6話「若き魔女は賢者に怒る」
「その身で味わうがいいわ! 下劣な魔術師風情がッ!」
星入りの騎士が黒色の棒を手にしてジェラードの頭部を目掛けて振りかざしてくると、彼は敢えてそれをよけずに尚且つ自動防御魔法を解除してその身で受ける事を選んだ。
「ぐっ!! ……ふっ、なるほどな。そういう事か」
鈍い音が周囲に響き渡るとジェラードは殴られた箇所から血を流して片膝を地に付けた。
だが自らの身で”減魔吸棍”を受けた事により彼の中で魔法的解析が実行されて、その対魔術師用と言われてる武器の効果が顕となる。
「お前が持っているその減魔吸棍とやら……。確かに魔術師にとっては厄介な物で間違いないな」
ジェラードは右手の甲で額から流れ出た血を拭うと、何千何百年ぶりに自分の血を見た事で少しだけ嬉しくなった。それはこの世界にまだ己の血を流させるほどの出来事があったことによる嬉しさと期待が湧いたからだ。
「チッ、これで殴られてまだ減らず口が叩けるか。……まあいい、それでもお前から確かに魔力を奪えたからな。その場に立っているだけでも辛かろう」
黒き棒を愛子のように左手で撫で回す星入りの騎士はそう言うと、ジェラードは確かに自身の魔力が奪われていることを自覚していた。
それも偏に彼が持っている”減魔吸棍”の効果であり、その武器は全体が黒曜石で構成されていて、視界を凝らして見ると棒には幾つもの古代ルーン文字が刻まれているのだ。
「なに、気にする必要はない。魔力を持っていかれても所詮は微々たるもの。俺を地に伏せさせたければあと数百万回は軽く殴る必要があるぞ」
ジェラードは肩を竦めながら騎士の言葉に多少の煽りを込めて言い返すと、そのまま減魔吸棍の特性を脳内に思い浮かべ始めた。
まず黒曜石とは奥深くの地底に生成される特別な鉱石であり、それには魔力の循環を阻害する効果があるとされていて、並みの魔術師なら触れられただけで暫くは魔法が使えなくなるのだ。
さらにルーン文字とは魔力を持った古代人が作り出した最初の魔法とされていて、文字に特殊な力を与える事が出来るのだ。
しかしそのルーン文字は時代と共に廃れていき、現在は杖を使った詠唱が主流となっていて今やルーン文字を扱う者は古代人の末裔ぐらいである。そして厄介な事にルーン文字には反対の魔法が存在しなくて防衛や魔法を打ち消す事が困難であるのだ。
「……ほう、お前はそれほどまでに魔力をその貧弱な体に蓄えているのか。そうかそうか。ならば数百万回だろうと数億回だろうとお前を殴り続けて魔力を奪い、色白な皮膚を破り真っ赤な肉を露出させてやる。おい全員入ってこい! こいつを捉えて本部の拷問室へと案内してやれ!」
星入りの騎士は彼の挑発に苛立ったのか額に青筋を張ると、とても誇り高き騎士が言う台詞ではない言葉を吐き捨てて出入り口を塞いでいた部下達を集めだした。
「「「了解しました!!」」」
すると奥から大勢の騎士達が店に入り込んで来てジェラードの周りを取り囲み始める。
「……ちょっと待って下さいよ。なに勝手な事をしていやがるんですか……」
彼を取り囲んだ騎士達は魔法による反撃を警戒しているのか片手剣を構えたまま膠着していると、唐突にもアナスタシアが両手の握り拳を震わせながら口を開いた。
「あぁ? なんだ嬢ちゃん何か言ったか?」
星入りの騎士が彼女の声に反応して眉を潜める。
「ええ、言いましたとも。ですが貴方に向けたものではないです。私は……先生に対して言ったんです!」
アナスタシアは下げていた顔を上げて隣に立っているジェラードの方へと視線を向けた。
「先生だと? ……ああ、理解したぞ。嬢ちゃんも魔法を扱う魔女という訳だな。通りで先程から身を震わせていると思ったのだ。……だがこれはこれで丁度いいな」
彼女が放った”先生”という言葉を聞き逃すことはなく、星入りの騎士は自身の顎を触りながら考察するような仕草を見せてくるとアナスタシアが魔女であると断言した。
