第10話 とりあえず叫んでみた

 地上へ行くための階段の前まで来て思った。騎士団の連中が誰もいない。ここは地下牢ってわけで、俺とは違って結構な悪事を働いた奴も収監されているから、どの時間帯でも交代制で誰かしら騎士団の見張りが複数人いるっていうのに、ここまで来る間誰とも会わなかった。明らかにおかしい。嫌な予感がする。牢屋で大人しくしてった方がいいんじゃないのか、これ?

 とはいえ、ここまで来て行かないっていうのもなぁ……。こちとら脱獄までしちゃってるし。まぁ、夕飯の催促したら大人しく牢屋に戻る所存ではあります。

 誰かしら騎士団の奴を見つけたら言いたいことだけ言ってさっさと引き返す、と心に決めて地上への階段を進んでいく。……いやー、これは登れば登るほど嫌な感じがストップ高なんだけど。聞こえるのよ、外の喧騒が。なんか叫び声だったり、鉄と鉄がぶつかり合うような音だったり、いやでも耳に飛び込んでくる。これはもう……いや、深く考えるのはやめよう。今大事なのは夕飯だ。現実を直視する事を全力で拒否しつつ、ひたすら階段を登っていった。


「……あー。そういう感じね」


 ようやく階段を登り終え、外に出た時、自然と口からこぼれた言葉がこれだ。逃げ惑う人々、建物を燃やす炎、明らかに人とは違う種族と戦う騎士団。その光景を一目見ただけで俺は全ての状況を把握する。そりゃ、見張の騎士団も駆り出されるわけだ。なんたって、お隣さんの魔王軍がガッツリ街まで攻めてきたわけだから。

 そんな場面を目の当たりにして変に冷静でいられるのは、俺がこういうのにまるで免疫がないからだと思う。戦争なんかまるで経験ないし、殴り合いもボクシングの試合程度。剣で斬り合うなんてフィクションの世界。だからこそ、完全に感覚が麻痺してるんだろうな。


「えーっと……どうしよう」


 頭の中は何も書かれていないキャンパスのように真っ白だ。だってそうだろ。平和ボケした日本から来たら誰だってそうなる。俺だってそうなる。


「と、とりあえずどこか安全な場所に…………あっ」


 デパートで迷子になった子供のようにキョロキョロと周りを見回していた俺の目に飛び込んできた。傷ついた姿で魔族と戦うニックの姿が。それを見た瞬間、俺の足が意志とは関係なく動き出す。


「ニック……!!」


 おいおい……なんでそんなボロボロになってんだよ……。こんなところでやられるタマじゃねぇだろ? 地下牢でお子さんの話してくれたじゃねぇか。それでいいのかよ……!! 可愛いお子さん残して……!! 俺だってまだ言えてない事があるんだ!! 呆れながらも囚人の俺になんだかんだ優しく付き合ってくれたお前にっ!! 伝えなきゃいけねぇことがあんだよっ!!


「ニック!!」

 

 思わず名前を叫んでいた。ニックが俺の声に反応してこっちに向く。俺の姿を見て一瞬驚いた表情を見せたニックは、魔族の攻撃を必死に耐えながら小さく笑った。この世界に来て初めて友人と呼べる存在にあった気がする。そんな男に、俺は伝えなければならない!! 俺の心の叫びを!! 俺は……俺は……!!


「今日の分の夕飯まだもらってねぇぞぉぉぉぉ!!」

「いや、それぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 魂の叫びにニックが盛大にツッコミを入れてきた。あれ? なんか間違ったか?


「いやだって、昼から何も食ってないから流石にお腹すいたって」

「いやいやいや!! この状況見て!? 万年牢屋番の俺が必死に剣振って魔族と戦ってんの!! なんか他に思うことあるだろ!?」

「あー……魔族って意外と人に近いなーって」

「感想の着眼点っ!!」


 んなこと言われても。初めて魔族とか見たし。確かに蝙蝠みたいな翼が生えてるやつとか、ツノ生えてるやつとか、人には無いような特徴持ってる連中ばっかだけど、それ以外は全然見た目変わらないんだよね。


