9話「ヒルデ城へと運ばれる大賢者」
「ああ、なるほど。その様子だと知らないようだな。ふむ、簡単に言えばあれだ。お前が若くして魔女の証を取得したのと同じことを彼女は成し遂げたのだ。”剣聖”とは王都が発行している証の一つで、剣の扱いが上手い者に与えられるのだ」
剣聖と聞いて首を傾げていたアナスタシアにジェラードは説明を始めていくが、自分もそれほど詳しい事を知っている訳ではなく人伝てに聞いた話を口にしているのだ。なんせ彼は一応は魔術師側の人間であって、肉体派の騎士とは相容れない場所に立っているからだ。
「そして剣聖の試験内容には対人戦は無論のこと、龍をひと振りで倒す技量も要求されると聞いたことがある。更にアーデルハイトは別名”白騎士”とも言われていて純白の鎧を身に纏い、愛用のレイピアを片手に幾度もの相手を葬った事のある生粋の戦闘民族なのだ」
彼は人差し指を立てながら尚も人伝に聞いたことを誇らし気に話し続けていくと、王女には二つ名があることを教えて最後には戦闘民族である事を告げた。
「なっ!? せ、戦闘民族なんて言わないで下さい! 私にはこれしか取り柄がなかったから、それをただ只管に鍛錬していただけです……」
突然民族を公言されたことにアーデルハイトは驚愕の声を上げ振り返って見てきたが、何か思うことがあったのか顔を下に向けると同時に声が弱々しくなっていた。
「ふん、一つの事を極めるなんて事は誰にも出来る芸当ではない。その点で言えばお前は歴代の王達と比べれば一番強いかも知れんがな」
ジェラードはそれを見て特に気遣う言葉を掛けるつもりはなく、両腕を組みながら自分が思った事をありのまま声に出して伝えた。
そしてその言葉には確たるものがあって、ヒルデ国の歴代の王達は皆一様に剣技の才能に溢れていたが、アーデルハイト並に若くして剣聖の称号を得た者は居ないのだ。
「っ……ジェ、ジェラード様に褒められると何だが全身がむず痒くなりますね……」
彼に褒められた事が予想外だったのか体を捻らせたりして落ち着きがなくなると、アーデルハイトの頬は少しだけ緩んでいるよにジェラードには伺えた。
「俺は褒めたつもりはないがな。まあ捉え方は人それぞれだが」
鼻で笑いながら彼はそう言うと街の景色を見るために顔を横へと向ける。
「相変わらず素直じゃないですねぇ。たまには満面の笑みで人を褒めたり、肯定してみたりしたらどうですか?」
隣からアナスタシアが含みを込めた声色で小言を呟いてくる。
「なんだそれは。俺の苦手としている事しかないではないか」
ジェラードにとってその感情は疾うの昔に捨てたものであって今は苦手な分野である事を伝えた。
「だから言っているんですけども」
すると彼女は返事を聞いた途端に鋭い刃物のような切れ味を誇る言葉を返してきて、ジェラードはこれ以上なにかを言っても水掛け論になるだけだと思い口を閉じて黙った。だが彼としてはこんな所で無駄に体力を消費したくないというのも黙り込んだ要因の一つである。
「くっ……はははっ! あのジェラード様が言い合いで押し黙るとはな! きっとこんな珍しい光景を見たのは私が初めてであろう!」
そしてそんな二人のやり取りを見ていたのか急にアーデルハイトが笑い出すと、ジェラードが黙り込んだ事がよほど珍しい光景だったらしい。
けれど彼女が笑うと同時に鎧の金具が擦れて微かに金切り音を響かせると、
「おい」
彼にとってそれは不快な音でしかなくて短く威圧感の孕んだ声を出した。
「ひっい! す、すみません調子に乗りました……」
アーデルハイトは変な声を出すと直ぐに姿勢を正して謝罪の言葉を口にする。
「ふん、分かればいい。それと城に着いたら起こしてくれ。俺は短期休眠に入る」
そのまま背中を壁に付けて楽な姿勢を取ると、ジェラードは短期休眠という極わずかな時間で何日分もの睡眠を得られる魔法を発動した。この魔法は王都と帝都が戦争中の時に開発されたもので、目的は兵士の睡眠不足を解消して士気を上げたり戦力を維持する事である。
