第14話 SENA⑥


「むっ、どうしたのだそんなところで固まって。ほらさっさと入らんか」



 我が家へようこそと言わんばかりの、客人を招き入れる所作を披露する村雨。



 ここは俺の家だし、何ならお前はついさっき突然押しかけてきた本物の強盗犯のようなものだ。さっき警察につき渡しておくべきだった。



 それも叶わぬ今、現状の問題はこれをどう瀬那に説明するかなのだが……。



「――海斗くんの妹さん?」



 瀬那が小声で訊ねてくる。



 それだ。この勘違いには花丸をあげたい。そういう設定で突き通そう。



「うん、そうな――」



「――誰が妹だ! アタシは世界で五本の指に入る闇の………もごごごごごご、な、何をする下僕一号!」



「はいはい、これから大人同士のお話があるから子供は帰ろうねー」



「修哉……」



「ここは俺に任せろ。何とか一時間ぐらいは稼いでやる」



 村雨が余計なことを言い出す前にその口を塞いだ修哉は、こなれた手つきで村雨を抱きかかえる。



「は、離さんかこの変態!」



「えーっと、あったあった。よくこんな時期にブーツ何て履いてられるな」



「ア、アタシのダークシューズ! 返せこのやろ!」



「ちゃんとあとで履かしてやるっての。じゃあそういうことでお二人さん」



 手足をじたばたさせて暴れまわる村雨だったが、残念ながら本人の体形と相まって修哉にはほとんど届いていないし、届いたとしてもダメージを与えるには程遠い子猫の猫パンチにしかならなかった。




 ――バタンとドアが閉まり、玄関には俺と瀬那だけが残った。



「……狭いけど、どうぞ」



「お、お邪魔します」



 今の一連の流れを目にした瀬那の頭の上には、きっと大きな『?』が浮かび上がっていることだろう。



 でも大丈夫。俺も分かっていないから。何なら修哉も村雨も、みんなこの部屋の中にいたのは誰が誰で、何の目的でいるのか理解していないと思うから。



 四角関係? そんな生易しいもので済むなら願ったり叶ったりだ。



 現実はもっと複雑怪奇。たった四本のあみだくじに、これでもかというほど横棒を書き足して破綻寸前になってしまっているようなものである。



 俺は今から何とかして、その大量の横棒を取り除く作業を行わなければいけない。



「座布団があるから、空いているところに適当に座っていいよ」



「うん、ありがとう」



 玄関のドアを開けた時は、本当に魔界の扉の封印を破ったのかと肝を冷やした。修哉の素晴らしい決断と実行により、瀬那と二人きりになれる時間を手に入れた。



 修哉の言葉を信じるなら、俺には一時間の猶予があるが相手はあの村雨だ。ここは少なめに見積もって四十分ほどと考えておこう。



瀬那を先に奥へ案内し、俺はコップを二つ用意して冷蔵庫の中から緑茶の入ったペットボトルを取り出した。



「今こんなのしかないけど……」



「全然いいのに、ありがとうね。私の方こそ手ぶらだけど……」



俺と瀬那は午前のカフェと同じように、小さなローテーブルを挟んで向かい合って座った。



とりあえずお茶をひと口すする。カフェでもかなり緊張していた俺だけど、今はそれとはまた別の冷や汗が首筋から背中にかけて伝っている。



――ところで、そもそも何で瀬那はうちに来たんだっけ……?



そんな純粋な疑問が今になって浮かび上がった。



多分ちゃんとした理由があったんだろうけど、今日の朝起きてから今に至るまで、非現実的な体験が続いているから忘れているんだ。



俺から話を切り出して変な方向に向かったら嫌だから、ここは瀬那が口を開くのを待とう……。



瀬那も最初は俺と同じようにお茶で喉を潤した。



「本当は海斗くんが連絡してくれるはずだったのに、こっちから押しかけてきちゃってごめんね」



「もう過ぎたことだしいいよ。どの道うちに来ることには変わりなかったんだし」



あれ、ちゃんとそこら辺の常識はわきまえているのか。だったらあの怒涛の追いメッセージは何だったんだ……?



瀬那の表情はあまり変わらず落ち着いているように見える。至って普通。ますますこの人のことが分からなくなってくるな……。



「でもちゃんと家までたどり着けてよかったよ。全然連絡つかないから心配したけど」



「あれはさすがに心配のしすぎたよ。ところで瀬那は……」




――何で教えてもいないのに俺の家を知ってるんだ?




何かは分からないが、何かの核心に迫りうるかもしれない疑問を――俺はぶつけることができなかった。



「――ちょっと長くなるけど、先に私の話を聞いてもらえるかな……?」



瀬那が俺の言葉を途中で遮るように、バッグの中から透明のファイルを取り出した。



なんだなんだ。ファイルの中にはチラシのようなプリントのような何かが挟まっているけど。



「海斗くんボールペン持ってる?」



「持ってるけど……」



「よかった、じゃあこれにサインとその他もろもろの記入お願いね」



瀬那がファイルの中から一枚の紙切れを取り出して、俺に見えるように向けた。



えーっと。



ピンク色の文字で書かれたそれを読み上げる。










「婚姻届…………?」

 

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