第14話 とりあえず途方に暮れてみた

 前略、おふくろ様。

 私は今、異世界に来ております。

 異世界は本当に恐ろしいところです。

 代返ばかりで授業をさぼりまくっていたら、家から閉め出されたのも今ではいい思い出です。

 色々辛い事がありましたが、何とか頑張って生きていこうと思います。

 こんな愚息を、遠く離れたそちらの世界から生暖かく見守ってやってください。


「……いつまで街の入り口で馬鹿みたいにぼーっと立ち尽くしているわけ?」


 望郷の念に駆られる俺に、シルビアが心無い言葉を浴びせてくる。ゆっくりと彼女に顔を向け、ゆっくりと顔を元の位置に戻し、盛大にため息を吐いた。


「何その反応。すっごい不愉快なんだけど」


 あぁ、神様。どうして私は、こんな中二女子が父親に対してとる態度を四六時中かましてくる女と一緒にいなければならないのでしょうか? お風呂の水を変えて欲しい、一緒に洗濯して欲しくない、そんな暴挙が許されるのは、世の父親がそれを「娘の成長」だと必死に自分に言い聞かせているからだぞ? あ、なんかそう思うと泣けてきた。思春期の娘を持つパパさん方、ファイト!


「ため息を吐きたいのはこっちの方よ。なんであんたみたいな変態の護衛をしなきゃいけないわけ?」

「……そんなに嫌でしたらどうぞお引き取りいただいても、こちらは一向に構いませんが?」

「それができたら苦労はないわよ! 王命よ!? 逆らえるわけないじゃない!」


 ツンデレ好きの諸子よ。リアル世界に創作物のツンデレがいたら、もうそれはただのヒステリックな女である事を頭の片隅においておけ。というかこの女にデレ要素はあるのか?

 いやいや、これは良くない。甚だ不本意ではあるが、この女は俺の護衛兼お目付け役で国から派遣されたのだ。余程の事がない限り、これから先離れる事はないだろう。


「……なによ?」


 俺は真面目な顔でシルビアに向き直る。確かに出会いこそ最悪だったが、それ故に多大な偏見があるのも事実だ。もう一度しっかり彼女を観察して、少ないいいところを見つける事にしよう。ふむ……ルックスは百点。


「じろじろ見ないでよ、気持ち悪い。斬り殺すわよ」


 性格マイナス五万点。結果、赤点。落第。留年。人生の墓場。


「護衛対象の命を奪おうとしてんじゃねぇよ……」

「勘違いしないでよね。あんたはただの監視対象だから」


 シルビアがフンッと鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。これを頬を軽く染め上げながら照れた感じでやってくれたらどれほど癒された事か。だが、現実は甘くない。この世界には癒しなどないのだ。


「おーい! サクくーん!」


 ……いや、そう悲観することもない。癒しはどこにだって存在するのだ。俺の心の拠り所、この世界で初めて会った現地人、イケメン冒険者のスコット君。なお、ハーレムパーティを組んでる模様。


「聞いたよ! 魔王を倒したんだって? 凄いじゃないか!」


 僻みや嫉みを全く感じない心の底からの賞賛。相変わらず性格がイケメン過ぎる。スコットの爪の垢を煎じて丸めて、シルビアの口の中に押し込んでやりたい。


「そうなんだけどさ。王様にこの町から出てけって言われちまったよ」

「えぇ!? 街を救った英雄なのに!? 一体なぜ!?」

「豚は臆病な生き物だからしょうがない」

「……よくわからないけど、大変だね。……おや?」


 そこで初めてスコットがぶすっつらで俺の隣に立っているシルビアの存在に気づいた。


「どうしてここに王都騎士団の団長がいるんだい?」

「…………」


 シルビアが苦虫を嚙みつぶしたような顔になる。まさかスコットがこの女の事を知っているとは、腐っても有名人って事か。さて、どう説明したらいいものか……。


「……さっそく現地妻を見つけるなんて、サクさんも隅に置けませんねぇ~」

「ひあ!?」


 耳元でされたささやき声に思わず飛び上がった。慌てて振り返ると、修道服を着た美人がニコニコと笑みを浮かべていた。しかし、その目は一切笑っていない。なぜ?


「ア、アイリスさん……!」

「うふふ~私の名前を憶えていてくれたんですね~。ですが、さんはいらないですぅ~」


 ……相変わらず何を考えているのか読めない人だ。一番苦手なタイプかもしれない。だが、そのたわわに実った二つの凶器は大好きです。顔をうずめさせてください。


「やはり強力なタレントを持っていたのだな。私の目に狂いはなかった。タレントは'岩男'だろ? '岩男'だったんだろ?」

「ちげぇよ」


 '狩人'のケールさんは岩男に特別な思いを抱いているらしい。ってか、それどんなタレントだよまじで。

 あれ? スコットのハーレムパーティは四人じゃなかったっけ? 確か小型犬みたくキャンキャン吠える系女子がもう一人いたような……。


「……なんでバネッサはスコットの後ろで隠れてんの?」

「ひぃ!!」


 小型犬どころか小動物のように体を縮こませていたバネッサが小さい悲鳴を上げて、ガタガタと震え始めた。へ? なんか俺、怖がらせるような事しました?


「あ、あああ、あたしはあんたが凄い奴だって最初から分かっていたわよ! だ、だだ、だだだから、あの森で助けてあげたの!! か、かん、感謝してよね!!」

「…………」


 そういう事か。お荷物扱いしていた男が魔王を倒すような大物だったからビビってんのね。大丈夫大丈夫。君のツンデレは許容範囲内だから。どっかの騎士団長と違ってツンに可愛げがあるからね。


「ところでぇ~、王都を追放されたサクさんは~、これからどうするつもりなんですか~?」

「え? あー……実はなにも考えてないんだよね」


 追放を言い渡されたのがついさっきの事だ。だから、こうして町の入り口で途方に暮れていた。


「それなら~、私達と一緒にニルヴァーナへ行きませんか~? そこに私達の拠点があって~、今から向かうところなんです~」

「それはいいアイデアだね!」

「え?」

「え?」


 アイリスの提案に笑顔で同意するスコットに、俺とバネッサが見事にシンクロする。


「確か君は記憶を失っているんだよね? そんな状態で王都を追い出されたら右も左もわからないでしょ?」

「まぁ……そうだな」

「それならニルヴァーナに来なよ! いい町だからきっと気に入ると思うよ!」


 ……悪くないかもしれないな。この世界についてほとんど知識のない俺に取っちゃ、はっきり言ってどの町も大差ない。それなら、知っている奴がいるところへ行った方が何かと都合がいい気がする。

 何気なく隣にいるシルビアの様子をうかがう。あまり関心がなさそうだった。キング王の命令に従ってこの町を出れば何でもいいんだろうな。なら決まりで言いかな。


「もし、迷惑じゃないなら同行させてもらえると助かる」

「迷惑なわけないじゃないか! 一緒に行こう! 冒険者の町ニルヴァーナへ!」


 こうして俺の異世界人生が幕を開けた。いい事なんて全然ない。むしろ災難続きだ。こういう世界に転生した主人公達が順風満帆に生きていくのを本気で尊敬する今日この頃だ。

 だけど、悪い事ばかりじゃない。牢屋番だったニックしかり、ここにいるスコットしかり、この世界にだっていい奴はいる。二週目の人生がハードモードだったとしても、絶望することはないのだ。


 そんな俺が心の底から願う事は一つ。


 この素晴らしい世界を作ったあの女神に死の祝福を!

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