第12話 とりあえず連行されてみた
ゆっくり目を開けると、そこにあるのは見慣れた天井だった。でも、ここは家ではない。いや、家と呼んでもいいのではなかろうか。それほどまでに、このマイスイートホームならぬマイスイート牢屋に愛着が湧いている。
上半身だけ起こしてみた。やけに体が重い。冬場に学校で行われるマラソン大会の日の翌日の朝のようだ。ごめん。マラソン大会の日はいつも仮病使って休んでたから、翌日の朝はすこぶるいい目覚めだったわ。まぁ、なんか前日調子に乗って体動かしまくった日の翌日みたいな体調ってことで。
「……ここで寝てるってことは、夢だったってことか」
随分とリアルな夢だったな。今でも鮮明に思い出せるぞ。なんか魔王軍に街を攻められ、それを率いる魔王がバカで、そいつが使った最強魔法がなぜか俺の手にくっついて、必死に手を振ったらその魔法ごと魔王が吹き飛んでいった。……あらためて考えると夢にしたって出鱈目だな。いや、夢だからこそあんなキテレツなことが起きたのか。いずれにしろ、なんかかったるいから二度寝しよう。
「……起きたみたいだな」
ん?
「なーんだニックか。もしかして飯を持ってきてくれたのか? いやー、なんか知らないけどめちゃくちゃ腹が減ってたからありがたいわ」
「……だろうな。お前は三日間も眠り続けていたんだから腹も空くだろう」
「三日!? そんなに寝てたのか!?」
寝すぎだろ俺!! それなのに二度寝かまそうとしてたのか俺!! 睡眠量が赤子を超えてるぞ俺!!
……というか、どうしてニックはそんなに深刻そうな顔してるんだ俺?
「悪いが飯は後だ。目を覚ましたら連れてくるように言われている」
「連れてくる? どこに?」
俺の質問には答えず牢の扉を開けたニックが無言で俺の手首に錠をつけ、そのまま錠に繋がれている鎖を引っ張って俺を誘導する。おいおい、まるで脅迫犯の護送じゃないか。こんな事しなくたって俺はこのユートピアから逃げ出したりしないぞ?
「なぁニック。俺はどこに連れていかれるんだ?」
「…………」
「めちゃめちゃ他の人に見られてんだけど。もうちょっと目立たない方法ない? なんか恥ずかしいわ」
「…………」
「もしかして配給制から囚人食堂に行って食べる形式に変わった感じ? まじかー。俺的にはゆっくり部屋で食いたかったんだけどなー」
「…………」
応答なし。どうやらニックは俺と会話するつもりはないらしい。なんだ? 奥さんと喧嘩でもしたか? 喧嘩できる奥さんがいるだけでもありがたいと思え。
まぁ、話す気がないならしょうがねぇなー。囚人である俺は大人しくついて行く他ない。とはいえ、この注目なんとかならねぇかなぁ。地下牢から連れ出され、街の中を歩いてんだけど、みんな俺の事見てんだよね。まったく……そんな場合じゃないだろ。ほれほれ。俺のことなんか気にせず、壊れた街の復興せい。そんなんじゃいつまで経っても直らんぞ。…………壊れた街?
「そいつが例の男か?」
「あぁ。目を覚ましたので連行した」
ニックが城の見張りに堅苦しい声で受け答えする。え、ちょっと待って。あれ夢じゃない感じ? 本当に魔王が襲ってきた感じ?
「……なぁ、ニック。最近この街に魔王来た?」
「あぁ。三日前にな」
バリバリ魔王襲来してるぅぅぅぅぅ!! その件で俺城から呼び出しくらってるぅぅぅぅぅ!!
……いや、冷静になれ俺。あれが夢ではないとすれば、俺は魔王を倒した英雄じゃないか。つまり、この呼び出しは論功行賞。名もしれない異世界転生者がそのチートなスキルを使って王都の危機を救い、爵位やら何やらを与えられて出世していくパターンのやつや。これ軌道に乗ったわ。勝ち組の快速急行に乗車したわ。なるほどね。あの厳しい扉をくぐれば俺の人生はガラリと変わるってわけだ。可愛らしいメイドに囲まれて? 異世界の知識をほんの少しひけらかして? 文明レベルの低い異世界人を騙くらかして? 富と財を得て一生遊んで暮らす未来が俺を待っている……!! ありがとう女神アフロディーテ様!! この素晴らしい世界に二度目の生を与えてくれて!! 俺はこの扉の先に進み、輝かしい未来に向かって大きく羽ばたいていきます!!
「……国家反逆罪に罪問われる罪人サク、入廷!!」
…………ふぁ?
*
「これより冒頭陳述を始める」
訳も分からず証言台に立たされる俺。普通に裁判が始まりました。
「被告人サクは数日前、森の中で魔物に襲われているところを冒険者に救われ、ここムーンガルドへとやってきた。間違いないか?」
「……間違いありません」
え、なにこれ。まじで裁かれる感じ? 俺、魔王倒したんですけど?
「どうやら被告は記憶を失っているらしく、ムーンガルドに到着した足で自分のタレントを調べるために教会へと向かった。間違いないか?」
「はい。間違いありません」
とりあえず、ここは大人しくしておくしかない。なぜなら俺は裁かれるようなことは何もしていないからだ。下手に騒いで裁判長の印象を悪くするのはよくない。……ってか、あの正面の偉そうな椅子に座って大量の汗をかいている小太りのおっさんが裁判長ってことでいいんだよね? 小者臭半端ないんだけど。
「そこで自分のタレントを知った被告は、その結果に納得できず、腹いせに嫌がる神父に無理やり酒を飲ませ、神父を病院送りにした。ご丁寧に手にはイカ焼きまで添えて。間違いないか?」
「いや、間違いしかねぇぇぇぇ!!」
何その捏造!? 嫌がる神父に? 嬉々として飲んだくれてたわ!! つーか、腹いせに酒飲ませるって何!?
「その後、まだ腹の虫がおさまらなかった被告は。その辺を歩いている適当な酔っぱらいを見つけサンドバッグにした。間違いないか?」
「いやいやいや! 別にストレスのはけ口にしたわけじゃ……」
「被告は『はい』か『いいえ』で答えるように。無駄口は叩かない」
「くっ……はい……」
こいつら……俺を有罪にするために事実を捻じ曲げたり、悪意のある言い回しをしてやがんな……!! くそっ!! これが一国のやることか!? 弱い者いじめして楽しいのか!?
「暴行罪で地下牢にとらわれた被告が釈放された折、我が国が誇る騎士団の団長であるシルビア・ベルナドッテを他の騎士達の目の前で
「記憶にございません」
やべぇわ。それは嘘偽りない事実だわ。どうしましょう。
「記憶にない? またしても記憶喪失になったとでも言うのか?」
「お答えいたしかねます」
「牢から出された時、シルビア・ベルナドッテと会っているだろう?」
「存じあげません」
「ふむ……これは困ったな」
下手に言い訳してもぼろが出るだけだ。知らぬ存ぜぬでここは通すしかない。ここさえ乗り切れば俺にやましい事などなくなる。
「仕方がない、ここは証人を召喚しよう。シルビア・ベルナドッテ! その時の詳しい状況を話せ!」
ご本人様登場かよ。おわた。
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