抱いている様子であった。
恐らく彼女は魔法にしか興味がなく、剣に関わる事は何一つ知らないのであろう。
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