第34話 何ができるか、どうしたいか

「ふむ」

「言える相手がいるような立場でもなかったけど。もう少し、何かすればよかったんじゃないかなとか、思うわけです。友人、知人も喪った身としては」

「……そうでしたか」


 もしかしたらクトゥラも、政変直後の戦いに加わっていたのかもしれない。その結果が『長いものには巻かれる主義』であるのならば、無理からぬことと言える。


「聖女は、もういないんだと思っていました。でもまだ生き残っていたんですね、本当に」

「……星の血筋は、絶えてはいません」


 嘘ではない。ヴィトラウシスは本物だ。

 だがクトゥラが希望を持った聖女は偽者なので、濁した肯定の仕方になってしまった。


「星を隔てている闇の帳を払えば、貴女になら星の声が届くのかもしれない。星の導きを得られれば、きっと勝機はあります。そう思ったから炎狼主もここに来たんじゃないかな」

「炎……?」

「あ、ユリア様の世代は知らないかな。獣人族の四源盟主の一人です。帝国との戦で負けてから姿を見なくなって、もう死んだのかなと思ってたんですけど。僕と同期で神官見習いなんですよ」

(アッシュ……!)


 クトゥラの同期の神官見習いというなら、彼しかいない。

 当人から聞く前に、思わぬところで身の上を知ってしまった。

 獣人族は個々の群れとは別に、属性に依ったより上位の命令系統が存在する――と、つい最近読んだ本によって知識を得ていた。

 それが四源盟主と呼ばれる王たちで、アッシュは火属性に親和性の高い獣人族の主、ということだ。


「何か、運命的ですよね」

「運命……ですか」


 あまり好きな表現ではなかったが、否定もしきれない。

 なぜならアネリナとヴィトラウシスが出会ったのは、星の導きによるものだからだ。そのアネリナの側にアッシュがいたなど、出来過ぎていると言われればその通り。


「僕は長いものに巻かれる主義だけど、勝ち目のある戦いから降りるほどの腰抜けでもない。だから、僕のことも覚えておいてください。できる協力は全力でします。――そして」


 アネリナを見据えて、決定的な一言を口にする。


「帝国を取り戻しましょう、ユリア様。僕は貴女に帝冠を被ってほしい。何者でもない僕すらも、見捨てなかった貴女だから」

(……あぁ)


 クトゥラの視線を受け止めたアネリナの心に、怯えが走る。


(これが、ヴィトラウシス様が背負う期待なのですね)


 何もできないのに、どうすればいいのかも分からないのに、期待だけは圧し掛かってくる。


「帝位の話は語れません。まずは建国祭で儀式を成功させなくては」

「分かっています。けれどどうか、貴女を支持する一国民の言葉として、心に留めておいてください」

「……ええ」


 アネリナがうなずくと、クトゥラはほっとしたように体の力を抜く。


「それじゃあ、僕はこれで。あ、でも、部屋の警備はもっとしっかりさせた方がいいと思いますよ」

「考えておきます」


 実際、こうしてあっさりと侵入されているので、必要はありそうだ。

 クトゥラは白い靄に変化し、来たときと同様に窓から抜けて行った。


「……星と地上を隔てる闇の帳。それを作るための生贄……」


 星の一族にとって、ステア帝国にとっても重要な話には違いない。

 だがそんなことよりも第一に――


(許されてよいはずがない)


 どこの誰が何のためになど、関係ない。己の目的のために他者の命を軽んじる、それそのものが、何よりアネリナを憤らせた。


(ヴィトラウシス様と話してみる必要がありますね)


 リチェルが夕食を運んできてくれるときにでも、渡りを付けてもらうべきだろう。

 一つうなずいたアネリナは、クトゥラが出て行った窓から外を眺める。


(今このときにも、犠牲になろうという人がいるのかもしれない。もしそうであるならば――……)


 一刻も早く止めるべきだ。


 心はすぐに結論を出す。しかしアネリナは誰に知られることもない頭の中の思考でさえ、それを断言することができなかった。

 なぜなら、闇の帳を作り出している者を暴くということは、そのまま今のステア帝国へと反旗を翻すことに繋がるからだ。


(わたくしは、どうするべきなのか)


 聖女であるアネリナには、決める力がある。

 それがとても、怖かった。




「――ユリア。入るぞ」


 ヴィトラウシスがアネリナを訪ねてきたのは、その日の夜だった。


「大丈夫です。どうぞ、お入りください」


 異性の部屋を訪れるには不適切な時間ではあるが、互いの立場と関係性が醜聞から護ってくれる。


「何かあったか?」

「はい。気になる話を耳にしまして」


 クトゥラの名前とアッシュの件は伏せ、昼間に聞いたことをそのままヴィトラウシスへと話す。


「……そうか」

「驚かないのですね?」

「驚くよりも、得心が言った部分が大きい。確かに禁術であれば可能だろう。……どれ程の犠牲が払われているのか、想像もつかないが」


 だが確実に、今この時も被害者が生まれている。

 クトゥラの話をそのまま信じるなら、だが。


「調べることはできないでしょうか? もし事実であり、その真実を明るみに出せれば、現政権と切り離せると思うのですが」


 邪術は今のステア帝国でも禁術のままだ。証拠を突きつけられれば、犯罪者として処罰しなくてはならない。


「いえ、たとえ相手を追及するところまで叶わなくとも、ともかく被害の実態を掴み、被害を出させないようにしたいのです」

「……貴女の言は正しいと、私も思う」

「しかし乗り気ではないようですね?」


 アネリナの声にヴィトラウシスを責める響きはない。それにほっとした顔をして、彼はうなずいた。


「どれ程密やかに動こうが、相手の行いを止めようとするならば、最終的には相対することになる。武力行使に出られれば、星神殿に勝ち目はない」


 現状では星神殿の有用性を認めた皇帝によって、存在を許容されているだけなのだ。


「都合の悪い事実が明らかになったとき。禁術を使っていた連中を切り捨てるか、星神殿を潰して憂いを断つか、どちらを選ぶか分からない」


 かと言って、被害者となり得る者を全員護ろうとするのはまず不可能だ。それぐらい帝国は広く、また内部は荒れている。


「貴方は、どうしたいのです?」

「いや、だから」

「可能か不可能かは考えなくて結構。どうしたいのかだけを聞いています」

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