第13話 とりあえず裁かれてみた
颯爽と前に出てきたシルビアが裁判長をまっすぐに見据えながら静かに口を開く。
「私が地下牢の視察に赴いた時、そこにいる男がいきなり暴言を吐いて暴れだしたのです。それを無力化しようとしたところ……私に対し淫らな行為をしてきました」
シルビアは悲痛な面持ちでそう言うと、最後に勝ち誇った笑みを俺に向けてきた。性格悪すぎんだろあの女!!
「具体的には何をされたのですか?」
「はい?」
「被告があなたに対して行った淫らな行為とはどういったものですか?」
「え、いや、あの、そ、それは……」
まさかの質問にシルビアの声が段々としぼんでいく。人の恥部を曝そうとするのであれば、自分の恥部を曝す覚悟がなければいけない。とある露出狂のありがたいお言葉だ。
「……ごにょごにょ……」
「え?」
「…………られました……」
「申し訳ない。もう少し大きな声でお願いします」
「み、身に着けていた下着を盗られました……」
茹でたこのように顔を真っ赤にしながらシルビアが答えると、進行役の男の顔が引きつった。
「……つまり、あなたは下着姿で地下牢を見に行ったということですか?」
「へ?」
シルビアがきょとん顔になる。わろた。俺を変態に仕立て上げようとしたら、自分が変態になったでござるの巻き。
「そ、そんなわけないでしょ! 私はちゃんと騎士団の鎧を着ていたわよ!!」
「ということは鎧も盗まれたということですか?」
「い、いや、鎧はなにもされてないわ!! 盗られたのは下着だけなのよ!!」
おうおう、随分と余裕がなくなってきちゃってんじゃないの。素の口調が出ちまってんぞ? ここが攻め時だな。
「鎧を身に着けた相手の下着だけを盗る? そんな事が現実に可能なんでしょうか?」
「うるさいわよ変態!! あんたは黙ってなさい!!」
「どういう原理で俺がそれを行ったのか、是非ともお聞かせ願いたいものですね」
「そんなの知らないわよ!! あんたを殴り飛ばしたら、いつの間にかあんたの手に私の紫のブラが握られてたんだから!!」
「紫のブラ……」
進行役の男が何とも言えない顔でシルビアの言葉を反芻する。悲報、うら若き女騎士団長が少し背伸びブラを身に着けていたことが露見してしまう。この状況で下着の色を言う必要ねぇだろ。あいつ、てんぱりすぎてどんどんドツボにはまってんじゃねぇか。うける。
「と、とにかく! この男が人の下着を盗るような変態である事は間違いないのよ! 早く国家変態罪で死刑にしなさい!!」
何その罪超怖い。だが、これは勝負所だ。ここを逃せば俺に未来はない……かもしれない。
「異議あり!!」
背筋をピンっと伸ばし、人差し指をビシッとシルビアへと向ける。その瞬間、俺の頭の中では追及する感じの勇壮なテーマソングが流れ出した。
「先ほど説明していただいた通り、
「急に口調おかしくない?」
シルビアが気味悪そうな目で俺を見てくる。バカめ。そうやって俺に気をまわす余裕があるのは今だけだ。
「なので彼女の言葉を参考にさせていただきます。私が彼女の下着をはぎ取ったと仮定しましょう。……それはつまり、騎士団である彼女が職場である留置所へ下着姿で来たことに他ならない!」
「な、なんでそうなるのよ! 私はちゃんと鎧を着ていたって言ってるでしょ!!」
「その主張を通すのであればあなたに立証責任が生じます。どうですか? 鎧を身に着けた女性から下着だけ拝借する手段を! あなたは! この場で! 淀みなく! 不可解な点なしで! 説明する事ができますか!?」
「ぐっ……!!」
シルビアが悔しそうな顔で口ごもる。そうだろうそうだろう。張本人ですらどうやったのかわからないのに、シルビアに説明できるわけがない。
「そうなると、国家変態罪で裁かれるべきなのはあなただ! 欲求の溜まりに溜まっている囚人達のいる留置所へ下着姿で来るとは、無茶苦茶に乱されたい願望があったとしか考えられない!!」
「はぁぁぁぁぁぁ!? 意味わかんないんですけどぉぉぉぉ!?」