「というか、助けに来てくれたんじゃないのか!?」

「は? んなわけないだろ。今も恐怖の余り漏らしそうなのを必死に耐えてる、戦闘力ナメクジ以下の男だぞ?  助けるなんて無理に決まってんだろ。二秒で土に還るわ。寝言は寝て言え」

「自信の方向性っ!!」


 自分に正直な男なんだ、俺は。さっさとニックに用件伝えて、牢屋の中でガタガタ震えていたい。ってか、俺と話しながらよく戦えるな。実は結構強いとか? ……いや違うな。俺とのやり取りを見て相手が戸惑ってるだけだわ。空気の読めるタイプの魔族らしい。


「というわけで、夕飯よろしく。あぁ、あと昼の食器もそのままだから、夕飯持ってきた時にさげてね」

「なっ、ちょ……!!」


 ズドーン!!


 ニックが焦り顔で何かを俺に言おうとした瞬間、凄まじい衝撃音と砂埃が吹き荒れた。これは本格的にやばい。今すぐにここから離れた方がいい気がする。やはり俺のマイスイートホームはあの牢屋なんだ。帰ろう。今すぐに。


 ……っていうか、その衝撃音と砂埃を起こした張本人達がマイホームへと続く道にいるのですが? これはどういうことでしょうか?


「……ふっ。この程度の実力しかない小娘が王国一の騎士とはな。それを知っていればもっと早く攻め落としてやったものの」

「何を調子に乗っているのかしら。騎士団長の大半が出払った瞬間を狙ってくる卑怯な三流魔王の分際で!!」

「何を言う? 相手の隙を突くのが戦の定石だろうが」


 そんな言葉を交わしながら二人の人物が俺の目の前で激しくぶつかり合う。一人は見覚えがある。あの強気な女騎士団長だ。今日はちゃんと身の丈にあった下着を着ているだろうか。

 もう一人は魔族の男。若くも見えるし年上にも見える。外人とかそうだよね。オリンピックとか見てて年上かと思って見てたら実際は十五歳で度肝抜かれた思いあるし。ただ一つ言えることは、威圧感は半端ない。ガチギレした母親くらいの圧迫感を感じる。


「ハァァァァァァ!!」

「ふむ。勢いだけは誉めてやろう」


 ……こうやって間近で見るとあの女が騎士団長の座についてるのも納得だ。はっきり言って人間の動きじゃ無い。この前俺と対峙した時とは別人だよ、ありゃ。正直、あん時は体は全く反応できなかったものの、その動きはしっかりと目で捉える事ができた。でも、今は動きの軌跡を追うのがやっとだ。あの速度で殴られてたら間違いなく首から上が吹っ飛んでたわ。いや、まじで。

 そんな化け物の相手をしているのが、更なる化け物だ。ちびっていいですか?

 人間離れした動きを見せるシルビア騎士団長からの猛攻を鼻歌混じりで受ける魔王、マジ魔王。ってか、魔王が王都に攻め込んでくるとか物語っても終盤だろ。十話目でやる話じゃねぇよ。もうちょっと構成考えてから書き始めろ。


「はーっはっは!! いいぞ!! シルビア・ベルナドッテ!! このヘレボルス、久々にいい汗がかけそうだ!!」

「っ!! その首、取ってやるわ!!」


 シルビアの剣が空を切る。なるほど、ヘレボルスというのか。とてもとても魔王っぽい名前でいいね。そして、自分から名乗ってくれるのもグッドだよ。名前を出すタイミングって難しいからねぇ。うんうん。


 さて、と。それではそろそろお暇させていただきます。


 意外だと思うけど、俺って結構忙しい身なんだよね。うん。戦争なんかに関わってる暇ないんだよ、本当。こんな危ないとこにいられるか! 俺は自分の部屋(牢屋)に戻るぞ!!

 地面に限界まで体をくっつけ、夏によく出る黒光の何某が如くシャカシャカと戦場を進んでいく。俺は背景。血飛沫まう戦場の隅っこを彩る美しきバックグラウンド。だから、誰の目にも留まることはない。


「…………ん?」


 ヘレボルスの動きがピタリと止まる。それと同時に俺の動きもピタリと止まる。え? フラグ回収早すぎない?


「…………何やら異質な気配を感じるな」


 そんな魔王の言葉を、俺は全力で地面に突っ伏しながら聞こえないふりをしていた。

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