「えっ、寝るんですか? 城にはあと十分もすれば着きま――」
アーデルハイトは突然寝ると言い出した彼の言葉に疑問の声を漏らすと、
「着いたら起こしてくれ。いいな?」
既にジェラードの意識の半分は夢の中なのだが会話だけは出来るようにしておいて彼女の言葉を途中で遮って念を押した。
「は、はい分かりました! ゆっくりとおやすみなさいませ!」
だがその念押しはアーデルハイトにとって威圧的に感じ取れたのか、妙な敬語を使って忙しなく返事をしていた。
「……あら、本当に寝やがりましたね。今のうちに日頃の恨みを込めて悪戯でもしてやりましょうか」
アナスタシアは彼が完全に寝たと思っているのか人差し指を頬に近づけて軽く小突いた。
しかしこの間もジェラードの中では半分の意識が覚醒している状態であり、彼女らの言動は常に筒抜け状態であるのだ。
「ははっ……アナスタシアは怖いもの知らずだな。……ああ、そうだ。一つ聞きたい事があるんだが良いか?」
彼女の行動を見てアーデルハイトが引き攣った笑みを見せると、声色を真面目なものへと変えて何かを訊ねていた。
「ええ、もちろん構いませんよ? 答えられる範囲だけになりますけど」
アナスタシアが彼女の方へと顔を向けて質問を受け付ける。
「ああ、多分大丈夫だと思う。それで質問のなのだが……アナスタシアとジェラード様は師弟関係なのか?」
アーデルハイトは何を考えたのか神妙な面持ちで急に二人が師弟関係という言葉を口にしていた。
「いえ、違いますよ」
だがアナスタシアは即座にきっぱりとした様子で師弟の関係を否定する。
「へっ……ち、違うのか!? あれだけ言い争える仲なのに!?」
彼女が瞬きすら許さない速度で返事をした事にアーデルハイトは反応が若干遅れたが、目を丸くしながら口を大きく開けて呆気に取られているようであった。
「ええ違いますよ。と言うかあれぐらいなら言い争いにすらなっていませんし、数ヶ月も一緒に過ごせば誰でも言えるようになりますよ」
得意気な顔を見せながら人差し指を立たせてアナスタシアが言うと、そこには謎の自身が満ち溢れているようだとジェラードの半分の意識は感じ取っていた。
「そ、そうなのか……やはりアナスタシアは恐れ知らずだな! 大賢者相手にそれほどの度胸があれば、きっと騎士の道に入っていれば大物になっていたであろう! この私、アーデルハイトが言うのだから間違いない!」
彼女はアナスタシアの返事に少しだけ戸惑っているようであったが、さり気なく魔女から騎士に転職しないかという意味を込めであろう言葉で語り掛けていた。
「あははっ……。まぁ、私としては弟子として認めて欲しい所なんですけどね……」
苦笑いしながら返事を濁すとアナスタシアは小声で何かを呟いては帽子のつばの部分を力強く掴んでいた。恐らく彼女の声はアーデルハイトには届いていないだろう。
それほどまでに小声であり、馬車の走る音で掻き消されるぐらいであるのだ。
「……あっ、見ろアナスタシア! もう城が見えてきたぞ! よし、ジェラード様をおこさ――」
アーデルハイトが振り返って声を大きくしてもう少しで城に到着することを言うと、
「起きている。お前はちゃんと前を見て馬を操れ」
ジェラードは休眠状態を解除して彼女の言葉を遮ったあと欠伸をしながら周囲を眺め始めた。
「は、はい。分かりました……」
彼女はアナスタシアほどジェラード相手には強く出れず、大人しく前を向いて手綱をしっかりと握り締めていた。そして彼の隣ではアナスタシアが前だけを向いていて、どうやら”ヒルデ城”を見ているようである。
「ふむ、久々にここへ来たな。……しっかし相変わらず代わり映えしない城だ」
彼女の視線を追うようにしてジェラードも顔を向けると、久々に見たヒルデの城は特に変わった様子はなく早々に興味が薄れた。
――だが三人を乗せた馬車は城へと入るべく城門へと向かうのであった。
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