羞恥なのか怒りなのかはわからないが、シルビアが顔を真っ赤にしている。どうやら俺の意見に反発したいようだ。だが、オーディエンスはどうだろうか? 半数以上がシルビアに対して懐疑的な目を向けていた。手ごたえありだ。
「どうしますかシルビア嬢? まだ私を国家変態罪で訴えますか? 私はそれでも構いませんが、その前にあなたが死罪にならないか心配でなりません」
「ぐぬぬぬぬ……!!」
憤怒の表情でシルビアが奥歯を噛みしめている。だが、これ以上は何も言い返せないようだ。あぁ、なんと清々しい光景だろうか。こんなにも晴れやかな気分なのは世の中の負の部分を知らなかった子供の頃以来だ。
「以上で
優雅にお辞儀をしながら俺は小物臭い小太りの男に話を振った。この戦、勝ち申した。
「……あ。そ、それではキング王、裁定を」
それまで冒頭陳述を担っていた男が慌てて小太りの男に意見を求める。って、王様だったんかい。この国のトップに君臨するのが、あんな冷や汗だらだらの脂ぎったおっさんだったとは。この国の未来が心配だ。ってか、キング王って頭痛で頭が痛すぎるだろ。
まぁ、あのおっさんなら問題なさそうだな。なんとなく人に流されるタイプっぽいし、俺の思惑通り紫ブラの背伸び女が罪に問われることになんだろ。いい気味だ。
「え? あ、い、いや、そ、その……こ、これまでの話を鑑みるに、ひ、被告人シルビア・ベルナドッテを国家変態罪により、騎士団の無期限停職処分を言い渡す!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
シルビアの絶叫が響き渡った。俺にはそれが天使の福音に聞こえた。素晴らしい裁定をありがとうキング王よ。あなたは紛うことなき稀代の賢王であらせられる。
「そ、そして、ひ、被告人サクを国家反逆罪で死刑に処す!」
……王?
「あのぉ……どうしてそうなっちゃったんすか?」
「えーっと……シ、シルビア・ベルナドッテの下着の話をしていたけど、そ、そんなのはどっちでもいいんだよね、僕は。重要なのは、き、君が魔王ヘレボルスと仲良く話していたという、じ、事実なんだよね」
「…………」
思ったよりもまともな理由だったでござる。そうなんだよね、俺が問われているのって国家反逆罪なんだよね。うまい事下着に論点をすり替えたつもりだったんだけど、全然ダメでした。ってか、王よ。その見た目にその名前だったら無能じゃなきゃだめだろ。空気読め。
とはいえ、そんな判決認めるわけにはいかない。
「魔王と仲いいわけないじゃないっすか。あいつは俺の事を盾として使ってきたんですよ? そもそも、魔王をぶっ倒したのは俺なんだから、讃えられる事はあっても、責められるいわれはないと思うんすけどねぇ?」
インテリキャラはやめだ。功績を前面に押し出し、強気にいく方向に作戦変更。言ってることは間違ってないし、あの王様ならこっちの方が効果ありと見た。ちらりとシルビアの方に視線を向ける。
「無期限停職……無期限停職……」
よしよし。しっかり廃人化してるな。これなら横から邪魔されることはないだろう。
「い、いやそれじゃ困るんだな……! な、なら器物破損の罪とかどうかな? ほら、魔王を倒す時たくさん建物壊したでしょ?」
「街をめちゃくちゃにしたのは魔王と女騎士団長です。俺はなんもしてません」
「い、いや、でも……ま、魔王城を跡形もなく消し飛ばしたわけだし……!」
あっ、魔王城破壊されたんだ。やっぱすげぇ魔法だったんだな、あれ。使い手はバカ丸出しだったけど。
「魔王城は国の所有物じゃないですよね? だったら、それを壊したところでとやかく言われる筋合いなんてないっす。そもそも俺は騎士団長様に『自分が責任をとるから何をやってもいい』って言われてるんすよね。だから、仮に俺が罪を犯していたとしても、それはシルビア団長の責任になるんじゃないっすか?」
「た、確かに……!!」
完膚なきまでの正論を叩きつけると、王様は情けない顔で口をつぐんだ。いや、ちょっと待て。どうしてこの人はこんなにも俺を罪人にしたがってんだ? 俺なんかしたっけ?
