第16話 襲撃

 「ふぅ…うまかったな~」


 響がポンポンと自分の腹を叩く。


 ファミレスでは初めて見る金額を食べたんだ、そりゃ腹いっぱいになるくらい食べてないとおかしいだろう。なんにせよ、割り勘ではなくてよかった。全部払ってくれたのは普通にうれしい。


 「それで、壊滅しろっていうのは具体的にはどうすればいいんですか?」


 「うん、少し歩きながら話そう」


 ほんの一瞬。何か冷たいものが首に当たる。いや、当たった?それと同時に響がぐいっと肩を組み寄せてくる。


 「ちょっと…」


 「がははは!!まぁ、これからは俺がお前の兄貴と思え!!もっとがんがん頼れ頼れ!!連絡先も渡しただろ?」


 そういって、早々とどこかに向けて歩き出した。


 いったい、このままどこに連れて行かれるんだ…?


 「俺は本件をお前に通知するために、自己推薦で本部から派遣されてきた、だからホテルもとってある…さぁ、朝まで一緒に飲むぞ!!!!」


 「え!?ちょっと、明日もバイトなんですけど……」


 「いいからいいから!!!!」


 ……困るなぁ…。あんまり酒強くないんだよな…。


 それにしても、この人…本当に絵にかいたような男らしい男だな。いや、できすぎている。言動にしても、体格にしても、行動にしても。本当にできすぎたほど男男している。


 …だが、この人、これだけがすべてではない。時々、冷静な感じで話し出す。こっちが驚くぐらいに急に話し方を変えたりする。こいつ…もしかして、全て計算づくでわざとそうしているのか…?


 「それで…具体的に俺は何をしたらいいんですか?」


 「う~ん、そうだな~、まぁ取り敢えず今日は俺と飲みかな~」


 …何かおかしいな。この人、さっきから会話が半分ぐらい成り立ってない気がする。…外に出てからそんな感じだな。

 

 さっきからどこへ向かってるんだ?こっちにホテルがあるとは思えないが、俺の知らないところにあるのか?人気がだんだんとなくなっていっているぞ。


 俺を騙して何がある?もしかして、俺とやりあいたいとか?だが、そんなもの果たし状を出せばいいだけだ。確かに、俺と比べたらこの人は数段格上だから応じれば死ぬかもしれないということが分かってるいじょう、拒否される可能性は高いだろう。…だが、俺は師が消えて、そして半分ぐらい自暴自棄になってると計算されている恐れが高いんじゃないのか?そうじゃないにせよ、自立したからには師の顔をたてるためにも逃げる事はしないと…。


 そもそも、だまし討ちは正式な勝負にはならない。一応、禁止されてはないが、事前に合意して、そして本部に届け出を出さなければ後片付けは自分でやることになる。いくら人気のない所でやるとは言っても、ここは東京だ。一人で隠蔽するには限度があるだろう。


 ならなぜ…。…もしかして、対象は俺じゃない。ここにいる俺以外の誰かに見せているのか…?


 街灯すら少なくなってきた。


 ……建物と建物の間。路地裏。廃墟に囲まれた人通りの無い通り。


 「ふぅ…こんなもんで良いか」


 パッと肩に置かれていた重い手がどけられる。


 「どうも~こんなところまでついてきてくれて、いや~申し訳ないね~わざわざそちらからお越しさせちゃって」


 隣の大男が振り向きながら背負った刀袋を下ろし始める。


 ……そういうことだったか。


 つられて振り返った方向を見る。


 そこには、キャップを目深に被った、男…?が離れた所に立っていた。赤いジャケットを着て、ジーンズのポケットに両手を突っ込んでいる。…身長は高くない、むしろ低いが横にでかい。多分脂肪じゃなくて…あれは筋肉か?遠目からでも分かる体格の良さだ。


 「お誘いに乗ってくれるのはうれしいぞ…何の用かな~?」


 あいつ、俺たちを尾けてきたのか?いつからだ?