「クソッ。せっかく俺が庇ってやったのに一体何を――」
彼女の自白にも等しい行為が理解できずジェラードは感情が高ぶり口が悪くなるが、
「うるさいです! 馬鹿先生! 私は先生に庇って欲しいなんて一言も言ってないです……。それに血を流してまで……」
それを上から被せるようにアナスタシアが強めの口調で尚且つ涙混じりの声で遮った。彼はその突然の出来事に言葉を無くすと彼女の瞳には少量の涙が溜まっているのが分かった。
「……ふっ、案ずるなアナスタシアよ。この程度の傷なんぞ何の害でもない」
ジェラードは魔法を使わずとも今彼女が思っている事を心の中で汲み取ると笑みを作って返した。
「おいそこの二人なにを勝手に話をしている。この場の主導権は俺にあるんだぞ? ……まったく、だがまぁ良いだろう。今の俺は気分が良いからな。なんせ……傲慢な魔女が甚振られて泣き叫ぶ声がこれから聴けるのだからなァ。はっはは!」
星入りの騎士は二人が話し合っているの姿を見て傲慢な言葉を吐き捨てると、両手を広げて醜く歪んだ笑みを見せながら視線をアナスタシアへと向けてしっかりと捉えていた。
「なんだと?」
その聞き捨てならない言葉にジェラードは一層この場の騎士達全員を塵芥にするべきかと指を鳴らそうとする。
「騎士様! なにとぞこの人達には寛大な処置を!」
しかしそれは背後から聞こえる店主の懇願する声によって留められた。
「ええいうるさい! お前もこの者らと共に連行してやっても良いのだぞ? 魔術師を庇った反逆罪としてな」
騎士にとって店主の言葉は耳障りだったのか、アナスタシアから視線を外すと彼の方へと顔を向けて脅しを掛け始めた。
「そ、そんな……」
そのあまりの騎士の横暴さに店主は返す言葉がなくなる。
「店主、もういい。お前まで捕まる必要はない。だがその声と勇気は決して忘れないでおこう、ありがとう」
ジェラードは彼の気遣いだけは記憶の片隅に留めておくことを誓って感謝を述べた。
「ま、魔術師様……申し訳ございません……」
店主は謝りながら深く頭を下げると涙を流していた。
「ふんっ、長話もこれぐらいでいいだろう。さっさと魔術師二人を拘束し連行しろ。……ああ、それと俺の楽しみが終わったら、この魔女はお前たちが自由に扱って構わん」
星入りの騎士が再び拘束の命令を部下たちに下す。
「本当ですか隊長! ありがとうございます!」
すると部下の一人が声を上げて喜び出し、他の騎士達が一斉にジェラードとアナスタシアに近づいて紫色の縄を使って手首を縛りだした。
そしてアナスタシアは苦悶とした表情を浮かべながら、
「ぐっ……このゲスどもがぁっ……」
と言って騎士達を睨んでいたが体に力が入らないのか声も掠れていた。
そして紫色の縄とは魔術師を拘束する際に使われる魔力封じの縄であり、ジェラードにとってそんな玩具程度のアイテム効きはしないのだが今は大人しく連行されるのみであった。
「せ、先生……どうして……魔法を使わないんですか……」
騎士達に連行されながら外へと連れ出されるとアナスタシアが弱りきった様子で訊ねてくる。
「しっ、黙っていろアナスタシア。もう少しで好機が訪れる」
ジェラードは視線を合わせずにただ真っすぐに前を向いて言い切った。
「さぁ、このまま拷問室へ連行――っとなんだあれは?」
星入りの騎士が二人を本部へと連れて行こうとすると、道の真ん中から土煙を上げて何かが物凄い勢いで彼らの元へと向かって来ていた。
「た、隊長! あの馬車はヒルデ王女専用の白馬車です!」
一人の部下が指を差しながら土煙を上げて近づいて来ている物の正体を告げる。
「なんだと!? クソッ、どうして王女がこんなところに……」
星入りの騎士は焦りの表情を見せながらその場で立ち尽くす事しか出来なかった。
だがしかし、これこそがジェラードが待ち望んでいた好機の瞬間であるのだ。
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