第11話 とりあえず適当なことを言ってみた

 いかにして地面を這っていけば誰からも見つかることなくこの戦場を抜け出すことができるのか。答えは明白。俺自身が地面になる事だ。


「貴様……異様な気配を纏っているな」


 俺は地面。すべての生命を支える土台。縁の下の力持ち。俺は地面。例え誰かに持ち上げられたとしても俺は地面。


「あ、あんたは……!!」


 魔王ヘレボルスに掴まれ、ぷらんぷらん揺れている俺を見て、シルビアが驚きの声を上げる。なるほど。地面作戦失敗か。


「……よっ」

「よっ、じゃないわ! なんであんたがここにいんのよ!?」


 とりあえず挨拶してみたらすっげぇ怖い顔で怒鳴られた。なんだよ、おっかねぇな。そんな怒らなくたっていいじゃない。ただでさえ、背中に感じる魔王オーラのせいで真冬に水浴びしたくらい震えてるっていうのに。


「なんだ? 貴様ら知り合いか?」

「はぁ!? なんで私がこんな奴と……!!」

「知り合いどころの話ではありません。下着を取り合った仲です」

「っ!!」


 一瞬にしてシルビアの顔が真っ赤になる。魔王の方はいまいち意味が分からなかったのか、訝しげな表情を浮かべた。


「な、ななな、なに言ってんのよ!! 適当なこと言ってんじゃないわよ!!」

「そうだな、少し語弊があったようだ。俺が一方的に下着を取り上げさせていただいた仲です」

「むぅぅぅぅぅ!!」


 なぜだろう。事実を述べたというのに、シルビアの堪忍袋の緒が十本くらい切れた気がするんだが。


「……よくわからんが、人質くらいにはなりそうか?」

「滅相もない。人質なんてとてもとても……犬猿の仲同士の者達が親友に見えるくらい俺達の仲は険悪です」


 人質? 冗談じゃねぇ。秒で見捨てられるわ。

 

「……確かに。仲は良くなさそうだな」


 何やらぎゃーぎゃー文句を垂れてるシルビアを無視して魔王が言った。


「ふむ……残念だな。あの女と親密な関係であるものならば、目の前で痛めつけて殺してやろうと思ったが」

「そんな事をしてもあの女が喜ぶだけです。俺の事をゴミムシぐらいにしか思っていませんから」

「ならば致し方ない。すぐ殺すか」

「というのは冗談で、俺達は恋人以上の絆でつながっています」


 作戦変更。嫌よ嫌よも好きのうち作戦。


「……お前に対してあんなにも悪態をついているのにか?」

「あれは照れ隠しです」


 実際、魔王が引くくらいの言葉がシルビアの口から放たれている。だが、彼女はツンデレさんなのだ。ツンデレさんの口からでる罵詈雑言は全て「好き」に変換していいってばっちゃが言ってた。

 

「そんな俺に危害を加えてしまうと、穏やかで純粋な彼女が、強い怒りと悲しみに苛まれたスーパーシルビアとなり、あなたを一瞬で塵と化すでしょう。つまり、俺の事は今すぐ解放した方があなたのためです」

「そんな力をあの小娘が隠し持っているというのか?」

「はい。あなた程度の魔王であれば鼻くそほじりながらでも余裕です」

「ほぉ……それは実に興味深い」


 魔王がにやりと笑みを浮かべる。あっ、道間違えた。これあかん奴や。シルビアの下着をあげるんで誰か助けてください。


「シルビア・ベルナドッテ!! よく聞くがいい!! 貴様が大切に思っているこの男の命は我が握っている!!」


 ピタッ。

 それまで派手に喚き散らしていたシルビアの動きが止まった。


「……大切に思ってる?」

「そうなのだろう? 恋人以上の絆でつながっているとこの男が言っていたぞ?」

「……へぇ?」


 俺に向けられたその視線は名弓の一矢の如く、その声は大海原をも凍てつかせるかの如し。この時ばかりは魔王よりもシルビアさんの方が恐ろしかった。


「それで何? 私の命よりも大切な男をどうしてくれるのかしら?」

「なに、この男の命をもって貴様に絶望を与えてやろうと思ってな」

「あら、それは困るわ。だって……」


 シルビアの体から何かが迸る。そのあまりの凄まじさに周りの風が吹き荒れ、地面には亀裂が広がっていった。ま、まさか……助けてくれるというのか? お、俺は誤解していたのかもしれない。少し背伸びをしているところはあるが、彼女は民を守ろうとする心優しき女騎士なのだ。ばっちゃ……これがツンデレってやつなんだね……惚れてまうやろっ!!