 …ファミレスの外に出たときのあの感覚……。そうか、あの時か。


 問いかけに男は答えない。ただ、うつむき調子で少しだけゆらゆらとするだけだ。


 こいつは誘い込まれた。いや、それにしてはあからさますぎる。…この人、誘ったんだ。そして、あいつは誘いに乗った。


 やることは一つか…。


 「用が無いならもう行きたいんだが…それとも、ここで死んでおくか?」


 一瞬、目の前からゆらゆらとした男が消える。いや、消えたんじゃなく、少ない街灯の影に入ったのか。


 「おっしゃ、良い感じじゃ


 俺のすぐ横に既にそいつが…


 はっ…、


 「よっしゃぁ!!!!いいじゃんいいじゃん!!うごけんじゃん!!」


 響が刀袋を蹴り上げ、直撃させたが、男は足でその勢いを殺し回転して着地する。


 右手には街灯の光に照らされて何かがきらめている。にぶい光。刀だ…。だが、少し小さい。小さく見える。太刀じゃない。…なんだあれは、ていうかどこから出した?持ち手が短く、片手でしか持てないようになっている?


 …暗くて良く見えないが…。どちらにせよ初めて見る。

 

 ちらりと横にいる大男を見る。刀袋を地面に立てたまま、まっすぐ、襲撃者のほうを見つめている。…俺の背中には刀は無い。


 おそらく、刀袋のチャックに手を付けようものならその瞬間に、この襲撃者はこちらに向かってくるだろう。…こちらは丸腰、そしてほぼ丸腰。まず間違いなく今攻められてはまずい………。


 「よぉ、兄ちゃん!!もちろん、刀を抜かせてはくんないよなぁ!?目的はなんだい?俺たちをぶっ殺すことかい!?あぁー良い!!お前の仲間はこんなんじゃなかったぜぇ!!少し捻ってやったら死んじまったよぉーーー!!!」


 「下衆が……」


 初めて目の前の襲撃者が喋った。ひどく低く、ドスの聞いた声。恨みの凝った声。


 響は目をギンギンにして、すさまじい笑顔を顔に張り付けている。少し、ぞっとするような顔だ。


 ……勘違いしていた。少し面倒見のいい兄貴分みたいに思い始めていた自分が馬鹿だった。おそらく、こいつは殺すタイプだ。絶対に生かして返さないタイプだ。


 襲撃者が腰を下ろし、手首を返して刀を頭上でこちらに向ける。今までで見たことの無い構えだ。


 「許ぉ!!少し離れてろ!!お前は完全に丸腰だろぉ!!危ないからよぉ!!」


 そう言われると同時に、襲撃者が走り出す。刀を宙で一回転させ……こいつ、俺

を!?


 「よっしゃぁ!!!!」


 再び、刀袋が振られて、男が遠のくと同時に、袋だけがすっぽぬけ中身があらわになる。


 え!?まさか、これを予想して俺に逃げろって……


 いや、それ以上になんだこの刀。やはり、袋からも分かったが、すさまじい大きさだ。髑髏模様の鞘、赤のムカデが絡まった肋骨の刻まれた柄。目玉が彫られた鍔。…趣味が悪い!!!!そしてデカい。おそらくこの刀、俺よりも大きい。俺の伸長よりも高い。


 どう抜くんだ?


 刀袋は恐らく上部が巾着みたいに絞る形式だったからすっぽ抜けたが……。これ、抜けなくないか?


 どかりと胸を突き飛ばされる。少し離れた後方まで飛び尻もちをつく。邪魔をするなということか。


 襲撃者が響に迫り、足元を狙って…いや、違う。フェイントだ。足元を斬りつけようと助走をつけた瞬間に、膝の力を一気に抜き、後ろに下がって刀を左手に持ち替えた!!


 足元を鞘付きの刀でガードするために斜めに動かしたから、首元の守りが間に合わない!!


 「響さん!!」


 「おうよぉ!!!!」


 …!?目の前の大男が一気に縮んだ!?いや、股関節が90度開いている。足を無くして一気に下がったんだ。


 ……再び、刀が上に向かって振られる。そこには白い刃が輝いていた。



 

 


 


 


 


 

 

 

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令和真剣勝負 蛇いちご @type66

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