7話「ヒルデの王女君臨ス」

「お、おいお前達! なぜ王女様がここに来られるんだ!?」


 星入りの騎士が露骨に慌てふためき始めると冷静な思考能力を失ったのか、周りに居る部下達に声を掛けていたが誰一人として答えを知る者はいない様子であった。

 そして土煙を上げながら自分達の元へと近づいて来る馬車にジェラードは視線を向けると、


「ほう、やはり白騎士と言われてるだけの事はあるな。まさか馬車までもを純白色に染めるとは」


 自らの視界に映った光景に頷きながらそう言葉を口にした。事実彼の目の前には二頭の白馬が純白の荷台を牽きながら迫り来ていて、視界を凝らして見るとその荷台の上には現在ヒルデを統治している王女が仁王立ちしながら真っ直ぐにジェラード達を見据えていたのだ。


 その王女の容姿は濡羽色の長髪をしていて表情は活気に満ち溢れているようで漆黒色の瞳をしている。更に身長はそこそこある方でアナスタシアよりは大きく、それでいて何処か筋肉質であるようにジェラードには思えた。


 ――――やがて白馬車は彼らの直ぐ目の前で大きな音を立てながら止まると荷台から純白の鎧を身に纏った一人の女性が優雅に飛び降りて地面へと着地した。


「おい貴様達! 一体何を街中で……さわ……い……」

 

 そして彼女は着地して周囲を短く見渡したあと威圧的な声を出していたが、ジェラードと視線が合わさった瞬間に声が段々と小さくなっていくと表情も何処か青ざめているようであった。


「い、いや待て……落ち着け私。と、とと、取り敢えず……おい貴様達! この人に何か無礼な真似はしていないだろうな! 包み隠さず正直に吐けッ!」


 王女は後ろを向いて深呼吸のような仕草を二、三回繰り返したあと再び振り返って今度は人差し指を星入りの騎士達に向けながら質問に答えるように強制していた。


「いえ、何も致しておりません! この者らが魔法を使って盗賊を捕まえたと報告がありましたので、お礼を言っていただけです!」


 すると訊ねられた星入りの騎士は冷や汗のような雫を頬から数滴落としながらも、しっかりと敬礼の姿勢をしながら答えていた。


 だがそれを聞いていたジェラードはよくもそんな戯言を王女相手に恥ずかしもなく言えるものだと星入りの騎士を見ながら思う。そして万が一にも王女がそれを間に受けてしまわないようにと彼は当然異論を唱えようとして口を開こうとしたのだが、


「ま、待って下さい王女様! その騎士は嘘を付いています! 現に私達をしっかりと見てください! 縄で拘束されて本部の拷問部屋とか言う場所に連れて行かれそうなんです!」


 それよりも早くアナスタシアが魔力を封じられている影響で苦痛の表情を浮かべながらも喉に力を入れて声を言い放っていた。


「なんだと? ……おい、そこの警備騎士達。彼女らの手元に掛けられている布は一体何だ?」


 彼女の言葉を耳にして王女は眉を顰めながら騎士達に声を掛けると、アナスタシアとジェラードの手元には騎士達が何かを悟ったのか事前に布を被せて縄を隠していたのだ。


「い、いえこれは……その……」


 訊ねられた騎士の一人は言葉を詰まらせて目を泳がせ始める。


「もう一度問う。お前達はこの人に無礼な真似はしていないだろうな? しっかりと私の目を見て真実のみを話せ」


 騎士の行動が怪しかったのか王女が顔を向けて粛とした声色で改めて質問する。


「は、はいっ! 実は隊長が――」


 その騎士は彼女の威圧に押されたのか姿勢を正して事の顛末を話し始めた。


「おいよせ馬鹿者!「静かにしろッ!」……くっ」


 しかしそれを良しとしないのか星入りの騎士が横から割り込んでくると、すぐさま王女がそれを強めの言葉で怒鳴るようにして遮った。

 ――それから弱腰の騎士が全ての事を話し終えると、


「ふむ……なるほど事情は理解した。ならば今この場で王女として、お前達の処遇を言い渡す。全員騎士の称号を剥奪とする! 即刻鎧と剣を本部へと返納して二度と私の前に顔を見せるなッ!」