「その男の首を撥ねるのはこの私なのよぉぉぉぉぉ!!」


 ですよね。知ってた。


「え、ちょ、まっ……!!」

「滅する滅する滅する!! この世から存在を抹消してやるわぁぁぁぁ!!」


 魔王ではなく的確に俺目掛けて超高速で振り下ろされる騎士剣。それを魔王が慌てて俺を引っ張って間一髪のとこで躱してくれる。魔王まじ天使。


「ど、どういう事だ小僧!? 確かにこやつの戦闘力は飛躍的に上昇してはいるが、殺意の対象が我にではなく全て貴様に向いておるぞ!?」

「これは照れ隠しの最上級番です」

「これが照れ隠し!?」

「その通りです。なので、ツンデレさんとの恋はいつも命懸けなのです」

「これほどに恐ろしい生き物とは……人間、侮りがたし!!」

「というわけで、彼女は本気で俺を殺しにきているので全力で守ってください。もし、俺が死んでしまったら魔王様の負けです」

「なに!? 我の負けだと!? ……面白い!! 魔王の名は伊達じゃないことを教えてやろう!! 貴様には指一本触れさせぬわっ!!」


 ちょろ、魔王ちょろ。アホでよかった。適当な事言ってたら最強の護衛ができたでござる。これは生き残れるかもしれん。


「なにをごちゃごちゃ話してんのよ!! さっさとその男の首をよこしなさい!!」

「そういうわけにはいかんな。我は破滅の魔王ヘレボルス。勇者に敗北する事などあってはならない」

「意味わからないわ!!」


 般若の如き顔で斬りつけてくるシルビアの剣速が加速していく。それを片腕で俺を持ちながらもう片方の手に持つ禍々しい剣で受け流していく魔王マジパネェ。


「死になさい変態男!! “ホーリーランス”!!」

「うおぉ! やべぇ!」

「させるかっ!! “常闇の沼”!!」


 シルビアの背後に突如として出現した複数の白い槍が俺に向かって飛んできたと思ったら、当たる直前で黒い渦のようなものに全て飲み込まれていった。魔王が守ってくれなかったら完全にアウトだったぞ。本当にありがとうございます。


「ちょっと!? 何で庇うのよ!?」

「この男の命を守ることこそ魔王である我の使命なのだ!!」


 いえ、あなたの使命はこの国を滅ぼす事です。どこまでアホなんだこの魔王は。こっちが不安になってくるぞ。


「つーか、なんでお前が俺を殺そうとしていて、魔王が守ってくれてんだよ!?」

「知らないわよ!! その魔王の頭がおかしいんじゃない!?」

「なぬ!? 我はおかしくなどないぞ!?」

「そうだよ!! この魔王は頭がおかしいんじゃなくて頭が悪いんだよ!!」

「あれ? 我、馬鹿にされてる?」

「頭がおかしいのはお前の方だ!! 国に仕える騎士様は脆弱な市民を守るのが仕事のはずだろ!!」

「その脆弱な市民の中に犯罪者は入ってないわ!! 私のブ、ブ、ブラを盗んだことをあの世で後悔しなさい!!」


 顔を真っ赤にして振られる騎士剣が俺の頬をかすめる。ひ、ひぃ! 今のはまじで危なかった……!!


「っていうか、バカみたいに捕まってないで少しはあんたも逃げる努力をしたらどうなの!?」

「バカ言え!! こいつ、頭はくるくるぱーでも強さは異次元なのはお前が一番わかってんだろ!! 一般市民である俺が逃げられる分けねぇだろうが!! 適当に言いくるめるのが限界だよ!!」

「あれ? やっぱり我、馬鹿にされてる?」


 魔王が眉を顰めた。いけません魔王様。ない脳みそを使われてはお体に障ります。


「とにかく! 私はあんたを殺すので忙しいから、自力で魔王から逃げなさい!」

「はぁ!? 無理に決まってんだろ!?」

「何をしてもかまわないわ! 騎士団長の名のもとに全ての責任を取ってあげる! 魔王のパンツでも盗んでみたら?」

「ふざけんな! こんなアホのおっさんのパンツなんかばっちぃに決まってんだろ! いい加減にしろ!」

「…………」


 人の下着をとれだなんて、なんて常識のない娘なんだ。こんな女が団長をやってる騎士団は終わりだな。ところで魔王様はどうして無表情なんでしょうか?

