第3話 とりあえず質問に答えてみた
「さぁさぁ、そんな所に立っていないでこっちにおいで。美味しいクッキーもあるわよ」
女神(笑)が来い来いと手招きをしてくる。あんまり気乗りしないが、ここまで付き合ったんだ。大人の対応を貫き通すしかない。ただし、これがオンエアされても俺は絶対に見ない、絶対にだ。
「……それで? これを記入すればいいんですか?」
「そうよ! あっ、ペンはこれを使ってね!」
嬉々として渡してくる女神(古)からペンを受け取りながら、机に置かれた紙に視線を落とす。
『異世界に行くためのES』
タイトルから滲み出る底知れない不安感。ESってなんですか? 皆目見当もつかないのですが?
「い、いや、まぁ、アレとは別物だよな、うん」
なんにせよ、いたいけな就活生を
俺は若干背中に冷や汗をかきつつ、記入を始める。
えーっと……氏名、年齢、性別、生年月日……。うん、今のところ問題なしだ。異世界へと行くために書類が必要っていう設定が既に問題だ、という意見は鼻水かんでゴミ箱にポイしました。
「ん? これは……」
俺の手が止まった質問は『今の姿で転生しますか? それともゼロからやり直しますか?』というものだ。北原颯空として異世界に降り立つか、全く新しい自分に生まれ変わるか……まぁ、前者だろうな。転生しても前世の記憶は引き継ぐっていうのがお決まりのパターンで、生まれた時から自我があるんだろう。それはまじで嫌だ。さすがに二十一にもなって知らん母親の乳を吸うのは精神がゴリゴリ削られる。そういう小説の主人公達って鋼のメンタルしてるだろ。
まぁ、実際に転生されるわけがないから、そこまで考える必要はないんだろうけどな。キャラクターメイキングがあるかどうかの違いとかだろ、どうせ。面倒くさいから俺は俺のまま生きる事を選択するぜ。
ふむ……なんだかんだ無駄な質問がないな。最初は書類に記入とかどうなってんだよ、とか思ったけど、案外悪くないかもしれない。口頭の質問より断然効率的だし。他の女神や神も真似すればいいのに……異世界の雰囲気ぶち壊しだからオススメはしないけど。さーって次の質問は、と。
『あなたのこれまでの学歴、職歴を教えてください』
…………。
なるほど。こういう情報から俺のステータスとか職業が決まったりするんだな。とっても斬新なシステムだ。
『あなたの長所と短所を教えてください』
ほほう。客観的事実とともに主観的評価も加味するんだな。これなら高い精度が期待できるってもんだ。うん。そういうことだよね? ね?
『あなたの長所が分かるエピソードを教えてください』
…………。
『あなたが異世界を志望する理由を教えてください』
…………。
『あなたが弊社に入って成し遂げたい事を教えてください』
「いや、これまんまエントリーシートじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」
長所が分かるエピソードってなに!? 異世界を志望する理由ってなに!? 弊社ってなにぃぃぃぃ!?
「んもう! そんな急に大きな声を出さないでちょうだい! 驚いちゃうわ!」
「いやだってこれもろエントリーシートでしょ!?」
「エントリーシート? なんの事を言ってるのかさっぱりだわ。これは
「えーっといらねぇだろ!!」
なぜだ!? なぜ俺はこんな茶番に付き合った挙句にエントリーシートを書かねばならないのだ!? もはや大人の対応とかどうでもいいだろこれぇ!!
「ほらほら、ちゃっちゃと書いちゃって。あんまり時間ないのよ?」
「くっ……!!」
破り捨てたい……今すぐにこの紙を
こうなったらとことん付き合ってやろうじゃねぇか。なめんなよ? これまで何十枚とエントリーシートを書き続けてきてんだよ。こんなもんちゃちゃっと終わらせてやる。
鼻息を荒くしつつ異世界ESと睨み合う俺。つーか、志望動機とかきつすぎんだろ。だって、異世界に行くことを志望してないもん。……まぁ、行きたくもない会社の志望動機だって無理やり捻りだしてたし、これも似たようなもんか。
そんなこんなで悪戦苦闘しながら書き進めていくと、ようやく最後の質問にたどり着いた。
『あなたが望むタレントを教えてください』
やっとだよ。つーか、この質問以外いらないだろ。
タレント……確か取扱説明書にはファンタジアに住む全員が持つ才能だったっけか? 簡単に言えば'剣士'のタレントを持つ者は剣の扱いはもちろん、それに伴う身体能力も向上するんだって書いてあったな。要するにめちゃくちゃ重要な選択だって事だ。
「このタレントについて詳しく聞いてもいいですか?」
「タレント? 誰の事? お昼の顔のタモさん?」
「いや、ファンタジアでみんなが貰えるタレントの方です」
なんでテレビタレントの事だと思ったんだよ。ってか、もうとっくにタモさんはお昼の顔じゃなくなってるよ。音楽の駅でしっとりやってるよ。
「あー……そういえばそんな名称になってたわね」
「そんな名称って……あなたがその世界を創った時に授けたんでしょ?」
「それはそうなんだけど……私は少しでも快適に暮らせるようちょこっと力をあげただけなのよぉ。だから、あんまり詳しい事はわからなくてぇ」
「は?」
「本当はもっとのんびりした世界にするつもりだったんだけどねぇ。そのタレントのせいで剣やら魔法やらの世界になっちゃって困ってるのよぉ。ほら、おばちゃんそういうのには疎いから」
ダメだ、この人。早くなんとかしないと。
「大体、ファンタジーの世界なんて目指してなかったのよぉ。それなのにいつの間にかそんな感じになっちゃって……おかげで異世界人ノルマが課されちゃってやんなっちゃう。なんでも、ファンタジーの世界には定期的に異世界人を送り込まないといけないんですって。おばちゃんにはよくわからない世界だわ」
なんか女神(駄)の愚痴が始まった。これは無視するに限る。というか、やっぱりノルマのためじゃねぇか。変なところを現実感ある設定にしてるんじゃねぇ。
もういい。この女神(老)は放っておこう。確か、取説にタレント一覧があっただろ。それを参考にしよう。
うーん……やっぱり選ぶんならレアっぽいタレントだよなぁ。'剣闘士'……戦う感じのタレントだな。悪くないけど、これにしたら武の道に生きる以外選択肢がなくなるだろ。'武芸百般'ってのも同じ理由でパス。あらゆる武器に精通するタレントだけど、そもそも俺は戦いたくなんかない。
「……お。これいいかも」
攻略本を読み込むみたいに長々と取説を読んじゃったけど、いいタレントに出会うことができた。それじゃ早速このタレントをば……。
「ああん! もうこんな時間!」
タレントを書いてる途中で目の前から紙が消えた。驚いて顔を上げると、女神(無)が俺のESを手に持って眺めている。
「いやちょっと……まだ途中」
「はーい! これで手続きは終わりました! それでは、夢と希望の詰まった世界ファンタジアを楽しんできてちょうだいねぇ!!」
「え?」
俺の足元に大きな丸い穴が空く。脳みそが理解をする前に俺の体は勢いよく落下し始めた。一瞬にして恐怖に支配された俺は、藁をもすがる思いでさっきまで自分がいた場所に目をやる。そこには晴れやかな笑顔でこちらに手を振っている女神(死)の姿があった。
……どうなってんだこれぇぇぇぇぇ!!!
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