「王よ……ごにょごにょ……」
俺が疑問を感じていると、隣に立っていた文官らしき男が王様に耳打ちをする。すると、半べそをかいていた顔が見る見るうちに明るくなっていった。
「それはいい! す、素晴らしいアドバイスだよ、カイル!」
「もったいなきお言葉」
なんだなんだ? 急に元気になったぞ? 威厳を出したいのか知らないけど、ふんぞり返ってお腹を前に出したらもう豚にしか見えん。
「ひ、被告人サクよ! は、判決を言い渡す!」
「判決も何も俺は罪を犯してなんか……」
「だ、脱獄罪で、こ、このムーンガルドからの追放令に、しょ、処す!」
…………あ。やべ、忘れてた。そういや飯を貰うために牢屋の鍵破って、外出たんだったわ。どうしよ。
言い返してこない俺を見て、王様がにんまりと笑みを浮かべた。
「だ、脱獄はよくないよねぇ、うん。追放されても文句は言えないよ! ……べ、別にこれは魔王城を吹き飛ばすような男が町にいたら、恐ろしくて夜に一人でトイレに行けないから、き、君を追い出そうとしているわけじゃないからね?」
「いや、それが理由だろ」
「ふふーん! 甘いんだなぁ! 君がいようといまいと、僕は元から一人でトイレに行けないもんねー!!」
「どや顔でそれを言えるお前がすげぇよ!!」
マジなんなのこいつ? 俺を追い出すのに必死過ぎて、自分が恥部をさらけ出してることに気が付いてねぇよ。やっぱり無能じゃねぇか。こんな豚が王様で、この国の行く末が本気で心配になってくるわ。
とはいえ、こりゃどうすることもできんぞ。俺が近くにいるのが怖いってのが理由なら、どうあっても追放しようとするだろ。
「な、なにか申し開きは、あ、あるかな?」
「……ありません」
まぁ、命があるだけマシか。魔王を倒した勇者が、平和になった世界でその力を恐れた王に殺されるなんて話はままある展開だもんな。そうならなかっただけいいと思おう。
「と、とはいえ、魔王ヘレボルスを倒してこの街に平和をもたらしてくれたのは、じ、事実だよね! な、なにか褒美を、だ、出さないと! ぼ、僕は器の大きい王様だからね!! な、何にしようかなぁ……?」
……おっ? ちょっとちょっと。こいつは話が変わってきますぜ? ここでいう褒美ってどう考えてもお金だよな? いやー、助かるわー! 正直、また路頭に迷うことになるのか、って結構落ち込んでたんだよねー! やっぱ、有能じゃねぇかキング王! 豚とか言ってすいませんっした! 誰が何と言おうと、脂ぎっててJKが生理的に受けつけない見た目をしてても、あなたは紛れもない名君だっ!!
「……そうだ! シ、シルビア・ベルナドッテを君の専属護衛に、に、任命するよ! そ、それなら、君の監視にもなるし、か、彼女の処罰にもなるし、一石二鳥だもんね! ぼ、僕ってなんて頭がいいんだろう!」
養豚場へ帰れ豚野郎。
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