 

「まったく……あんたみたいな変態野郎からいいように使われるバカ魔王に王都が攻め込まれていると思うと悲しくなってくるわ」

「おい! 魔王様に向かってバカとか言うなよ! かわいそうだろ!?」

「事実なんだから仕方ないじゃない!」

「本当の事でも言っていい事と悪い事があんだよ! 気を使え!!」

「なんでバカ魔王に気を使わないといけないのよ!?」

「バカもバカなりに一生懸命生きてんだよ!! バカ魔王にだって……!!」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 バカ魔王の体から放たれた衝撃波でシルビアがものすごい勢いで吹き飛ばされていった。


「貴様ら……!! 黙って聞いておれば好き放題言いおって……!!」

「ま、魔王様! 怒りを鎮めください! おい、シルビア! お前のせいでバカ魔王が怒っちゃったじゃねぇか! 責任取れ!!」

「ほとんど貴様が原因じゃ!!」

「ほえ?」


 俺、なんかしましたっけ? ちょっと心当たりがないのですが。


「もういい……戯れもここまでだ。我の気分を害する街など、さっさと潰してしまおう」

「っ!?」


 シルビアの表情が強張る。その額からつーっと冷や汗が流れた。


「我が破滅の魔王と呼ばれる所以……それがこの魔法だ」


 魔王が俺を持っていない方の手を静かに前へ出す。黒い雷みたいなものが迸ってるその手からは信じられないくらいのエネルギーを感じた。いや、これマジでやばくない? 全身が総毛立ってんだけど。


「えーっと、魔王様? そんなやばそうなものを放ったらこの街は……?」

「当然、塵すら残らんだろう……貴様も含めて、な」


 魔王らしい残虐な笑みとともにヘレボルスが言った。いや、ここにきて魔王然とした態度とかいいんだよ! バカのままでいてくれよぉ! 頼むからさぁ!!


「バカ魔王とか言って本当すいませんした!!」

「今更謝っても遅いわ!!」

「俺の命だけは助けてください!! アホ魔王様!!」

「全然反省してねぇなこいつ!!」


 やばいやばいやばいって!! 無理やり圧縮して今にも破裂しそうな黒い球みたいなのが手から出てきたもん!! 天国への秒読み開始だよ!! やーめーてーくーれー!!


「愚かな人間どもに滅びの鉄槌を!! "破滅の極闇スーパーノヴァ"!! …………へ?」

「…………?」


 あれ?

 なんか必死にもがいていた俺の手に、その"破滅の極闇スーパーノヴァ"とやらがくっついているんですが、これ如何に?


「ちょ、え?」


 状況に理解が追い付いていない魔王。それはシルビアも同様だった。ちなみに俺も。とりあえず、一つ言えることは、俺の手にひっつき虫の如くくっついてるこの黒い球が尋常じゃなく熱いって事だ。


「いや火傷するわ!! まじ離れろって!!」

「我の極大魔法……」

「くそ!! なんだよこれ!? 使い手と同じでバカなのか!?」

「あれ? この期に及んで、我、馬鹿にされてる?」


 やべぇよ! このままじゃ手が燃える! いや、溶ける!! 離れろ! 離れてくださいお願いします!!


「あっ……」


 めちゃくちゃぶんぶん腕振ってたら、黒い球がはるか上空へと飛んでいきました。なぜか魔王を巻き込んで。


「いや、なんで我がぁぁぁぁぁ!?」


 魔王の絶叫が木霊する。だが、そんなことはお構いなしに黒い球は上がっていった。そして、放物線の頂点まで行くと、重力に従い今度はゆっくりと落下していく。その落下地点にあるのは魔王が夜なべして建てた魔王城だ。


 ひゅるるるる……チュドォォォォォォン!!


 気の抜けるような落下音からの超ド級な爆音と閃光。俺は極太の闇の柱が天を貫いている様を見ながら、静かに意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る