 王女は手を顎に当てながら考え込む仕草を見せたあと、その場に居る警備騎士達に処遇を言い渡していた。だがそれを聞いてジェラードは生ぬるい処遇だと思わざる得なかった。 

 

 一国の王女で尚且つ自らも騎士の称号を持っているのならば部下の失敗を自分も少なからず取るべきだと。だが今それを言ったところで話が拗れるだけで、さらに面倒事になる可能性があるならジェラードは黙るのみであった。


「そ、そんな!? お、俺達は隊長に言われただけで……」


 すると周りに居る騎士達は処遇を言い渡されて全員が呆然とその場で立ち尽くしていると納得がいかないのか一人の騎士が声を荒げて責任を星入りの騎士に押し付けようとしていた。


「黙れッ! この人に無礼な真似をして生きているだけでも感謝しろ! 本来ならばお前達は処刑されてもおかしくない身なんだぞ!」


 だがそんな騎士の言葉すらも王女は両断していくと、ジェラードの方へと手を向けて事は死刑にも及ぶ事であると言っていた。


「ま、待って下さい王女様! そいつらは我々の憎き敵でもある魔術師ですぞ! なぜそんなやつに怯えているのですか!」


 先程まで時が止まったかのように固まっていた星入りの騎士が慌てた様子で王女の元へと駆け寄っていくと、一目散にジェラードへと人差し指を向けて何かを言い始めた。


「チッ馬鹿者が。隊長クラスで何も知らんのか? この人は……王都の大賢者ジェラード様だぞ!」


 しかしその行為は彼女の逆鱗に触れるだけであったのか、王女は舌打ちをしながら彼の方へと顔を向けてくるとジェラードが一番言って欲しくなかったことを包み隠さず言い切った。


「なあっ!? そ、そんな訳が……。この陰険な見た目の男が悠久の時を生きているとされるジェラード様だと……」


 王女によって真名が顕になったジェラードを見ながら星入りの騎士は全身を震わせて後退りしていくと、まるで死神にでも会ったかのように怯え始め冷や汗が滝のように流れていた。


「陰険な見た目で悪かったな。まったく」


 何度も同じことを言われた気がした彼はそろそろ場の状況も自分達側に傾いたと判断して、魔法封じの縄を自力で解除すると変な姿勢で固定されていた腕を回して筋肉をほぐした。


「嘘だろ!? あの魔力封じの縄を自力で解くだと!?」


 星入りの騎士が目を充血させながら声を荒げる。


「はぁ……これでよく分かっただろ? お前が一体誰に手を出したのかと言う事がな」


 王女は深い溜息を吐きながら頭を抱えて呆れている様子であった。


「ば、馬鹿な……う、嘘だ!! この私が騎士を剥奪だと……今までの功績や名誉が……」


 魔封じの縄を自力で解くという芸当を目の当たりにしたことで星入りの騎士は最早言い逃れできないと自覚したのか、騎士の称号を剥奪されるという事に恐れを抱いた様子で両膝と両手を地面に付けて項垂れた。


「すまないジェラード様。この度は私の元部下達が迷惑を掛けた。そして強盗を捕まえて頂き誠に感謝致します」


 そんな星入りの騎士を道端に転がる小石を見るような視線で捉えていた王女は振り返ってジェラードへと視線を向けると深く頭を下げて謝罪とともに感謝を述べていた。


「いや、気にする必要はない。あと一国の王女がただの浪人魔術師風情に気安く頭を下げるものではないぞ。それに強盗を捕まえたのは俺ではなくアナスタシアだ」


 彼女に頭を上げるように言いながらジェラードは指を鳴らしてアナスタシアの手首に巻かれてる縄の強制解除を行った。


「そ、そうだったのですか……。でしたら改めて、ありがとう若き魔女よ。この国の王女として礼を言わせて貰う」


 アナスタシアの手首に巻かれていた縄が意図も簡単に解けると、王女は彼女の方へと体を向けて再び頭を下げて謝罪の言葉を口にしていた。


「い、いえ! 当然の事をしただけなので感謝とかは大丈夫です! むしろ私の方が感謝しないといけないぐらいです! この場に偶然駆けつけて頂いて助けてくれたのですから!」


 王女という位の者に頭を下げられた事がないのかアナスタシアは動揺して両手を小さく左右に振り出すと、自分の方が助けてくれたことに対して感謝の念がいっぱいであると言っていた。

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