第33話 禁術

「――星と貴女とを隔てているものに、心当たりがあります」

「え……ッ!?」


 しかし次に発されたクトゥラの言葉は予想外で、つい、意識をそちらに持っていかれてしまう。

 一呼吸後に気が付き、改めて力を入れ直し、問い返した。


「どういうことです。貴方は何を知っているのですか。まさか、魔族の魔法だとでも?」


 与えられた情報に、アネリナは酷く戸惑う。


(だってわたくしを襲ったのは、旧ステア王国出身を騙った人間、のはずでしょう。しかも、人族以外への差別を推し進めている一派です)


 そんな連中が、人族以外の――魔族の力を借りるだろうか。


「魔法じゃありません。邪術です。禁術とも呼ばれるようなやつ。邪術は使い手の魔力質には依りませんから、どこの誰がやってるかってのは分からないですけど」

(邪術……。確か、命を対価に現象を起こす魔法、でしたね)


 生き物の命をエネルギーにする、忌まわしい手段。他者の命でも発動可能で、また大魔法になるほど捧げられる命が多くなる。

 かつて己の領地に金山を創るために、町一つを滅ぼした領主もいたらしい。

 強力で非道に走りやすく、際限がない。ゆえに、ステア帝国では禁術として使用、研究を禁じられている。


「なぜ、そのようなことを知っているのです」

「んー。僕って、美形でしょう?」

「は?」


 いきなりの自賛に、アネリナの声が低くなる。

 確かに、クトゥラは美形だろう。顔立ちも整っているし、少年が青年に成長する境目の、絶妙に魅惑的な容姿をしている。

 しかし、それがなんだと言うのか。


「いや、当然なんですけど。それは僕の姿じゃなくて見てる人の理想なんで。ちなみに、ユリア様には今の僕ってどう見えてますか?」

「猫です」

「僕は今、ユリア様が手を出しにくい、愛らしい生き物に見えるようにしています」

「……」


 確かに、攻撃はしにくい。相手がクトゥラであることを知らなければ、廊下で擦れ違っても警戒さえしないだろう。

 さすがに窓から侵入してきた黒い靄が変じた猫は警戒するし、自分を害すると判断すれば容赦をするつもりはないが。


「まあそんな感じで、僕は人に取り入りながら生きてきたわけです。今回はちょっと失敗しましたけど」

「殺される、と言っていたぐらいですしね」

「ええ、そうです」


 クトゥラはにやりと笑って肯定した。猫の表情でもはっきり分かるほどだ。


(……ん? しかし確か、彼を追って来た者は連れて帰らないと夫人が機嫌を悪くする、と言っていたような……)


 少しばかり引っかかったが、アネリナは追及するのを止めた。人を殺すのは、何も肉体の生命活動を潰えさせることだけではない、というのが持論だからだ。


「どうせ取り入るなら、そこそこお偉い方に付かないとですからね。で、そーゆー所には後ろ暗い話が入ってきたりもするわけです。例えば、邪術のための生贄が入用になったから用立ててほしい、とか」

「随分、物騒な人生を送って来られたのですね」


 アネリナも恵まれた人生とは言い難いが、クトゥラはその上を行きそうだ。


「や、そーゆー種族なんで、お気になさらず」

「……?」

「僕の身の上話はともかくとして。その中できな臭い話が耳に入ってきた理由には納得してもらえるかと。で、そこで聞いたことがあったわけです。星と聖女を隔てようって」

「それはもしや、十八年前よりさらに昔ですか?」


 クトゥラの外見と年齢の差については、人とは違うので気にしないでおく。

 それよりも、もっと重要な話があった。


(先代聖女が謀反を知ることができなかったのが、そのせいであれば)


 むしろ納得できるというものだ。


「そうです。きっと今も同じですよ。ちょいちょい、身寄りのない人間を見繕ってどうって話、聞こえてきますから」

「――……」


 あまりに不愉快な話だ。

 ステア帝国の在りように異を唱えたいというのは、まだいい。己の心に嘘はつけないから、耐えきれなくなれば行動を起こすこともあるだろう。

 他人から見ればどれだけ理解不能であろうとも、当人の中に確信があるのなら止められない。

 だから当然、うなずけなければアネリナも反発する。

 そしてそれとはまったく別次元の話で、自信の願いのために他人を害するような真似は認められない。認められてはならない、と考えている。


「……なぜ今、その話をわたくしに?」


 クトゥラはこれまで、口を噤んできた。

 話をするべき相手なら、いつでもいたはずだ。力を落としたとはいえ、星神殿はずっと帝都にあるのだから。


「そりゃあ、貴女が一生懸命だったから、です」

「腑に落ちませんね」


 身代わり聖女を引き受けてから、真剣にやって来たのは間違いない。傍からもそう見えるというのなら、報われているとも言えるだろう。

 だがそれも、直前の疑問がそのまま浮かぶ。

 懸命だったのはアネリナだけではない。星神殿もずっと、歯がゆい思いをしてきている。


「貴方を助けた神官兵たちが、懸命ではなかったと?」

「彼らが僕を助けたのは、貴女が声を上げたからですよ。でなければ見捨てられていたでしょう」

「……否定はできません」


 神官兵たちはクトゥラを助けられないことに――己の正義が果たせないことに、悔しい思いはしていた。

 しかしアネリナが動かなければ、彼らがクトゥラの件を見過ごしたことは間違いない。

 彼らには、そうするしかできなかったからだ。


「ですがそれは、わたくしが星神殿の方針を決めなかったから。彼らの正義に嘘はありません」

「まあ、そうですね」


 最後まで抵抗はしなかった。事実、神官兵たちは諦めていた。

 しかし気持ちがあったことを、クトゥラも否定はしない。それにアネリナはほっとした。

 一度はクトゥラを護るために異を唱えたのだ。それもまた間違いない。


「だとするならば、むしろ貴方はわたくしを責めそうではないですか? 動くのが遅すぎる、今まで何をしていたのか、と」

「冷静ですね。自分の評価に、しかも悪評に関わることなのに」

「星神殿にも――わたくしにも事情はあります。ですが他者には関わりないことですから」


 民の多くは期待に応えない星神殿と聖女に、ただただ、落胆していることだろう。

 少なくとも、アネリナ自身はそうだった。


「貴方の主張には違和感があります。ですので、もう一度問いましょう。なぜ、今わたくしにその話をしたのですか」


 息をつき、クトゥラはお手上げ、とばかりに両手を顔の横にまで上げる。


「後悔してるし、負い目もあります。薄々気づいてたのに、政変をそのまま見過ごしたことになったから。そのせいで自分の首も締めたし」

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