第4話 とりあえず現実を受け入れてみた

 なんとなくあの浮遊感に既視感があった。とは言っても、俺はバンジージャンプもスカイダイビングもやったことはない。なのに、体が落下する感覚を覚えている。これが意味する事を考えたくなかった俺は、早々に意識を手放した。


「んー…………」


 どれくらいの間眠っていたんだろうか。ゆっくりと目を開け、体を起こす。頭がぼーっとして何も考えられない。ここは……森の中か? いや、なんで森の中にいるんだ? 眠る前の記憶が曖昧で……。


 ――楽しんできてちょうだいねぇ!!


 ……今とんでもない悪寒が俺の体を駆け抜けた。どうやら思い出してはいけない記憶があるらしい。いや、ぶっちゃけ全部思い出したけど、あの女神(故)はなかったことにしよう、うん。


「確か俺はテレビの企画に参加する事になって……」


 …………。そう呟いたものの違和感が拭えない。でも、その違和感を認めたくない。これはテレビだ。きっと俺は異世界転移の名の下に、どこかの無人島に放り出されたんだ。


「……いつの間にか服装も変わってら」


 どうやら服装だけは異世界溢れる感じにしたらしい。安っぽい皮の服はどこからどう見ても異世界の平民だ。もっと他に異世界感出さなきゃいけないとこがあるだろ。あのBBA(女神)とか。


「とりあえずここがどこか調べないとな」


 例え無人島だろうとGPS情報くらい拾えるだろ、とポケットに手を突っ込んだところで気がつく。スマホはスーツのポケットに入れてるんだった。ってか、ちゃんとあのスーツ取っておいてるだろうなスタッフ。就活用のオーダーメイドなんだぞ? もし処分してたら女神(金ヅル)のギャラから弁償させてやる。


「すいませーん。誰かいませんかー? 異世界転移した感じを出したいのは分かるんですけど、こんな所に何の説明もなく放置されても困りますー」


 ……返事はない。ただの森のようだ。いやうるせぇよ。

 きょろきょろとあたりを見回してもカメラらしきものは何一つ見当たらない。いやなにこれ。『異世界転移体験ハードモード』すぎるだろ。


 ガサガサ……。


 ん? そこの草陰で音がしたぞ。よかった……鬼畜スタッフによる素人潰しの番組かと思ったけど、最低限手助けはしてくれるようだ。


「スタッフさん、この辺の地図と出来れば水や食料をもらえると……」


 バッ!!


 ……こりゃまた随分と野性味あふれるスタッフさんでいらっしゃる。見た目なんてまるっきりイノシシみたいなのに、牙はマンモスみたいでとても立派ですねぇ。

 俺は笑顔を凍り付かせたまま百八十度体を回転させ、なりふり構わずダッシュをする。多分だけど、あのスタッフは水も食料も与えてくれやしない。与えてくれるものがあるとしたら致命傷と安らかな死だ。


「ヴォォォォォォ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 めっちゃ追いかけてくるんですけど!? つーか、なにあれ!? あんな動物見た事ないぞ!? 俺の知ってるイノシシは自分の体と同じくらいの牙なんて持ってねぇ!!


「やばいやばいやばいやばい!!」


 とにかく森の中を駆け抜ける。足を止めたら死が待ってるぞ! いや、いっその事死んだふりか!? 死んだふりが正解なのか!?


 ひゅっ……!!


 何度かこけながらも死に物狂いで走っていたら、何かが頬を掠めた。と思ったら、後ろで絶叫が聞こえる。


「ほへ?」


 息が上がった状態で振り返ってみると、化けイノシシの額に木の枝みたいのが刺さっていた。


「下がって!!」

「え? え?」


 誰かに肩をグッと掴まれ、思いっきり後ろに押される。まるで状況が理解できていない俺はパニック状態になりながら無様に尻もちをついた。


「ワイルドボアだ! バネッサ、魔法による援護を! アイリス、ケガ人の様子を見てくれ! ケール、周囲の魔物の確認を!」

「わかったわ!」

「わかりました~」

「了解した」


 俺を後ろにやったと思う銀色の鎧を着た男が誰かに指示を飛ばしながら化けイノシシに突っ込んでいく。一体誰に言ったんだろうと思っていたら、いつの間にか俺の両隣に二人の女子が立っていた。


「これで全快ですよ~」


 修道服を着た女の子が間延びした声でそう言いながら小瓶に入った液体を俺に振りかけてくる。するとあら不思議。転んだ時に出来た擦り傷も、無我夢中で走った疲労感も綺麗さっぱり消えてなくなりました。すごいすごい。


「さっさとおねんねしなさい! 'ファイヤーボール'!!」


 おぉ、今度は三角帽子をかぶった女の子の持ってる杖から勢いよく火の玉が飛び出したぞ。すごいすごい。


「そこだっ!!」


 火の玉で怯んだ化けイノシシを男が一刀両断、すごいすごい。

 ゴムまりみたいに化けイノシシの頭が跳ねるよ、すごいすごい。

 すごいすごい。

 すごいすごい。

 すごい……すごい泣きそう。

 なにこれ、やだこれ。もう自分を誤魔化しきれないよこれ。

 こんなのテレビの企画じゃないよ。何かしらのトリックだ、なんて騒ぎ立てる事も出来ないよ。百歩譲って杖から火の玉が出るギミックはあるかもしれないけど、あんなでかい化けイノシシを剣一本で倒すとかありえないでしょ。人間やめてるって。

 それにテレビだったらその化けイノシシの首ちょんぱなんて絶対に映さないでしょ。お茶の間が阿鼻叫喚の地獄絵図だよ。俺だって普通だったら鼻水垂れ流して取り乱しまくってるって。

 なのにどうして平気なのかって? もっと他に気になる事があるからだよ。

 信じられない、信じたくないけどここは俺が今まで住んでいた日本じゃない。もっと言うと地球じゃない。完全なる異世界だ。という事は、あの女神(泣)は本当の事を言っていたわけで……。


 ――あなたは歩道橋から足を踏み外し、命を落としました。


 ……つまり、そういう事だろ。うん。俺はあれなんだろ? 歩道橋からあれしてあれしたんだろ? やっぱ泣きそう。


 あーなんか化けイノシシだったものから赤い液体が噴き出してるなー。噴水みたいでとっても綺麗だなーあははー。もーどうでもいいやー。


 何もかもを諦めた俺は、眠るようにそっと目を瞑った。

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