第5話 とりあえず記憶を失ってみた

 ゴトゴトゴト……。

 何かの物音と振動に目を覚ます。どうやら俺は荷馬車に乗せられているようだ。荷馬車がゴトゴト就活生を乗せていく。ドナドナドーナードレミファドーナッツ。……うん、大分混乱しているみたいだな俺。ってか、何回気を失っとんねん。ここ数時間で三度もってやばすぎるだろ。


「ん? おお! やっと目を覚ましたんだね!」


 前で馬を引いていた男が俺に笑顔を向けてきた。なんという爽やかイケメン。歳は俺よりも若そうだ。そして、服装が完全にアレだわ。『冒険者よろしくぅ!』みたいなアレだわ。泣きそう。


「あんなところで武器も持たずに何をしてたんだい? 危ないじゃないか!」


 はい、至極真っ当なご意見ですね。俺もそう思います。ですが、そういうのは俺をあんな場所に落っことした女神(憎)に言ってください。

 とはいえ、馬鹿正直に話したところで笑われるか頭がどうにかなったと心配されるのがオチなので、ここは上手い具合に話を作る。


「助けてくれてありがとう。俺の名前は颯空……申し訳ない、これ以上の事は何も覚えていないんだ」

「なんと……記憶を失っているのか」


 悲壮感を漂わせつつ自己紹介。イケメンが憐れみの目で俺を見てくる。おい、憐れむんじゃねぇ。こちとら歩道橋からうっかり足を滑らせてぽっくり死んじまった結果、エセ女神のグダグダ面接を受けて、猪の化け物にもう一度殺されそうになっただけなんだからよ。……やっぱり憐れんでください、お願いします。

 ただ、この世界については何も知らないので、記憶を失った体でいくのはありだな。


「あぁ……両親も何も覚えてはいない。気がついたら丸腰であの森の中にいたんだ」

「それは……大変だったね」


 イケメンが本当に辛そうな表情を見せる。なんとなくだけど、このイケメンは本当に俺に同情しているみたいだ。なるほど、この爽やかイケメンは性格までイケメンなタイプだな。それだと物語の主人公にはなれないぞ? 主人公ってのは多少難ありくらいの方が人気が出るってもんだ。でも、今の俺には性格イケメンが本当にありがたい。


「なに? そいつ記憶喪失なの? はぁ……厄介なモンを拾ったわね」


 御者役のイケメンの隣に座る三角帽子を被った少女が、面倒臭そうなのを隠そうともせずに言った。


「おいバネッサ、そんな言い方するなよ」

「はっ! どうしてあたしが仲間でもない奴に気を遣わなきゃいけないのよ!」


 イケメンが嗜めるも三角帽女子は全く意に介さない様子。正直な話、俺がそっちの立場だったら彼女と同じ事を思っただろう。絶対に口には出さないが。


「仲間だとかそういう問題ではないぞ、バネッサ。困ってる人がいたら助ける、それが世のことわりだろう」


 俺の後ろで矢を研いでいる軽鎧を着た女子が言った。めっちゃ狩りとか得意そう。


「なによ! いい子ぶっちゃって! ケールはいつもそうよね!」

「別にいい子ぶってるわけではない。私は人として当たり前なことを言ったまでだ」

「それがいい子ぶってるって言ってるの!!」

「おいおい……客人の前で喧嘩するなよ」

「誰が客よ! お荷物の間違いでしょ!」


 なにやら盛り上がってきました。とりあえず今は黙って様子を見るのが吉。


「アイリスはどう思う?」


 ギャーギャーと言い合っている三角帽女子と軽鎧女子にうんざりしながら、イケメンが荷馬車の奥で我関せずといった様子で髪を指でくるくるさせていた最後の一人の意見を求めた。


「うーん……私はよくわからないですね〜。でも、置いてけぼり食らってるみたいだから、とりあえず自己紹介した方がいいんじゃないですか〜?」


 コスプレにしか見えない修道服に身を包んだ美人さんが、俺を見ながらニコニコと笑っている。


「そういえばまだ名乗ってなかったね! 僕とした事がうっかりしていたよ! ありがとう、アイリス!」

「いえいえ〜。どういたしまして〜」


 修道服女子はふんわり雰囲気全開で答えると、イケメンが笑顔を浮かべながらぽんっと手鎚を打った。ふーん、なるほどね。


「僕の名前はスコット。タレントは'魔法剣士'さ」


 爽やかイケメンのスコット。聞いてもいないのに自分からタレントを教えてくれるお人好しだ。恐らく裏表のない性格なんだろう。いい奴ではあるんだろうけど、真っ直ぐすぎて反応に困るやつだな。


