第6話

「ああ、カワイソー特集

ついに”ネクラ”を越えたダサイ奴らが大増殖!

オマエは果たして大丈夫か!?

これがギャルの嫌う「オタッキー」の実態だっ!!」


【ドーテーでホーケーで、ひたすらひとり閉じこもってオナニーする男たち、人はそれを『OTACKY(オタッキー)』と呼ぶ】


【オタッキー!

それはダサくてクラくてどーしよーもない男たちの新しき名称なのだ】


【女子高生に、オタッキーってどう思う?って聞くじゃない、みんなスゴいよ。虫けらみたいだとか、見た目だけで目が腐るとか、臭くて近寄りたくないとかさ……。同じ地球にはいたくないって言うコも多いね。】


週刊プレイボーイ1989年2月28日号



 1989年当時は差別が横行していた。

 特にオタクへの風当たりはきつかった。

 宮崎事件の前もだ。

 たしかに8月の事件以前もオタクは嫌われていた。

 人格否定は当たり前。

 理由は、身だしなみが悪いとか社会性が劣っているとか、自分の所属するグループとはタイプが違うとかくだらないものだ。

 人は自分の知らないことを恐れる。

 それは本能だ。

 我々は動物でしかない。

 恐怖という本能からくる行動に理性で抵抗することは無駄の極みかもしれない。

 ある程度は仕方ないものなのかもしれない。


 犯人が逮捕された日はなにも問題はなかった。

 夕方や夜のニュースはその話題ばかりだった。

 僕には関係がない。

 その夜はそう思っていた。

 だって僕がやった事件じゃない。

 どこの誰がやったかわからない事件の連帯責任を取らされるなんて……思いもしなかった。



【宮崎は両親と妹二人の五人暮らし。妹らと自宅母屋裏の離れに住んでいた。六畳一間が宮崎の城。壁の三方はテレビから録画したらしいアニメ、SFなどのビデオテープでぎっしり埋め尽くされている。】



1989年8月11日朝日新聞朝刊27面



 次の日。僕は他人ごと気分で新聞を眺めていた。

 ああ、関係ない。だって僕じゃない。

 僕はなにもしてないのだから。

 だけどそれは今から考えれば実に愚かな思い込みだった。

 魔女狩り、オタクを痛めつけるゲームはもうはじまっていたのだ。



【性的はけ口を求めてアニメや少女趣味に走った】


群馬大学教授 木村駿(当時)

1989年8月11日朝日新聞朝刊26面



 その日、僕が学校に行くと朝から不良たちがニヤニヤしながら下駄箱でしゃべっていた。

 僕は関わりたくないと思い無視して靴を履き替える。

 その間もなぜか彼らはニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 なにがあった?

 僕は不思議でしかたなかった。

 教室に着くと興奮した声が聞こえていた。


「おはよう」


 そう言って僕が教室に入った瞬間、声が止んだ。

 本当に教室がシーンッと静まりかえった。

 みんな遠巻きにひそひそ話している。

 すると心から嫌いな女子、友利がやってくる。

 なぜか友利はニヤニヤしてた。

 まるでライオンを素手で打ち負かしたかのような顔をしていた。


「やあ、野村。あの事件のこと知ってる?」


「テレビでやってたね」


 世間話だろうか?

 だとしたら様子がおかしい。

 クラスメイトたちはニヤニヤしてる。


「ねえ野村ぁ。あんたたちも子ども殺すの?」


「は? 友利なに言ってんの?」


 意味がわからない。

 なぜ顔も知らん犯罪者と同じことをしなければならない?

 バカなの?

 するとガタイのいい男子生徒が僕の胸倉をつかんだ。

 バスケットボール部の高橋だ。

 いつも格好つけて女子にウケようとする。

 そのくせ空回りばかりしている。格好いいつもりにしては鼻が大きいやつだ。


「おいおまえ! なめてんじゃねえぞ!!! 俺たちはおまえが子どもを殺すんじゃないかって心配してるんじゃねえか!!!」


「はあ? なんで!?」


 するとどっと笑いが起きた。

 それは明らかに僕を嘲笑するものだった。


「事件知らねえのかよ!!! テレビはどこもオタクが人殺しだって言ってるぜ!!!」


「知らねえよ! 俺と関係ねえよ!!!」


「るせえんだよ! クソオタク!!! おまえがいるだけで迷惑なんだよ!!!」


「はあ? なんで!?」


「当たり前だろ!!! オタクがクラスにいるって知られたら俺たちの内申点が下げられちまう!!!」


「意味わかんねえよ!!!」


「うるせえ! 俺は高校でもバスケットやって海外留学してプロになるんだからな! てめえらオタクに邪魔なんかさせねえ!!!」


「はあ? それこそ俺と関係ねえだろ!!!」


「俺はお前らオタクを絶対に許さねえからな!!! 全員ぶっ殺してやる!!! おまえも自殺するまで追いコこんでやるかならな!!!」


 悪意。それは剥き出しの悪意だった。

 これだけ支離滅裂な主張だというのにクラスメイトたちはさも当たり前のように受け入れていた。

 それが僕には……気持ち悪く感じられた。

 13歳のこの日。僕はこの剥き出しの悪意をぶつけられることになった。

 この日、彼らの正義ごっこがはじまったのだ。

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