第13話 屈辱の三十秒を超えた先

***


 とりあえず土下座をすれば大抵の問題は解決できる、あるいは許してもらえる――そんな浅はかな考えで、俺はアスファルトに額を叩きつける勢いで完璧な土下座を敢行した。



 最終的に警察官の数は十人ぐらいいたと思う。俺一人では足りないと思ったのか、修哉も隣で俺と全く同じ格好で謝罪を始めた。事が落ち着いたら、今度は修哉にも土下座をしなければいけないな……。



 春の訪れを予感させる暖かな日差しを背に受け、俺と修哉は人生最大級の屈辱を三十秒間演じたのだった。



 そこまでするなんて、一体何をやらかしたのか。



 一言で答えるなら、何もやっていない。今回に関しては誰が悪いというよりも、元の元――大元を辿れば俺が吐いた嘘ということになる。



 だからとんでもない勘違いを働いた瀬那に対して、激しい怒りが湧いてこないのかもしれない。



 瀬那には、早とちりということで説明してこの場を収めてくれ、ってお願いしたらすぐに承諾してくれた。



 俺と瀬那と修哉の三人は、かなりこっぴどく叱られた。そりゃそうだ。俺が逆の立場なら、権威と権力を利用してブチ切れるかもしれない。



 事件でないと分かったことで気が和らいだのか、強面警察官に詰められる――みたいな展開にならなくてよかった。



詳しい話は署で……みたいなことも想定していただけに、撤収していく姿を見た時は心の底から安堵した。





「――じゃあ海斗くんの部屋に行こうか」





瀬那がそう言った。



修哉がふざけて声真似をしたわけではない。



アパートを包囲していたパトカーが走り去り、近くにいた何人かのやじ馬らしき人物たちもどこかへ行き、その後に瀬那がそう言ったのだ。



土下座の際に額を地面に軽く擦り、赤くなってヒリヒリするおでこを撫でていた俺の真ん前で、瀬那がそう言ったのだ。



修哉と二人で、二足歩行で空気を吸える幸せを噛み締めて勝利の握手を――いやもういい。



「今日はいろいろあったからまたの機会に……」



「確か二階だったよね? 何号室なの?」



「ちょ、ちょっと待って瀬那!」



全く……俺の声が届いちゃいない。



「海斗くーん! オートロックの暗証番号教えてー!」



大きく手を振る瀬那。ここから瀬那が帰宅する大逆転ルートを生み出すことはできるのだろうか。



「海斗……俺帰っていいか……? てか帰らせてくれ」



「……あれを見て俺を一人にするのか?」



「あれを見たからだよ。あの瀬那って子、お前から聞いてた話と中身が全然違うのは何なんだ?」



「こればかりは俺も本当に分からん。こっちも説明してほしいぐらいだって」



二重人格だって言われた方が納得できる。少なくともあのカフェまでは真面目で穏やかな人だった。



それともあれは全て演技で、今が素の姿?



じゃあマッチングアプリでやり取りを始めた最初から、俺は騙されていたのか? 俺が占い師だとか運命の人だとか言ってたみたいに……。



――そう、これが問題なのだ。



俺も俺で嘘のプロフィールで相手を釣り、さらに騙しているのだから瀬那に対して強く言えない。



現に村雨に半分脅されている状態だし……。



瀬那の場合はどうだろう。瀬那の興味が俺の占い師としての力に向いていると仮定して、それが偽物だと判明する。



村雨みたいにロマンス詐欺がどうとか言って揺すってくるか、それとも急に包丁とかを持ち出して暴れるか。



俺の直感では後者だった。村雨とはまた別の方向でぶっ飛んでる可能性がでてきている。



今回の強盗騒ぎ件で、どの道話し合いの場を設ける必要はあったんだけど、それを今するか先送りにするかの違いだけかもしれない。



だったら今日覚悟を決めるか? 幸い修哉もいる。想定しうる最悪の事態が起きたとしても、大丈夫なはずだ。



「……土下座したら残ってくれるか?」



ついさっき覚えた、最強にして最後に切るべき手札。もちろん要求されたらやるつもりだ。もう俺にはプライドのプの字も残っていないのだから。



「お前それは卑怯だぞ……わかったよ、その代わりこの貸しはかなり高くつくからな」



「ちゃんと倍にして返すよ」



「へいへい。ったく事実は小説よりもなんちゃらって言うけど、よくこんなピンポイントでやべーの引き当てたもんだ」



修哉は観念したようにかぶりを振った。俺はそんな修哉を介抱するようにして、一緒に瀬那の待つアパートの前へと向かった。



「もう遅いよ海斗くん。あれ、お友達も?」



「う、うん。ちょっとうちに用事があって……それよりもこのオートロック今開けるよ」



簡単な自己紹介は既にさっき済ませていた。瀬那は修哉がいても特に気にしていないようだ。よかったよかった。



「部屋は206号室だよ」



階段を上がって六番目の部屋の前に立つ。自分の部屋だというのに、どうしてドアを開けるのにこれほど緊張するんだ。



そういえば鍵をかけ忘れていたんだった。



レバー式のドアノブを下げて引くと、すんなりと開いた。



その先にあるのは小さな人影。



「し、しまった……完全にこいつの存在を忘れていた……」



後ろで修哉が絶望の悲鳴を漏らす。



「コノヤロー! アタシを置いて一体どこに……ん? なんだぴょんきち! 新しい下僕を連れてきたのか?」



……もう勘弁してくれ。


 


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