「…………」

「順番的に次は君だよ、バネッサ」

「ふんっ! なんであたしがこんな奴に名乗らなきゃいけないわけ?」

「彼女はバネッサ。僕らのチームの遠距離担当、タレントは'赤魔法士'さ」

「っ!? タレントまで言わないでよっ!!」


 余所者をとにかく嫌うツンデレ魔法使いバネッサ。そうだよなぁ、知らない奴なんてトラブルの種以外のなにものでもないもんな。わかるわかる。


「私は'狩人'のケールだ。よろしく」


 見たまんまのタレントのケール。でも、中身はどっちかって言うと武士っぽい。好きでも嫌いでもないタイプ。


「僧侶のアイリスで~す」


 おっとりほんわか系美人のアイリスさん。天然丸出しで可愛らしい雰囲気が全面から漂っている。

 だが、恐らくあれはフェイクだ。なぜかわからないけど、俺の本能がそう告げている。ただし、修道服を着ていても強調されている胸部の爆弾はフェイクではない。断じて。


「僕達はこの先の街、王都ムーンガルドで冒険者をやっているんだ」


 王都……この連中は王都に向かっているのか? それはありがたい。どの物語でも王都っていうのは一番栄えた街のはずだ。そこで生活しながら、ファンタジアの事をゆっくりと知っていこう。現実世界で死んでしまった俺にはもうそれしか道がない。


「厚かましいとは思うんだけど、俺を王都まで連れて行ってくれないか?」

「無論そのつもりだよ! そんな軽装備の人をモンスターが蔓延はびこるフォレストの森に置いてはいけないからね!」


 スコットが白い歯を見せながら笑った。いや、本当にいい奴だわ。ハーレムパーティを組むだけのことはある。つーか、モンスターが蔓延る森に落としやがったのか。呪いを。あの憎々しい女神に小じわが増え続ける呪いを。


「あーぁ、こんなお荷物拾わなきゃ、もっとモンスターを退治出来て、報酬増えたのに」

「バネッサ、救いを求める人をお荷物呼ばわりするな」

「ケールの言う通りだよ! それに困ってる人を助けるのが冒険者の本分さ!」

「っ!? ふ、ふんっ! そんなのただの偽善だわっ!」


 不貞腐れていたバネッサだったが、爽やかなスコットのスマイルを見て、頬を赤らめながら顔を背けた。なるほど、そういう事ね。

 "純粋いい人"スコットに"スコット大好きツンデレ"のバネッサ。それに"生真面目"ケールって具合か。分かりやすくていいね、うん……一人を除いては。


「サクさんはぁ~、自分のタレントも覚えていないんですかぁ~?」


 僧侶のアイリスがのんびりした口調で尋ねてきた。この人だよ、この人。全然キャラがつかめない。いや、見た目も口調もほわほわキャラなんだけどね。でも、違う。


「あぁ、タレントも覚えていない」


 その笑顔の裏で何を考えているのか全然わからない。まるで和気藹々と話していたのに、容赦なく不採用を告げてくる採用担当のようだ。嫌な事を思い出した。忘れよう。女神の事も含めて。

 とりあえずタレントの事は隠しておいた方がいいだろう。やっぱり、主人公は実力を隠してなんぼだよね。


「それはいけない! 王都に着いたら真っ先に教会へ行くといいよ! 自分のタレントを調べる事が出来るから! タレントが分からないと自分に何ができるかわからないしね!」

「そうなんだ。じゃあ、そうする事にするよ」


 調べなくても分かってるがな。まぁ、確認の意味を込めて一応教会に足を運んでみるとするか。


「こーんな冴えない顔してるんだもの、どうせ大したタレントじゃないわよ」


 このツンデレ魔法使いめ。その三角帽をカラーコーンにしてやろうか?


「いやいや、意外といいタレントを持っているかもしれないぞ? '岩男'とかな」


 それ右手がバスターになる人? え? あんのそんなタレント? ってか、それいいタレントなの?


「私は~召使いが欲しいです~」


 それはただの願望だよね?


「うん! サク君がどんなタレント持ちなのか楽しみだ!」


 スコット……お前がいると安心するよ。イケメンなのにいい奴すぎて腹が立たない。完璧かよ。異世界転移早々スコットに会えたのは僥倖ぎょうこうかもしれないな。あんな森の中に落としやがって、って女神(自主規制)を一瞬恨んだりもしたけど、結果的にこの世界の中心である王都の近くに落としてくれたわけだし。女神(クソ)から女神(鼻クソ)くらいには格上げしてやってもいいだろう。


「きっと素晴らしいタレントの持ち主だよ!」


 本当にいいやつだな。俺はイケメンとは友達にならないようにしてきたが、お前は別だ。スコット、マイフレンド。


「なんたってタレントを与えてくださるのは僕の崇拝する慈愛の神、アフロディーテ様だからね!」


 前言撤回。あの女神の信者とは仲良くなれない。なにが慈愛の神だ。腐敗の神の間違いだろ。

 いや、もうあの女のことを考えるのはよそう。恨んだところで元の世界には戻れないんだ。それならこれから先のことを前向きに検討するべき。うじうじ悩んでも仕方ねぇ。王都に着いたら拠点でも探して、のんびり異世界探索だ。どうせこれからこのファンタジアで生活するんだ、楽しんだもん勝ちだろこれ!


「あ、そうそう。流石に覚えてるとは思うけど、王都は魔王に侵略される寸前だから色々と気をつけてね」


 ……………………は?

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